「まち むら」97号掲載
ル ポ

「この指とまれ」方式が支える幅広い活動
大阪府堺市・槇塚台校区自治連合会
 町内会、自治会といった地縁組織の衰退が叫ばれて久しい。「隣は何をする人ぞ」の都市部ではなおさらだ。そんな中、大阪府堺市の泉北ニュータウンの一角、槇塚台校区自治連合会は90パーセント以上の加入率を誇り、カフェから花壇作り、防犯パトロールといった幅広い活動を繰り広げている。こうした取り組みを支えているのは、上意下達式に動員したメンバーではなく、「この指とまれ」式に募ったボランティアたちだ。
 堺市は人口約83万人。1年前の2006年4月、全国で15番目となる政令指定都市に移行した。市内には、日本最大の前方後円墳となる仁徳天皇陵など豊かな史跡がある。戦国時代は貿易港として栄え、戦後も臨海工業地帯が形成されるなど、商工業のまちとして歩んできた歴史を持つ。
 市南部の丘陵地帯で、泉北ニュータウンの開発が始まったのは1960年代半ば。大阪・千里ニュータウンや東京都多摩ニュータウンなどと並んで、わが国の大規模ニュータウン開発の先駆けとも言える。大阪市の都心部から20〜25キロ圏に位置し、電車で50分程度の距離ということもあって、ベッドタウンとして成長した。14万人の人口を有するが、近年は減少傾向にある。
 槇塚台は1972年に産声を上げた。現在はおよそ3000世帯、7400人。1戸建ての住宅と府営住宅が立ち並んでいる。槇塚台校区自治連合会の2006年度の加入率は92.3パーセント。ニュータウン全体の加入率68.4パーセントを大きく上回っている。
 泉北ニュータウンの事情に詳しい堺市の職員は、「ニュータウンは地域コミュニティが崩壊していると思われがちだが、槇塚台はしっかりとコミュニティが確立されている」と力説する。「一度、カフェをのぞいてみては」。こんな言葉に背を押されて、足を運ぶことにした。


住民の交流の場として自治連合会が「カフェ」を運営

「カフェ槇塚」。ある日曜日、槇塚台地域会館に足を運ぶと、玄関にある掲示板にこんな文字が記されていた。その一室に入ると、中には親子連れからお年寄りのグループで大にぎわい。コーヒーを手に、あるいはうどんをすすりながら世間話に花を咲かせている光景を目の当たりにした。
 このカフェ、業者ではなく、自治連合会が運営している。「地域の住民同士の交流の場にしようと始めたんですよ」と西野健造会長は説明する。第2を除く毎週日曜日に開催しており、スタッフはすべてボランティアだという。
 コーヒー、紅茶、オレンジジュースが100円。ミニドックとゆで卵を付けたモーニングセットが150円。うどんとおにぎりのセットが200円。日によって多少の変更はあるが、メニューと値段はざっとこういったところ。安いこともあって毎週数十人が詰めかけている。
 安さだけが魅力ではない。「毎週、ここに来てみんなと話しをするのが楽しみで」。顔をほころばせながら話す60歳代の男性がいた。近くの府営住宅で一人暮らしをしており、元々、槇塚台に知人、友人はいなかったという。だがここで多くの人と顔見知りになった。
「2週間続けて彼の姿を見なかったら、気になって電話することもあるんですよ」。カフェ運営の責任者、工藤祐次さんは体調が万全でない男性を気遣うように言った。府営住宅には独居高齢者が多いが、なかなか地域とのつながりを持ちにくい状況にある。このカフェがそうした高齢者と地域住民をつなげる役割を果たしていることがうかがえた。
 工藤さんは5年前にリタイア。得意の料理の腕を生かそうと、カフェにかかわるようになった。ボランティアの多くは50歳代前後の主婦ら。中には20歳代の女性グループもおり、月に1回は彼女たちが運営の中心になる。その時には、他の日より若い客が増えるとのこと。多世代が集う場所として、住民の間でしっかりと定着してきている。


「割り振り」方式から「ボランティア登録」方式へ

 自治連合会が住民からボランティアを募り始めたのは2005年度から。以前は、自治会主催の催しに関しては、必要な人数を各単位自治会に割り振って出してもらう方式をとっていた。「夏祭りなどでは、かなりの重労働をお願いすることもあった」と西野会長は振り返る。
 だが、こうしたやり方ではある種の強制を伴い、関係者は「仕方なくやらされた」という気持ちを抱きがち。そこで住民が「これならできる」「手伝ってもよい」と思うことについて、ボランティアとして登録することにした。「そうすれば、身の丈にあった、手作りのイベントができ、それがまちづくりにつながっていくはず」と西野会長は狙いを説明する。
 2006年度は男性55人、女性43人の合わせて98人がボランティアとして登録をした。登録の際に、カフェや夏祭り、文化祭など希望するイベントを複数選ぶことができる。
 ちなみにカフェを選択した人は54人。カフェの責任者である工藤さんは「ほとんどの人は3か月に1回程度、当番が回ってくる。都合が悪ければ、別の人に代わってもらうことも可能で、あまり負担に感じずに続けることができる」と話す。
 ボランティアの活動は多彩だ。「花づくり」は、バス停などに花壇を作り、季節に応じて花を植え替え、水をやる。「環境」は毎月6、16、26日の3日間、地域をまわりごみや犬のふんを拾っていく。防犯のため夜間のパトロールを行なうボランティアもいる。こうした活動を通して、地域とのかかわりを深めていく人も多い。


「オールドタウン」化する中で防災ボランティアを募る

 「ニュータウン」は、ある時期から「オールドタウン」になる宿命がある。ある一定の時期に、よく似た世代の住民が大量に入居するため、高齢化が急激に進行するためだ。開発から40年が経過した泉北ニュータウンも例外ではない。中でも槇塚台の65歳以上の高齢化率は、2006年で22.6パーセントと、堺市全体の18.5を大きく上回る。
 「これだけ高齢化が急速に進み、思うように体を動かせない人が増えていく中で、地域にとって最大の課題は、災害が起こった時に、どうやって被害を最小限に食い止めるか」と西野会長は心配する。昨年秋、自治連合会は災害時に介助を必要とする人がどれだけいるか、独自に調査をした。その結果、寝たきりの人も含め、81人が「いざという時に介助が欲しい」と訴えていたという。
 連合会内にすでに防災委員会を設置するとともに、2007年からは防災ボランティアを募ることにしている。「自らの命は自らで守り、自らの地域は自らで守る」。西野会長は言葉を強めた。