「まち むら」99号掲載
ル ポ

100年後の子どもたちに未来を託すため、行政や地域と共に活動
岩手県紫波町・NPO法人紫波みらい研究所
 盛岡市から南へ約20キロに位置する紫波町は、清らかな水と豊かな森林に恵まれた土地だ。水田も多く、もち米作りが盛んで日本有数の生産量を誇っている。作家・野村胡堂や児童文学者・巽聖歌の出身地でもあり、文化を愛する気風濃い土地柄だ。
 NPO法人「紫波みらい研究所」は、町の財産である豊かな自然や文化を「資源」として大切にしながら、そのよさを現代の生活に活かし、未来につなげていくことをモットーとして、2002年に設立された。会員は現在90人を数え、一般町民をはじめとし、県外からの会員も多い。地元を活性化するために、行政と協力しながら活動を行なっている。
 この団体の設立経緯を振り返ると、紫波町が抱える環境問題が始まりと言えるだろう。


町あげての環境保全運動から生まれた団体

 自然豊かなこの町も、盛岡市のベッドタウンとして人口が増加するとともに開発が進み、環境破壊は徐々に深刻な問題となっていた。
 町は早くから環境問題に取り組んできたが、その動きが本格化したのは、現在3期目の藤原孝町長が就任した1998年からだった。翌99〜2000年にかけては、町民自身が行なう「環境調査」を実施、100人の町民が自主参加した。町民の環境に対する関心の高さがわかり、これには行政側も嬉しい驚きを隠せなかった。
 2000年6月には、行政と町民が協同して「環境新世紀イベント」を開催。フィナーレに、現在の環境を保全し、100年後の子どもたちに確実に引き継ぐことを盛り込んだ「新世紀未来宣言」を発表。イベント終了後には、この宣言を受けて「紫波みらい研究所」の設立の気運が盛り上がった。翌01年には前身となる「紫波みらい研究所」が町民有志により発足。当初は16人の町民が参加し、活動目的やミニ勉強会などのワークショップが何度も行なわれた。「一人ひとりの力は小さくても同じ思いが集まれば、地球環境をよくする活動が可能になると希望をもった」と、当時の会員の一人が述懐する。
 そして翌02年、特定非営利活動法人の認証を受け、正式にNPO法人「紫波みらい研究所」が誕生したのである。


テーマごとに三つの部会で活動

 同研究所では、人と人、人と食、人と自然という大きなテーマにもとづき、「地産地消推進部会」「紫波・地元学部会」「紫波・森と家づくりの会」に分かれて活動を進めている。
 ここで各部会の活動内容を紹介しよう。「地産地消推進部会」では、地元でとれた食材を地元で消費する地産地消をすすめ、人と食の関わりを通して、自分たちの暮らしや地域を見直すことを目的としている。
 日本料理家・野崎洋光氏を招き、地元食材をふんだんに使った料理教室を開催。03年、それを1冊の本にまとめて出版した。また、地産地消の大切さを知ってもらう目的で開催している「ワンコイン・セミナー 食は地元にあり!」が好評だ。地元の野菜や肉、そばなど毎回テーマを設け、生産農家が消費者と直接顔を合わせて交流し、その生産物を使った料理を試食する。消費者は生産者の苦労や喜びを知り、農家は消費者が何を求めているかを知る、またとない機会となっている。
 「紫波・地元学部会」は、地域の暮らしや文化、自然との関わりを学び、紫波町の歴史や魅力を再発見して、次世代へ引き継ぐのが目標。同研究所の活動の根っこになるテーマを持った部会だ。
 親子を対象にした「環境探検隊」をはじめ、町の歴史や伝統文化などをお年寄りに尋ね、それをまとめる「聞き取り保存調査」も行なった。その成果は、04年に「わが心の郡山駅」として出版、県内外に反響を呼んだ。それがきっかけとなり、今後、町内の他地区で地元の人たちが取材調査し、地域マップを作る動きもあるという。
 「紫波・森と家づくりの会」には、林業関係者や森林保有者、建築関係者など森や木に関わりの深い町民が所属している。町の森林資源を有効活用することで林業を盛りたて、森林保全のためにも町産木材の使用を積極的にすすめている。
 紫波町では、今までに二つの小学校を含む4か所の公共施設が町産木材を使って建てられている。同研究所ではこうした公共木材施設や、町重要文化財指定の南部曲り家「武田家」などの見学会を開催。町内外の人に、本のよさを知ってもらう取り組みを行なっている。
 さらに、國學院大学生と地域住民が協働して森を整備し、里山をよみがえらせる「里山体験」が、今年で4年目を迎えている。今年は岩手大学の学生も参加し、交流の輪がさらに広がった。
 この他、水環境への関心を高めるため、親子を対象に「コネコネマイ石けん」づくりを通した環境学習や町が取り組んでいる食用廃油の回収のためにボックスを同所に設置し、地域の人たちに環境への配慮を促している。


地域の人たちの自主的な活動の素地をつくる

 今回、お話をうかがった事務局長・佐藤由美子さんは、「年々、活動を理解して協力してくれる町民も増え、反響も高くなってきました」と言う。年間10回以上のイベントを運営するのは、準備も含めてなかなか大変だが、地域の人たちとコミュニケーションをとるうちに協力関係も築かれ、自主的に動いてくれるケースも増えているようだ。
 振り返ると、発足当初は事務局の設置場所や、イベントのプログラムから運営まで行政に頼りっぱなしの状態だったという。それだけに、町と緊密な関係を保てるメリットは大きいが、活動は行政主体になっていた。しかし、5年目の今は自分たちでこなせることが多くなった。今後は、同研究所が自立して運営を続けていくことが重要になってくる。町の「パートナー」と胸を張って言えるよう成長しなければというのが、目下の課題だと佐藤さんはいう。
 加えて、今までイベントに追われるように活動してきたが、ここで「原点」に戻ることが大事だと、同研究所では考えている。「さまざまなプログラムを提供し、その地域に住む人が自主的に活動を行なうための素地を作るという、研究所本来の役割に立ち戻る時ではないかと思います」と佐藤さん。さらに「紫波町の未来を担う若手の育成も必要ですね」と結んだ。