「私たちの生活学校」157号掲載
ル ポ

楽しい子育てのためにお母さんのリフレッシュを
長野県須坂市・須坂せせらぎ生活学校
 生後3か月の孫を預かる、それも朝から晩まで。ほぼ、母親になったといってもいいくらいの経験をさせてもらった――須坂せせらぎ生活学校の代表・黒岩七女さんは、自分の孫育ての経験を通して、子育て中のお母さんの心境に思いを馳せ、仲間づくりや地域の支援の大切さを知った。生活学校の仲間と子育てを支援する「この指とまれ」を立ち上げ、月1回のペースで活動を続けている。


自分の経験から考えて
子育て支援が必要だとは思っていなかった

 黒岩さんが子育て支援に取り組もうと思ったときに一番悩んだことは保険の問題だという。子どもを何人も面倒を見るとなると、いろいろな問題が発生するかもしれない。しかし、そこで躊躇していてはなにもスタートしない。「やることが大事なんだよ。考えていたら、できないよ」。社協の人のひと言に背中を押された。
 黒岩さんは自分の子育て中には、子連れでいろいろな所へ出掛けていた。講演会に行ったときには会場の隅でおっぱいをあげた。だからこそ、今子連れで出掛けにくい状況だとは思ってもみなかったし、子育てに悩んでいる、困っている親がたくさんいても自分たちが支援をしなくてはという考えは、ほとんどなかったという。
 転機はお孫さんだった。「保育園に行く頃になったら面倒をみることになるのかな、くらいに思っていた」と当時を振り返る。しかし、娘さんが早期に仕事復帰することになり、生後3か月で孫育てにたずさわることになった。
 すると、現状が見えてきた。子育てをするにはあまりに閉鎖された環境。「虐待をする気持ちも理解できる気がした。これでは若いお母さんたちもしんどいだろうと気づいた」と黒岩さんはいう。
 平成17年3月。そんな気持ちを抱いていたところ、以前保健指導員をしていた頃、0歳児の親子対象の「しおかわっこあつまれ」(発育相談や健康チェックなどを行なう交流会)を行なったが、その活動を現役の保健指導員も受け継いでくれていて、17年度に実施された「ひのっこあつまれ」に出向き、そこで「この指とまれ」の説明と呼びかけをした。
 これまで同生活学校では、環境問題や介護問題に取り組んできた。新たなテーマとして子育て支援を選んだということもあり、メンバーに関心を持ってもらうのは大変だったようだが、「やるから、とにかく手伝ってよ」と呼びかけた。「自分の孫のお守りのリハーサル」とメンバーの小林さんはいう。


運営は生活学校とお母さんたちが一緒に

 会場は市の農村環境改善センター別館の100畳の大広間。ここで毎月1回、第三水曜日に子どもたちもお母さんたちものびのびと遊んでいる。内容は、「読み聞かせの学習」「ヨガ」「知っておきたい救急手当て」「講演」「英語で遊ぼう」「クリスマス会」など。18年度の登録者は、親子83名。
 「この指とまれ」の運営方法をみてみよう。参加者つまり子育て中のお母さんたちは、参加者でもあり運営者でもある。「この指とまれ」では参加者の中から代表が選ばれている。会長の戸田由香さんは、引きこもり気味で自分自身困っていたときに「ひのっこあつまれ」に参加し、「この指とまれ」のチラシを見て「これだ!」と思って参加してみたという。友だちをつくりたかったというのが一番大きな理由。もちろん、まさかサークル運営に関わることになるとは思ってもみなかった。そういう経験もなかった。
 生活学校は仕掛けをし、仕組みをつくった。もちろん運営にも参画はしている。しかし、生活学校がすべてを仕切るわけではない。むしろ、お母さんたちが自主的でスムーズに運営できるようサポートをしている点が目を引くところだろう。
 メニューには参加者の特技を活かしたものを盛り込んでいる。例えば、「知っておきたい救急手当て」は看護師のお母さんが、英語ができるお母さんは「英語で遊ぼう」を企画した。
 子どもたちが会場となる部屋の障子を破ってしまった。どのように対応するだろうか? 生活学校メンバーが事後処理として障子の張替えをやるのだろうか? 黒岩さんはお母さんたちにこう声を掛けた。「この前も障子を破ったみたいよ。今度あっちもこっちも張り直すからみんな手伝ってね」。当たり前のことなのかもしれないが、このひと言を言うか言わないか、言えるか言えないかは、案外大事なことではないだろうか。ただ一方的に手助けするのではなく、グループ運営をしていく者としてお互いに主体者として相対する。
 「なにからなにまでやるのでは、生活学校ではできない」という声を聞く。果たしてなにからなにまでやらなければ、こういう活動はできないのだろうか? 一方、お母さんたちはサービスを受けるだけ、それならば、サービス提供者がいなければ受けられない。だれかがどこかで少しだけ動いてみるとこうした状況は変わる、ということを同生活学校は示してはいないだろうか。
 このように協力し合うことについて若いお母さんたちはどのように思っているのか? 「企画・運営は誰かがやってくれるというのが多くのグループのやり方だけど、ここは生活学校の先輩が人生の手本になるという面がいいところ。自分の人生の未来像を見られたような感じがする」「他のサークルと違っていろいろな年代の人とつながりができたのが良かった。これからは、内輪だけで終わってしまわないようにつながりを広げていきたい」のだという。


お母さんたちは子どもを預けて遊びたいわけじゃない

 一番人気のメニューは「ヨガ」。「いつも子どもとベッタリだから、子ども向けの活動じゃなくて自分が体を動かしたかった」とのことだ。黒岩さんは「親自身のリフレッシュが大切、お母さんたちのイライラを解消したい」といい、「お母さんが元気なら子どもも元気になる」とは子育て中のお母さんの言。
 また、子どもを預けるだけではリフレッシュにはならないともいう。大事なのは、お母さんたちの視野に子どもがいて、なおかつ子どもと親は別々のことをやるということ。
 お母さんたちの意見は、「子どもを誰かに預けてまでお稽古事をしたいとは思わない。かえって気疲れしちゃう」。なにも自分が遊びに行きたいから子どもの面倒を見てほしいと思っているわけではないのだ。たかだが、かもしれないが、そういう形で30分でも1時間でも自分の時間がつくれると、お母さんたちはリフレッシュできる。子どもを元気で健康に育てるためには、まず親がリフレッシュして元気になること。それが「この指とまれ」の目的でもある。


仲間づくりといってもそう簡単にできるものではない?

 月1回の集まりが終わったあとの雑談の中で「あと一か月なにしようかな…」という気持ちの人がいることを知った。みんな次回まで時間をもてあましている、それならみんなで集まろう。こうして核になるメンバーが結びついていった。しかし、こうした話ができるまでには相当時間を要するという。今日会ってすぐ意気投合して明日集まる、というわけにはいかない。「みんな暇でも『私暇なんだ』と言えるまでにはよほど会ってからでないと言いにくい。だからこうして集まる場があることがとても大切」と戸田さん。
 ただ、月1回では本当に仲間になれているのかという気がかりもあるそうだ。また、特定の人同士の仲良しグループができてしまうということもあるという。今後は、いろいろな人と結び付けていくように声掛けをしていく運営上の工夫も必要だという。そのためにも月1回の活動の合い間に茶話会などをやってもいいかもしれない。「それなら企画を考えなくてもいいから」。肩の力が入らないことが肝要なのかもしれない。
 メンバーは近頃、妊婦さんを見かけると、「こういうのやってるから、生まれたらいらっしゃいよ」と気軽に声を掛けられるようになったという。
 6月には市内八つの子育て支援サークルに呼び掛けて、初めて合同の活動もやってみた。「私には子育てもう関係ないだろう」という思いは今、子育て支援のための人と人とのつながりを生み出そうとしている。