「まち むら」99号掲載
ル ポ

「地域の縁側」で人々をつなげる
神奈川県川崎市多摩区・NPO法人ぐらす・かわさき
 「誰もが気軽に立ち寄ることのできる『たまり場』を地域に提供したい」。神奈川県川崎市多摩区登戸に拠点を置くNPO法人ぐらす・かわさきが目指すのは「地域の縁側」だ。「遊友ひろば」と名付けたコミュニティスペースを運営するぐらす・かわさきを訪ねた。
 かつて日本の家屋には縁側というスペースがあった。おばあさんがひなたぼっこをしながら編み物をしたり、そのそばで小さな子どもがままごとをしたり絵本を読んだり。近所の子どもたちが集まって花火をする姿を縁側から大人たちが見守ったり。通りがかった知り合いがちょこんと縁側に腰をかけて話しこんでいったり。いずれも今では見かけることが少なくなった和やかな情景だ。縁側は家と外とを結ぶ半公共の場所として貴重な存在だった。いつごろだろう、日本の家から縁側が消えた。気づくと、日本は地域社会の結びつきが希薄な国になっていた。


みんながふらりと立ち寄れる場を

「縁側は半分公共に開かれていて、地域の中のコミュニケーションを取る場の一つだったと思います。縁側のように、高齢者も若い人も健常者も障害者も子育て中のお母さんもお父さんも、みんながふらりと立ち寄ることのできる場をつくり、情報交換を行ない、個人の持つ知恵や経験を生かしてみんなで地域の課題を解決できたらいい」とぐらす・かわさきの事務局長江田雅子さんは笑顔で話す。
 ぐらす・かわさきは2001年に設立された。登戸は津久井街道の宿場として栄えてきた歴史があり、町を歩くと明治時代の宿屋、蔵づくりのたばこ店、畳屋、金物屋など昔ながらの懐かしい商店に出会うことができる。商店街の活性化に一役買いたいという思いもあり、登戸車通り商店街の一隅に、空き店舗を活用して事務所を開いた。
 ぐらす・かわさきってどういう意味? とよく聞かれる。「ぐらす」には草、ガラスなどの意味がある。一つには草のように川崎市に深く根を張りたいという思い。二つ目にはガラスのように透明でオープンな川崎、場所でありたいという願いが込められているという。
 赤ちゃんからお年寄りまでさまざまな人に「地域の縁側」に集ってほしいと考え、フリースペースを「遊友ひろば」と名付け、そこで「親子ひろば」「健康麻雀」「一緒に作って味わう昼食会」の三つの活動を行なっている。友と遊ぶという「遊友」という音からは悠々としたおおらかな雰囲気が伝わってきて、思わず深呼吸したくなる。「ひろば」という軽やかな響きは昔懐かしい原っぱも彷彿とさせる。
 取材で訪れた日、「遊友ひろば」では「こころを育てるわらべうた」が開かれていた。「せっせっせ。おちゃのこおちゃのこおちゃのこほい」。地元で「わらべうた音楽教育研究会」の会長を務める加藤喜代美さんが講師となって、赤ちゃんをひざに乗せた若いお母さんたちと一緒にわらべうたを歌っている。「しんわりたんわりもものき ももがなったらくわしょうぞ」。昔どこかで聞いたことがあるような、懐かしい旋律に思わず引き込まれる。
 5月から「親子ひろば」に参加しているという早坂真弓さんは1歳8か月の女の子のお母さん。「わらべうたを歌うのは初めて。簡単なメロディなので家に帰ってからも、娘に歌ってあげられそうです」とにっこり。
 早坂さんは友人からの口コミで遊友ひろばを知ったという。昼間は母娘2人の時間の中で、子どもが片時も傍を離れず息苦しい思いも経験したが、ここに通うようになって子育ての友人「ママ友」もでき、連絡を取り合って母子で一緒に遊びに行ったり、子どものことを相談できるようになったと喜ぶ。
 川崎市は、神奈川県でも有数の工業都市という顔を持つ反面、多摩川や多摩丘陵など豊かな自然にも恵まれた地域だ。ぐらす・かわさきが拠点を持つ登戸は小田急線と南武線が交差する場所にあり、東京のベッドタウンとして若い世代がたくさん移り住んできている地域でもある。若い夫婦の多くは核家族で暮らし、知り合いのいない中で子育てに迷う若い母親も増えている。そんな現状の中で、週に2回開かれる「親子ひろば」は子育て中の若い人たちにとって助っ人的存在となっているようだ。


「健康麻雀」で高齢者のつなぎも

 地域のもう一つの課題が、以前からの居住者の高齢化だ。独り暮らしの老人も増える中、高齢者が楽しく集う場がほしいという声に応え、「健康麻雀」というユニークなサロンも週1回開催している。ともすれば不健康なイメージを持たれがちな麻雀だが、「賭けない・吸わない・飲まない」をルールにした麻雀はまさに健康的な娯楽。指先と頭を使うので、「ぼけ防止」「引きこもり防止」に大いに役立っている。4人で行なうので友人もでき、コミュニケーションを取りながらの麻雀はストレスの発散にもなるという。仕事一筋で通してきた男性が定年になって、地域にとけ込めず行き場がないという問題解決の糸口ともなりそうだ。
 「みんなで一緒に作って味わう会」では、地域でレストランを開いている女性や料理研究家を講師に、体によい玄米を基本にした健康料理や季節の良材を使った料理を習い、みんなで一緒に作る楽しさを伝えている。独り暮らしのお年寄りから若いお母さんまでさまざまな世代が共に料理を作り、交流しながら食事をする様子は和やかで心温まる光景だ。約20坪のスペースが、ある時は畳を敷いて「親子ひろば」に、ある時はテーブルを置いて健康麻雀会場に、またある時は調理と昼食会を行なう場所にと変幻自在に変わり、まさに万能の「縁側」と呼ぶことができそうだ。


運営資金をいかに捻出するかの課題も

 これらのプログラムを組み立てるスタッフの苦労がしのばれるが、事務局の広岡希美さん、田代美香さんは「どんどんネットワークが広がっていくのがうれしい」「事業を展開するのは大変だが、地域のいろんな世代のひとと接することが楽しい」と話す。
 地道な活動を続けるぐらす・かわさきだが、今後の課題が幾つかある。一つは運営資金の創出た。川崎市内でスペースを借りるには多額の経費がかかる。いつでも誰でも訪ねてくることができる「縁側」を用意するには、スタッフの常勤も欠かせない。これまでは会費と会員からの寄付、国や県、市からの助成金が主なる収入源だったが、限界がある。川崎市からの委託事業なども引き受けているが、今後どのように収益を出し、自立していくかが大きな課題だ。
 この地域は区画整理事業が進行中で大きな道路が建設される計画があり、町の姿は変貌しつつある。町の記憶をどのように残していくかも課題の一つである。「おかみさん会」の開催、商店主を講師とした講座の開催など、商店街とタイアップした事業なども開き、地域と深く結びついた活動も行なっている。商店街の一隅に生まれたコミュニティスペース「遊友ひろば」が地域にどのような役割を果たしていくのか。これからが楽しみである。