21世紀地域活動ビジョン
ひとりひとりの「思い」をつなぎ豊かな社会を

報告書のポイント
T 地域社会での議論に向けて
 21世紀初頭の現在、われわれは、グローバル化、高度情報化社会、生活の個別化、家族の絆の崩壊、モラルの低下、少子化・高齢化、格差社会、持続可能な地球環境などのキーワードであらわされるような、大きな社会変動の中にあり、地域社会も、直接、間接に、これらの影響を受けている。
 グローバル化などにより、「小さな政府」が志向される結果、これまで国が果たした役割を誰かが代わって担っていかなければならない状況になっている。
 また、IT革命の急速な進展と相俟って、生活の個別化、たとえば、家族においても、ひとりひとりが個別で多様な価値観を優先して生活を営むようになり、家族や地域社会という集団の絆が弱体化してきた。従来、個人と社会の間で果たされてきた集団の機能が、国家や企業、また、家族にいたるまで、弱体化してしまった。現代は、人間性が疎外もしくは軽視され、生きるよりどころを求めて人々がさまよっている時代であると言えよう。
 この報告書は、現実に行われている地域活動の紹介をとおして、これからの地域活動を活性化する方策を提言し、国民ひとりひとりが、地域活動はどうあるべきかについて、自分なりのビジョンを持つ一助となることを期待して作成された。現代日本では、社会が複雑かつ多様化し、地域ごとに異なった地域活動が求められるため、地域活動はこうあるべきであるというビジョンを示すことには無理があり、また、あまり意味もない。そこで、本報告書では、まず、われわれがどのような社会の変動に直面しているかについて概観し、次いで、現実に行われている地域活動の実態から何を学び取るべきかを考察し、その上で、21世紀における地域活動の活性化策を提言することとした。このような活性化策を踏まえ、ひとりひとりが自分なりのビジョンを持つことができれば、地域社会を変え、そして地域社会から社会全体を変えていくことは可能であると考える。
 この報告書は、実際に地域活動に携わっている人ばかりでなく、広く、国民一般に向けて発信されるものである。財団法人あしたの日本を創る協会の関係者、特に生活学校・生活会議運動やまち・むらづくりを支えてきた多くの方々はもちろんのこと、地域活動の担い手の方々やこれから地域活動に参加してみたいと思っている方々、あるいは行政関係者や企業関係者に読まれ、地域活動活性化のための議論の契機となることを期待したい。

U こんにちの地域活動のすがた
 U章では、全国の18の活動事例をあげ、いま地域社会でできることは何であるのかを示した。これらの活動事例を分析し、その特色によって、「トータルにまちを考える」、「心の過疎にはしない」、「よそ者が風を起こす」、「“つなぎ”で生まれる新しい力」、「新しい担い手が育つ」、「地域の新しい宝(地域資源)を生み出す」、「支え合いの地域をめざして」の7つのグループに分けてみた。いずれも、今日、そして将来の地域活動の方向性を指し示す事例であると思われるので、読者は、その中から、読者自身が実際に活動するうえでのヒントを得ていただきたい。

V 地域活動の活性化に向けて
 V章では、前章の事例を踏まえ、今後の地域活動をいっそう活発にしていくための活性化策を提案した。特に次の3点を強調したい。

「ひとりひとりの思い」が活動の出発点
多くの人が参加する地域活動も、実は、ひとりひとりの思いや願いが出発点である。「自治会が住民のための活動をしていない。頼りがいのある自治会をつくりたい」というひとりの願いが自治会の改革を実現させた事例がある。そこでは、これまで自治会活動に無関心だった若い層も活動に参加し、子どもからお年寄りまでのニーズに応えた活動を進めている。代表者やメンバー、そして、そこに住むひとりひとりの「こうしたい」という「思い」や「夢」が出発点となり、それが積み重なって地域活動が育っていくのである。大切なのは、人の「思い」に眼と耳を向け、ひとりひとりの「思い」を、多くの人の「思い」にしていくこと、そして、問題提起や解決策の提案としてまとめていくことである。これが、制度や仕組みを変える原動力となるのではないだろうか。

地域マネジメント力を持つ
 いきいきとした地域社会を実現する力となるのが地域マネジメント力である。地域マネジメント力とは、課題に応じて、人・組織をうまくコーディネートして活動を育て、地域のニーズにこたえていく力、つまり「自分たちの地域のことは自分たちで考え、行動する」ことである。その際、大切なのがリーダーの存在であり、リーダーに求められるのは、人・組織・団体を、課題に応じ、適材適所に配置し、組み合せる力(コーディネート能力)と、課題・人・組織・団体を結びつけるためのしかけに工夫を凝らすことである。少々、遠回りであっても、人々の関心を呼び起こすようなしかけを用意することが重要である。

「つなぐ」ことの大切さ
 「地域活動をしていながら、地域のなかにどんな住民団体があるか、意外と知らないもの」とはある住民団体の代表の言葉であった。そこで、お互いの連携に役立ててもらおうと、町にある住民団体について調べ、データを公開したところ、そこから、新たな団体同士のつながりが生まれた事例がある。団体と団体をつなぎあわせ、それぞれの団体が持つ人材、人脈、情報、智恵をお互いが知ることは、活動を進めるうえで欠かせない。そういったつなぎ役が求められている。企業や大学との連携も必要だ。企業が、イベントなどに、設備や人材を提供する、また、大学が専門的知識を提供するなど、最近では、企業、大学も「地域社会の一員」として貢献するという意識が高まり、そうした行動も実際、始まっている。企業の組織力や事業運営能力などを活かすことも、地域活動の活性化につながる。

W 地域活動への期待――<新しい公共という視点から>
 家族や地域社会の弱体化が問題とされる一方、18の活動事例からもわかるように、「自分たちでできることは自分たちでやる」という新しい考え方が広がりつつある。地域社会における人々のニーズが多様化し増大するなか、「小さな政府」化により、従来の公共サービスがカバーしきれない部分を、地域の住民たちが担っていこうという動きが出始めているわけである。これを、われわれは、<新しい公共>と呼ぶ。
 大きな社会変動に見舞われている現代を、人間性が疎外もしくは軽視され、人々がよりどころを失ってさまよっている時代であると描写したが、地域活動こそ、人々が求めるべきよりどころの有力な1つとなると確信する。
 この報告書で一番強調しておきたいのは、21世紀の地域活動の目指すべき姿は、「ひとりひとりの思いをつないで地域社会を変える」ということである。そこから、<新しい公共>を担い、地域をマネジメントするという視点に立ってさまざまな地域活動が展開されていくことを期待したい。

地域社会を取り巻く状況
 グローバル化、情報化、生活の個別化、少子高齢化、環境問題への関心の高まりなど、さまざまな社会変動の中で、生きるよりどころを求めてさまよっている人々が増える一方、国や地方自治体が、これまでのように公共サービスの質と量の拡大を図ることが難しくなっており、住民の多様な要望にこたえられない状況はさらに加速されるだろう。複雑な現代社会では、多くの問題が噴出しているにもかかわらず、問題の解決にとり組むはずの地域集団も、行政機関も、思うように機能しなくなっている。

公共を考え直してみる
 このような状況が進む中で、地域活動を担う人々の間に「自分たちでできることは自分たちでやる」、「自分たちの生活は自分たちで支えていく」という考え方が広まっている。別の表現をするなら、公共サービスを、地域住民みずからが担い、提供していこうということである。
 行政の機能が縮小して公共サービスを十分に担うことができなくなる一方、複雑化する私たちの生活からは、実に多様な新しいニーズが生じている。ニーズはどんどん膨らんでいくが、それを従来の公共サービスでは十分に満たすことができなくなっている。今後もさらに、ニーズは増え、それに対応する公共サービスは低下してしまうだろう。そのため、ニーズとその実現の乖離はますます広がっていくだろう。この、取り残されてしまう部分や新しく生じたニーズは、地域住民が「自分たちでできることは自分たちでやる」ことのできる領域であり、それが<新しい公共>といわれる部分である。<新しい公共>の態様は、必ずしも全国一様に表れることではなく、それぞれの地域社会によって千差万別である。そのために、地域社会ごとに取り組み方を考える必要がある。地域住民などを構成メンバーとするさまざまな集団や企業があらたな公共サービスの担い手となって活躍することが期待されている。

<新しい公共>と地域活動、行政、企業
 地域住民が担っていく<新しい公共>は、具体的にどのようなことか。
 身体の不自由なお年寄りのことを考えてみる。例えば、特養施設に入るというのも1つの選択肢だろう。しかし、もしその地域に住み続けたいとお年寄りが願うなら、地域に住み続けるために支援する仕組みをつくることも考えなければならない。これは従来の公共サービスだけでは対応できない部分を含んでいる。
 お年寄りの生活を支えるために介護保険で対応すべきこともある。ゴミ出しや電球の交換といった隣近所の人ができることもある。通院するには福祉タクシーが必要になるかもしれない。つまり、日常生活がままならない人たちのリスク、不安・不自由を、みんなで分かち合い、支え合うことを<新しい公共>の場として考えていかなければならないのではないか。お年寄りひとりひとりの願いをできるだけ大事にしながら、その生活を支えていくために、家族ができること、住民ができること、行政ができること、企業ができることについて考え、役割分担をし、協働していくことが必要なのである。このことは高齢者支援ばかりでなく、子育て支援などについても同様にいえるだろう。
 また、最近、指定管理者制度の広がりにみられるように、行政だけでなく、NPO、企業などが施設管理を担うケースが増えてきた。ここで考えなければならないのは、単に管理・運営を担うだけではなく、その地域でどのような施設が必要か、各種施設の配置をどうするか、施設の設計、設備をどうするかといった内容にまで、踏み込んで考えることが必要ではなかろうか。
 さらに、住み慣れた地域から離れ中心地へ集住するというコンパクトシティ構想なども出されている。究極的には、住民みずからがこのような決断をし、住民の合意をとりまとめて、責任を負っていく−地域をマネジメントする−ことも<新しい公共>の概念として考えられるだろう。
 地域社会に生きる住民、地域活動団体、行政、企業などさまざまな団体が、「ひとりひとりの思い」を持ち寄り、それを照らし合わせ、十分に話し合う中で、それぞれの地域社会で共有できる新しい価値が見つかっていくはずである。この新しい価値を具現化していくところに、その地域社会にとっての<新しい公共>がつくり出され、担われていく。
 また、行政や企業などとパートナーシップを組むためには、地域活動団体の知識・情報力、能力の向上が求められる。そのような向上があってこそ、一方的な下請けではない、お互いに自立した関係がつくられるだろう。
 一方、行政にもこれまでの公共という枠からの飛躍を期待したい。行政がもっぱら担ってきた公共の領域でも住民とともに改めて考え直すことが必要であろう。あわせて、地域活動が自立的かつ活発になるような側面的な支援(法制・税制の整備や改善、生涯学習教育の充実、担い手づくり、活動拠点の提供など)を期待したい。企業も<新しい公共>を担う主体であることはいうまでもない。地域社会の一員であるという意識のもとに、その経営能力や人材を活かして地域社会に貢献する地域活動を期待したい。これまでの日本の企業には、どちらかといえば、社員が地域活動に参加することと職務を全うすることが両立しないのではという雰囲気が培われてきたきらいがあることは否定できない。しかし、安全安心で豊かな地域社会は社員の士気を高める。地域活動に対してもこのような観点から、社員が地域活動に参加しやすくなる職場環境の整備や企業風土の改善は、ことのほか強く求められる。

思いをつくる、人をつくる地域社会
 地域活動の醍醐味の1つに、地域活動を通じて知り合った人と人との結びつきがある。あるときは、地域活動がその人にとって負担になる場合もあるだろう。そのとき、地域活動から、この人たちはなぜ離れないのか。信頼できる仲間の存在が支えになっているのだろう。そして、それが地域活動を支える力となっているということではないだろうか。まさにひとりひとりの「思い」がつながっているということであろう。
 今、この支えをできるだけ広げていくことが求められているのではないか。地域社会を、地域活動を疎ましく感じている人が多くいることも事実であろう。しかし、活動に参加してくれないと嘆く前に、「小さな思い」をはぐくみ、引き継いでいくことは、ちょっとしたきっかけから生まれる。そうしたちょっとしたきっかけをたくさん用意しようではないか。新潟中越地震で被害を受け、避難所生活をしていたとき、若者が何百個の茶碗を黙々と洗う後ろすがたをみて、自治会幹部は、「若者への偏見を見直した。普段の活動に参加してもらおう。声をかけよう」と強く思ったという。支え合いが広がった地域社会は、ひとりひとりの人間性の疎外を回復する場として、自己実現の場として大きな意味を持つであろうし、現在起こっている困難、今後起きてくるだろう困難に立ち向かうための基盤ともなるであろう。

地域社会の処方箋をつくりだしていく
 それぞれの地域に対応した具体的な処方箋を書けるのは、それぞれの地域社会においてである。なぜなら、人と人の思いが直接ぶつかりあい、人と人の思いをつなぎ合わせられる場所が地域社会だからだ。つまり、それぞれの地域における地域活動や地域をマネジメントすることは、地域社会で暮らす人たちみずからの手によって行われることにより実るものだからである。こうした活動により、現在われわれが抱えている少子高齢化、家族機能の低下、行財政の逼迫、地域経済の衰退、モラルの低下などの大きな課題に、立ち向かい解決していくための具体的な方策が地域社会の中でも具体的に提示できるのではないか。
独自の発想で対応できるのがまさに地域活動であり、地域社会なのである。ここに、地域活動や地域社会への期待があり、困難を打開する力がひそんでいる。