「私たちの生活学校」156号掲載 |
食を通じた家庭への支援 |
大阪府高槻市立柱本幼稚園 |
はじめに 大阪府高槻市の南に、食を通じて園児や園児の家庭の支援に取り組んでいる幼稚園がある。市立柱本幼稚園である。聞き取り調査のために訪問した際には、数種類の野菜が育つ花壇の前で、園児のお迎えに来たお母さんたちが和やかに話している様子がみられた。青々と育つ菜園とあたたかな雰囲気が印象的な園であった。 この幼稚園では、5年前から、野菜づくりやクッキングといった園児たちの「食」にかかわる活動に取り組んでいる。といっても、この園を設置している高槻市が、特別、幼稚園での食育に力を入れていたわけではない。それではなぜ、公立幼稚園において、食を通じた支援が行われるようになり、それらの支援は何によって支えられているのであろうか。ここでは、幼稚園の先生方から伺った話や活動に関する資料をもとに、柱本幼稚園での食を通じた支援の取り組みの経緯やその内容についてみていくことにする。 なお、以下では、2005年12月16日に柱本幼稚園において、支援の中心的存在である山中先生と園長先生に対して行った聞き取り調査の結果や、山中先生が書かれた活動報告ならびに園の運営に関する資料を用いていくことにする。 地域の抱える問題―食生活の貧しさ― 柱本幼稚園において、食を通じた支援が始まったのは、現5歳児担任の山中先生が赴任された2001年からである。赴任された当初、先生は園児達の食生活のあり様に驚いたという。というのも、園児たちが昼食としてもってくるお弁当の多くが、ウィンナーや卵焼き、ミニトマトやきゅうり等、電子レンジで温めるだけのものや、手をかけずに作ることのできるものばかりであったからである。当時の園児たちが「うちのお母さんお弁当作るの早いで、チーン・チーン・チーンってすぐできる」(山中 2003,35頁)と語っているように、保護者のお弁当づくりは、もっぱら電子レンジに頼っていたようである。実際、お母さん方からも「料理を作るの嫌い」「面倒くさい」といった声が聞かれたという。 こうした食生活の状況は、幼稚園だけではなく、この地域で育つ子どもたち全体の状況でもあった。例えば、山中先生が土曜日に園に行って仕事していると、小学生がお昼に幼稚園に遊びに来て、テラスでパンを食べている姿をしばしば目にしたという。先生が子どもたちに「お家でご飯食べないの?」と尋ねると、「お母さんが作ってくれないから、パンを買ってここで食べてる」と答えたそうである。他にも、幼稚園児と中学生の交流の機会には、味噌汁がお鍋で作られているのを見て、「味噌汁ってなべで炊くのか!?」と驚く中学生がいたという。おそらく、その子の家庭では、味噌汁はインスタント食品にお湯を入れて作るものであったのであろう。 また、園のある地域では、幼稚園・小学校・中学校の職員が集まって、毎月、人権教育連携会議を開いている。この会議の中でも、子どもたちの食生活の貧しさに関するさまざまな報告がなされた。例えば、中学生の先生からは、「お弁当として、冷凍のたこ焼き、しかも、レンジで温めていない冷凍のままのたこやきをお弁当としてもってきた子どもがいた。親も昼になったら解けるだろうと考えたのだろう。親も忙しかったのだろうし、1日だったらまだいいが、2・3日続いたら、考えてしまう・・・」という報告があった。当時、この地域に住む子どもたちの多くは、手作りの食事よりも、出来合いのものやインスタントの食品を食べる機会が多かったようである。 こうした子どもたちの食生活の貧しさは、この地域の抱える状況と関わりがある。柱本幼稚園は、築30年になる団地が多く立ち並んでいる地域にある。この地域には、経済的に苦しい家庭が多い。実際、柱本幼稚園のなかでも、保育料の免除を受けている家庭の割合が比較的高いようである(1)。保護者の就労形態としては、工場の流れ作業等で深夜まで働いている人が多いそうである。深夜の時間帯の労働で疲れている保護者にとって、早朝からのお弁当づくりはつらいものである。こうした経済的にも時間的にも余裕のない家庭状況のなかで、子どもたちの食生活も外食やできあいのものになっているのである(2)。 そして、食生活に対する山中先生の問題意識をさらに深刻なものとしたのが、少年院への訪問であった。少年院の所長さんは、見学の際に、「ここにいる子どもたちは普通の子どもと同じである。ただ、育ち方が違う。家庭の愛情を受けて育っていたらこんなところには来ていない。ここにいる子どもたちは家庭料理を食べたことがほとんどない」(山中 2003,35頁)と話してくれたという。スーパーやコンビニで簡単に食が手に入る時代になり、園のある地域の子どもたちは、手作りの味から遠く離れてしまっている。子どもたちの食生活を何とかしたいという思いのもと、山中先生は、食生活の改善のための取り組みを始めたのである。 食を通じた支援活動 食生活の改善を目指した最初の取り組みは、畑での野菜づくりであった。園児のお母さんたちの力を借りて、保育室の前の花壇を掘り起こし、畑を作って野菜を植え始めたのである。園児たちの目の前での野菜づくりが始まったのであった。さらに翌年(2002年)からは、同じ敷地内にある小学校の校長先生に掛け合って、使われていない教材園を借りるなど、野菜づくりの活動は徐々に広がっていった。 またこうした野菜づくりと同時に、園の畑で収穫した野菜を使って、職員と園児たちが調理する「お楽しみレストラン」や、親子で一緒に調理する「親子クッキング」といった活動もスタートした。「野菜づくり」と「クッキング」という食を通じた支援活動が取り組まれるようになったのである。このなかでも、野菜づくりは、比較的多くの園でみられる活動であるが、親まで巻き込んだ「クッキング」に取り組んでいる園はそれほど多くない。柱本幼稚園の取り組みが特徴的であるのは、この点にある。園児の支援だけでなく、園児の家庭支援までをも視野に入れて支援を行っているのである。 それでは、野菜づくりやクッキングといった活動はどのような点で、園児や園児の家庭を支援しているのであろうか。ここからは、園児と園児の家庭それぞれに対する支援についてみていくことにしよう。 (1)園児に対する支援 野菜づくり・クッキングといった活動を通じて、柱本幼稚園の園児たちは、次の四つの点で大きな変化をみせている。 まず一つめは、野菜づくりという体験を通じて、野菜の名前や成長の様子等の植物に対する理解が促されたことである。野菜は生き物であり、植えたら植えただけ、世話を必要とする。水やりや草採り、収穫といった作業を通じて、子どもたちはさまざまな発見をしていった。実際の野菜の成長に触れるなかで、オクラが上を向いて生ることや収穫直後のナスのヘタが鋭くとがっていること等をみつけ、学んでいったのである。園長先生の言葉を借りれば、子どもたちは、野菜づくりという経験のなかで、野菜を「五感で感じ」、理解していったのである。 二つめは、自分たちで愛情を持って育てた野菜を食べることによって、好き嫌いがなくなったことである。入園当初は、野菜を嫌う子が多かったが、自分たちで育てた野菜を調理して食べることで、野菜のおいしさを知り、徐々に食べられるようになっていった。また、好き嫌いの克服には、幼稚園の集団活動も少なからず影響を与えているようである。実際、園に入って1年目の4歳児のなかには、食べず嫌いで野菜を食べない子もいるが、お兄さん・お姉さんである5歳児が「おいしい、おいしい」といって食べる姿を間近でみることによって、だんだんと食べられるようになることがあるという。年長の子どもたちと「共に食べる」ことによって、食べず嫌いが克服されているのである。これも、幼稚園という場で、食を通じた支援を行う効果の一つであるといえよう。 三つめは、毎日の水やりを仕事にすることで、園児たちの遅刻が減り、生活のリズムが改善したことである。園児たちは、毎朝9時10分になると、小学校の花壇へと水やりに行っている。こうした活動を通じて、園児たちは水やりが自分たちの仕事であるという自覚をもつようになったようである。さらに、水やりをやるために早く幼稚園に行くよう子どもたちが親にせがむため、遅刻も少なくなっているという。野菜づくりは、生活リズムの改善を促す役割をもっていたのである。 さらに、四つめとしてあげられるのは、園児たちの食の広がりが体力づくりへと結びついたことである。野菜づくりをきっかけとして、好き嫌いを克服した子どもたちは、何でもおいしく食べられるようになり、健康な体が作られていく。そして、子どもたちは、体を使って元気に遊びまわることで、食欲がわき、食が進む。・・・というように、野菜づくりとクッキングは、食と体力づくりの良い循環を生んでいるという。この循環を作り出すという点において、畑づくりやクッキングが子どもたちの体力づくりに結びついているといえる。 このように、植物に対する理解・好き嫌いの克服・生活リズム・体力づくりといった四つの点において、野菜づくりやクッキングは子ども達の成長を促したのである。 (2)家庭に対する支援 柱本幼稚園では、野菜づくりやクッキングを通じて、園児の家庭に対する支援も行っている。そのひとつは、保護者の生活に対する支援である。例えば、園では、昼食としておにぎりさえもってくれば、おかずや汁物は、職員が園で採れた野菜を使って調理し、用意してくれるという「おにぎり弁当の日」を設定している。この「おにぎり弁当の日」をつくることによって、保護者のお弁当づくりの負担を軽くすることができるのである。他にも、園では、たくさん収穫できた野菜などは、お迎えに来た保護者にお土産として渡すこともあるという。たとえ量は少なくとも、野菜をお土産としてもらえることは、家計の面でも助かることから、家庭での生活を支援する活動の一つであると考えられる。 加えて、家庭に対する支援としてあげられるのは、親の子育てに関して学習の場の設定である。実際、園の先生方は、愛情をもって育てるという野菜づくりの過程は、子育てとの共通点があると考えている。野菜づくりの経験から、親に子どもを慈しむ気持ちを学んでほしいと願っているのである。こうした願いのもと、柱本幼稚園では、親子一緒に取り組む種まきや草とりといった野菜づくりは、親子のふれあいや感動体験を共有する場として考えられ、設定されているのである。 さらにもうひとつ、園では、家庭に対する支援として、食事作りを学ぶ場の設定も行っている。ママクッキングやパパクッキングといったクッキング活動は、保護者が職員と一緒に料理を作りながら、食事づくりを学ぶ活動として取り組まれているのである。2か月に1回というペースで行われているママクッキングの献立は、日常的に作りやすいように、また栄養面でも偏りがでないようにという配慮のもとに考えられている。具体的には、安く、簡単にでき、火を通して作る料理ということで、和食を中心に設定されている。さらに、年に1度、日曜日にパパクッキングにも取り組み、大鍋での豚汁作りなどをしている。こうした保護者を対象としたクッキングの活動は、母親・父親同士の友だちづくりにもなっているようであり、その点においても、保護者たちの支援活動としての意味をもっていると考えられる。 こうした活動を経て、今、柱本幼稚園の園児たちのお弁当は、レンジで作られたものばかりではなくなっている。一つ一つの料理に凝っているわけではないが、お母さんが手をかけたお弁当になってきている。園児の家庭に対する支援の成果が、こうした園児の日々のお弁当に表れているのである。 活動を支える体制づくり 柱本幼稚園の野菜づくり・クッキングを支えたのは、さまざまな人の力や経験である。 食を通じた支援に取り組んだ山中先生は、ご実家が農家であることから、野菜づくりに関してわからないことがあれば、いつでも聞ける環境にあった。また、現在の園務員さんは、給食センターでの調理経験をもっている。衛生面や栄養面に配慮した給食センターでの調理経験を活かして、柱本幼稚園でも、「お楽しみレストラン」としてさまざまなメニューを提供しているのである。さらに、この園務員さんのお家も農家であるため、野菜づくりにおいても、その知識や経験を生かして、大活躍している。こうした職員の知識や経験が、大きな支えとなっているのである。 他にも、地域の中・高生や園児の保護者も、食を通じた支援を支える役割を担っている。例えば、ボランティアとしてくる高校生には、畑仕事をしてもらったり、職業体験にくる中学生に野菜の水やりをしてもらったりと、野菜づくりを手伝ってもらっている。さらに、園児の保護者は、ママクッキングの献立を考えるスタッフとして、ボランティアで参加してもらっている。さらに、2005年度からは、小さい子を抱えたお母さんたちも、ママクッキングに参加できるよう、子守スタッフという仕組みを作り、ボランティアを募っている。この仕組みによって、小さい子を持つお母さんも安心して調理に専念できるようになっているのである。こうした仕組みづくりにも取り組むことで、食を通じた支援活動の環境を整えているのである。 さらに最近では、園の関係者だけでなく、地域の人たちも園の活動を手助けするようになっている。例えば、地域で花壇づくりの活動をしている人から花の苗や種、肥料をもらったり、園芸高校の元教員に学校評議員になってもらい、畑づくりの指導をしてもらったりしている。地域の人々の力を借りて、支援活動が進められているのである。 おわりに これまでみてきたように、柱本幼稚園では、野菜づくりやクッキングといった食に関する活動を通じて、園児や園児の家庭の支援に取り組んでいる。これらの支援活動は、園の職員や保護者だけでなく、地域の中・高生や地域住民もがその担い手となることで、支えられているのである。 こういった園児の家庭までをも視野に入れた支援活動は、公立幼稚園では、あまりみられない取り組みである。山中先生を始めとする職員の方々の園児たちへの思いの深さ、問題意識の強さ、活動に対する熱意といったものが、活動を根底の部分で支えているものと考えられる。加えて、柱本幼稚園での活動は、5歳児17名、4歳児21名の計38名という小規模な園という特徴や、職員一人一人の意識や能力の高さによって支えられている面も多い。公立園である柱本幼稚園において、こうした活動が継続的に続けられるためには、いつまでも今いる職員の方々の力に頼るわけにはいかない。今後は、資金面・人材面での次のような課題が浮上するものと考えられる。 まず、資金面に関しては、現在のところ、野菜づくりやクッキングに必要となる野菜の種や肥料、調理器具の準備にかかる費用は、必要に応じて、校費から出している。しかし、この校費にも余裕がないため、種や肥料、調理器具については、できるだけお金をかけず手に入れられるように工夫している。例えば、野菜の種や苗等は、懸賞等に応募して無料でもらえるものを利用したり、調理器具等についても無料で譲ってくれるところを探したりしている。さらに、調理のための施設についても、特別な施設が用意されているわけではないため、空き教室にコンロやボール、おなべなどを用意し、ガスの線をつないで、調理を行っている。あるものを利用したり、お金をかけずに資材を得る工夫をしたりすることによって、野菜づくりやクッキングといった活動が維持されているのである。現時点では、職員の方々の工夫によって、活動が維持されているが、今後、さらに活動を充実させるためには、資金の捻出方法が課題となるものと考えられる。 また、人材面でいえば、活動を支える人材の発掘が課題となる。先にも述べたように、柱本幼稚園が取り組んでいる子どもたちの食生活の貧しさという問題は、園のある地域全体の問題であった。こうした地域にとっての課題を解決するためには、園の関係者のみならず、地域の人々の力を借りることが必要不可欠であると思われる。現在も、少しずつ地域の人々からの手助けが入っているようであるが、今後はさらに地域の人材を得るための体制を整え、野菜づくりやクッキングの担い手として、地域住民からの協力を得ることが求められよう。こうした体制づくりが整うことによって、地域の課題である子どもたちの「食生活の貧しさ」の改善が促されるだけでなく、柱本地区に住む人々の手による地域づくりがなされるものと考えられる。 <注> (1)こうした状況を踏まえて、園では、保護者にできるだけ経済的な負担をかけないよう、職員の家族が協力して、手作りで卒園アルバムを作っている。また、園児のみの遠足でバスを借りると費用が高くついてしまうため、PTA会費からも費用を捻出できる親子遠足を企画するなどの工夫もしている。 (2)他にも、園児の家庭状況について述べておくと、現在では少なくなったものの、山中先生が赴任されてきた5年前は、幼稚園に遅刻してくる園児も多かったという。また、家庭の教育への関心はあまり高くなく、絵本を紹介しても、保護者に余裕がないため、本を読むことができない状況があるようである。このようにこの地域では、保護者側に経済的にも時間的にも余裕がないために、子どもの教育への関わりが後回しにされる傾向がある。 (3)保護者に対するクッキング活動のきっかけとなったのは、一人のお母さんの存在であった。かつて、「料理が嫌い」といっていたお母さんの中に、おにぎり弁当の日に白ご飯をもたせる人がいた。詳しく話を聞いてみると、おにぎりを握った経験がなく、作り方がわからないため、作ることができないことがわかった。こうした事情を知った担任の先生は、家に訪問して、おにぎりの作り方を教えたという。お母さん方は、お弁当を作りたくないのではなく、作りたくても作り方がわからないという問題を抱えていたのである。こうした経験を踏まえ、一緒に料理を作りながら学ぶ場として、ママクッキングがスタートしたのであった。 <引用・参考資料> ・高槻市立柱本幼稚園(2004)「平成17年度 教育努力目標」「平成17年度 年間行事予定表」「2004年度 畑づくりからクッキング」 ・山中正子(2003)「食はしあわせ・心そだち−畑づくりからクッキング」解放教育研究所編『解放教育』第432号 34−38頁。 |