(1)「ゆう杉並」で活動する子どもたち
東京・杉並区児童青少年センタ−「ゆう杉並」は、杉並区の中心に位置し、まだ緑が残された閑静な住宅街の一角の中に建設され、原宿や渋谷といった中・高校生が惹かれるイメージとはかけ離れた地域に存在しています。
施設に入ると職員・スタッフから「こんにちは」「元気だった?久しぶりだね」と声がかかります。「干渉されるのは嫌、でも無視されるのはイヤ」という中・高校生たちです。彼等へのあいさつ、言葉かけはコミュニケーションを結ぶ第一歩として最も重視されています。受付を済ませてエントランスホールへ入ると吹き抜けのロビーが広がっています。ここでは、おしゃべり、飲食、トランプ、ゲームなど自由に出来ます。カードゲームに熱中する中学生、友達とおしゃべりする女子高校生、カップ麺をすする高校生たち、彼等はここで、のんびりと思いおもいの時間を過ごします。ロビーは、お互いに干渉せず、自由に一時を過ごす、彼等の交流空間なのです。1階奥には、122人座れるロールバックチェア−付のホールがあります。舞台の裏壁面は、フリークライミングの設備が用意され、日常からクライミングの練習が出来るようになっています。ホールでは、最近、ヒップポップダンスが盛んに行われています。年に数回、このホールでライブが行われる際、ダンスのグループも出場し、大いに会場を沸かせてました。
「ゆう杉並」(児童青少年センターの愛称)の地下には、中・高校生建設委員会が要望した570平米ある大きな体育室があります。バスケットゴールが6面付いています。バドミントンは、公式が3面取れます。ここでは、中・高校生たちが、バスケット、バドミントン、バレー、卓球と自分の体を思いっきり動かし、いい汗を流しています。小学生から高校生まで、まるで一つの桶に入っているようで、群れながら、遊んだり、運動したりしています。およそ、学校や校外の施設では見ることの出来ない風景で、異年齢の群れ集団が存在しているようです。大勢の人間が活動するため、混雑して体の接触や場所のスペースのことで問題も避けられません。そんな時、そばにいる職員やスタッフが気持ちよく遊べるように、空間や人の動きを調整しています。
2階には、「ゆう杉並」が誇るスタジオが3部屋とミキシングルームがあります。個人登録・利用者講習会・団体登録をすれば無料で利用できます。現在160のバンドが登録をしています。一度に4回まで申請でき、試験前は空きますが、後はほとんど埋っている状態です。このスタジオがあってバンドが結成できたというグループもあり、年に数回行われるライブもここで練習した彼等の絶好の出演機会になっています。
また、2階には、勉強ができる学習コーナーやファミコンのできる鑑賞コーナーも設置され、中・高校生の多様な要求に応えるように設計されています。この他、地下には工芸調理室があり、クッキングや陶芸・エアーブラシなど、中・高校生の要求に見合ったプログラムを提供しています。
「ゆう杉並」では、日常的に利用する他に、ギターやボーカルなど音楽系の講座やバスケ、バドミントン、クライミングなどスポーツ系の講座などを用意し、彼等の要望に応えています。メンバ−の固定したオフィシャルチームなどは、定期的に講師を招き、技術の向上に努めています。ここでは、学校や部活動と違うメンバ−と出会うことで新しい仲間関係を築いていっています。
また、「ゆう杉並」では、女子美術大教授の支援を受け、学校と連携して不登校児の学級が参加する陶芸教室を実施したり、12年度からは、地域で活動する年長(13歳から16歳位)の障害児グループが利用できるよう受け入れを開始しています。
「ゆう杉並」は杉並区に1か所で、すべての中・高校生の活動をカバーすることは出来ません。地域にある41の児童館と連携して、中・高校生の活動拠点を築いていく中心的役割を担っています。
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「ゆう杉並」のロビーは子どもたちの自由なたまり場 |
スタジオ内での練習の様子 |
(2)児童青少年センタ−の建設と運営に参加する子どもたち
児童青少年センターは、平成9年9月、東京・杉並区の荻窪にオープンしました。中・高校生を主な対象とした大型の児童館で、思春期の子どもたちの地域での居場所として全国からも注目を集めています。この施設の大きな特徴は、建設設計の過程で、中・高校生建設委員会が設置され、彼等のプランニングによって基本設計ができあがったことです。子どもが意見を述べ、子どもが意思決定に参加することは、子どもの権利条約にある意見表明権を具体化し、社会参画の理念を現実化したことにほかなりません。全国でも例のないことです。中・高校生建設委員会は、計8回、半年間に及ぶ討議と設計のプランニングを行い、模索と創造の連続のなか、報告書を作成しました。中・高校生が自ら設計に参加したことは、貴重な経験として各方面から評価されています。
この検討の過程は、子どもたちにおいては、子どもの権利条約を自ら体験するものであり、物事を決定していく上での民主主義のトレーニングを行なったことです。さらに、そこに参加した職員・スタッフにとっては、子どもとのかかわりを考える重要な経験になりました。そして、この取り組みは『参画の梯子』のモデル化で有名なニューヨーク市立大学教授ロジャー・ハート氏の参画の理論に合致するものでした。
中・高校生建設委員会は、目的を終え解散しましたが、参画の精神は受け継がれ、開設の1ヶ月前に、児童青少年センター中高校生運営委員会が設置されました。委員会の仕事は、利用者の声を施設運営に反映することであり、利用に関する規則やルールを作成することです。委員は、公募と学校推薦によって構成され、16名のメンバーが熱心に活動を行っています。平成12年度の委員会では委員長候補に3名が立候補するなど、委員の意気込みが感じられるものでした。委員会は、彼等自身の手によって運営されています。職員は、実務上、情報提供として必要な時だけ意見を述べるようにしています。
12年度から念願であった合宿が実現できたことから、学習と親睦が深まり、8月と10月のライブコンサート、厚生省を訪問して委員たちと厚生省児童家庭局長との懇談会、12月の男女平等推進センタ−との共催事業など、以前にはない活発な活動が展開されるようになりました。なかでも特筆すべきことは、厚生省の『年長児童育成の街試行事業』のモデル事業により、メンバー8名が、広島・大阪ヘ調査研究を行ったことです。
なぜ、中・高校生が調査研究をと疑問の声もありましたが、現地高校生との交流、施設運営の調査で大きな成果を収めることが出来ました。これは、「ゆう杉並」の施設の運営や委員会の活動に生かすことが主な目的でしたが、とりも直さず、彼等の学習と社会参加の一活動でした。調査資料の整理から、原稿の執筆、報告書の構成、パソコンへの入力と高校生の力量をはるかに超える作業をメンバ−で分担し、一冊の報告書としてまとめました。
たとえ中・高校生でも「活動する拠点、必要な資金、大人による適切なサポート」があれば、様々な取り組みを可能にすることを教えてくれました。13年度は、中学生4名を加え、岩手県水沢市、宮城県仙台市へ向かい、現地で活動するホワイトキャンバスや高校生の自主企画事業のメンバ−と意見交換や現地の街の視察を行い、昨年以上の成果を持ち帰ることができました。
委員会には、自主企画部会と広報広聴部会の2つの部会があります。自主企画部会は、ライブやアクティブフェスタなどイベントの企画を立案し、実施することです。運営を手がけますから、メンバ−の役割分担はかなりのものになります。広報広聴部会は、利用者からのアンケートや『ゆうネット』通信の発行など利用者コミュニケーションを図るようにしています。また、杉並区長との懇談会を行い、若者の意見を率直に述べるなど対外的な発信も行っています。さらに、「ゆう杉並」が地域との関係が深まることを目的に、近隣の住民との交流会も企画し、施設が地域になじむための努力を、中・高校生の立場から実施しています。
これらの活動から、中・高校生運営委員会の活動は、施設の利用者の声を代弁するだけではなく、「ゆう杉並」の運営の中心となるものであり、この施設の活動を象徴しているものです。
中・高校生運営委員会のミーティング |
(3)様々な問題に対応するゆう杉並と職員
開館して1年、「ゆう杉並」で子どもたちのトラブルが絶えませんでした。その一つに喫煙の問題があります。街中でタバコを吸う彼等は、施設内で吸うことにためらいを感じませんでした。喫煙は、成長期にある青少年の体に悪影響を及ぼすだけでなく、法律でも禁じられています。この問題では職員は、正面から取り組み、何度となく彼らに説得を試みました。学校の教師も警察も公認しているんだと強がる彼等に、この施設での喫煙を認めることをしませんでした。現在、「ゆう杉並」で喫煙する中・高校生は一人もいません。職員の注意から始まりましたが、今では、自分たちの自律の精神が喫煙とは縁のないものにしている状態です。
もう一つが喧嘩の問題です。青少年の「ムカツク、キレル状態」はどこでも同じような状況です。複数の中・高校生が集まる「ゆう杉並」ではこの危険性が当然高くなります。あるとき、バスケットの試合で、ちょっとしたルールの行き違いから口論となり、暴力行為に発展、そのことが原因で、地域に戻ってからもトラブルが続いたケースがありました。小学生のもめ事と異なり、高校生の喧嘩は,身体の損傷を伴い、傷害事件にまで発展することもあります。問題が拡大する前に解決の道を探るのは職員・スタッフの努めです。
「ゆう杉並」では、いくつかの深刻な経験と職員間の総括により、「酒・タバコ・喧嘩」の3つのことを厳禁することにしました。常に、対応を必要としますが、現在では、トラブルもほとんどなく、利用者は、安全と自由の感じる雰囲気のなかで、思いおもいの活動を行っています。しかし、中・高校生を取り巻く社会的状況は、明るい方向にはありません。ストレスが溜まれば、少しのきっかけでも問題の行動が生まれることも十分に考えられます。施設の運営を担当する職員は、来館する中・高校生たちとのコミュニケーションを重視し、彼等との対話を欠かさないようにしています。
(4)児童青少年センタ−における職員のあり方
「ゆう杉並」を利用する彼等と職員・スタッフとの関係も、これまでの児童館職員とは少し異なった新しい関係が生まれています。小学生と異なり、彼等と一緒に遊ぶ場面は多くはありませんが、けして大人との関係を断っているわけではありません。口うるさく、干渉する言動には激しく抵抗しますが、不安に思っていることや,問題の解決を図りたいことに関しては、職員やスタッフの誠実で熱意あるコメントや指針を求めています。ここで、職員がどのような接し方や態度をするかは、彼等の動向に直接影響することです。これまでにない施設だけに、職員の言動を絶えず点検する必要に迫られています。
職員のあり方を述べるとすれば、彼等とのコミュニケーションをはかることを第一に重視し、常に受け入れの姿勢を崩さないことです。そして、彼等の言動に共感を持って接することが,よい関係を築くことになります。この過程で、あるときは一緒に遊び、行動し、時間をともに過ごすことが大切です。また、問題となる行動に対しては率直に指摘し、改善を求めることも職員の仕事であると思われます。
原則的な考え方を堅持しながら、柔軟に、かつ限りなくサポートする対応が求められています。その意味で、職員・スタッフは常に自己研鑽に励み、子どもと同行者的立場で存在することが必要です。
(5)中・高校生の居場所
児童青少年センターは、子どもたちの参画により、確実に中・高校生の居場所としての機能を高めています。大人・行政はその活動を限りなく支援することを課題としています。居場所の確保は、すべての人間において必要ですが、とりわけ青少年においては、急を要することです。
中・高校生の居場所と言った時、次の要素が考えられます。第一にはスペース・たまり場・施設など空間としての場が確保されていることです。彼等が集まり、たむろする場です。地域に居場所が必要だと言われた場合、多くはこのことを示しています。
次に、一定の時間が確保されていることです。空間や場・施設が用意されても、時間がなかったり、制限されていたりしていては役割が半減してしまします。場と時間が用意されると次に必要なことは、彼等が求める様々な活動のメニューです。ある中・高校生においては、ぼんやりとのんびり出来る場が欲しい場合もあります。また、ある子どもたちにおいては、仲間とスポーツしたり、おしゃべりしたりと願う場合もあります。彼らの集う場にどれだけ個々人のニーズを満たす内容があるかです。
3番目に仲間の存在です。思春期において最も大切なものの一つは友人です。仲間を得る、仲間といることが、この時期何よりも大切と言えます。ピアプレッシャーと言われるように仲間からの排除は最も怖いことで、お互いが影響し合い、新しい人間関係の形成が生まれることが重要です。ここまでは、すでに述べた条件を提供すれば、彼等の力で自主的に進めることが出来ます。
しかし、現在のように学校や社会からの強い刺激により、子どもの心身にゆがみが生じ、不安や悩み、ストレスが蓄積されてきた時、その気持ちを受け止め、相談に乗り、問題を解決に導くことの出来る大人の存在が必要になってきます。一見明るく振舞う彼等に悩みはないとさえ感じることがありますが、実態は逆で、少しのことでもすぐに反応する彼等の心は、ささくれだった状態です。こうした、彼等の気持ちや行動、考え方を理解する大人の存在はたいへん重要です。その意味で、職員・スタッフの果たす役割は大きいと言えます。こうした要素に加えて、居場所が絶えず地域社会と接点を取り、交流を持っていることです。彼等の存在を大人や地域社会が認め、無用な反発を避け、お互いが理解しあうことが求められています。自分と意見の違う人たちとも交流できる考え方が重要です。
児童青少年センターは、今後、青少年の居場所として機能をますます発揮し、現在、日本社会が抱える青少年の生き方・あり方に対して、現場の実践を通じて問題提起をしていくことになるでしょう。
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