「まち むら」96号掲載
ル ポ

足元にある自然、資産を生かし地域おこし
宮崎県日南市・やっちみろかい酒谷
 宮崎県南部の日南市内から国道222号を西に車を走らせること約30分。酒谷地区に入ると、飫肥杉の深々とした山が目に入る。さらに山道を進むと、かやぶき屋根の道の駅「酒谷」が目を引く。新鮮な地どれ野菜や特産品を求めて多くの客が訪れる。そこから市道を北へ約2.7キロ車を走らせると、幾十にも折り重なった棚田が視界一杯に広がる。日南市の最高峰・小松山(標高989メートル)にある酒谷坂元地区のシンボル「坂元棚田」である。山の傾斜を利用し、日本の棚田百選にも選ばれた棚田の風景は、日本古来の田園風景を思い出させる。
 酒谷の豊かな自然や、先人から受け継がれてきた資産。足元にあるものを生かして地域おこしを続けているグループが「やっちみろかい酒谷」だ。「住民が酒谷に暮らすことを誇りに思えるような地域にしたい」と語るのは代表の日高茂信さん。若者の流出や高齢化による過疎化に悩む地区を盛り上げようと、活動を続けて13年になる。


「何にでも挑戦しよう」と会を立ち上げる

 結成は平成6年。当時娘が通う酒谷小のPTA会長を務めていた日高さんは、子どもの減少に危機感を抱いた。同校出身の日高さんが小学生の時には全校で約300人いた児童数も、年々減少し120人。「このままでは、酒谷から人がいなくなり、地区そのものがなくなっていく。何とかして、若者が戻って来るような魅力ある地域をつくりたい」。地域おこしへの思いが高まった。
 同じ時期に朗報も飛び込んできた。日南市と都城市を結ぶ国道が整備されるほか、平成元年には道の駅「酒谷」がオープン。「交通の便も良くなれば、酒谷に観光客が集まりやすくなる。今が立ち上がるチャンス」。決意は固まった。
 知人を中心に呼び掛けたところ、31人が賛同してくれた。団体の名前は「やっちみろかい酒谷」。「やっちみろかい」は地元の方言で「何にでも挑戦しよう」という意味だ。地域おこしの経験はゼロからのスターートで「なににでも失敗を恐れず挑戦してみよう」というメンバー全員の思いを込めた。


定着した日南ダムでのこいのぼり上げ

 月に1度開かれる定例会は、うち解けた雰囲気の中でメンバーが自由に意見を出し合う。この中で、出される情報やアイデアを基に活動が始まる。
 初めて取り組んだのは日南ダムでのこいのぼり上げ。「ほかの地区ではやらないことに取り組めば、新聞やテレビに取り上げられ、酒谷のPRになる」と市役所の広報担当経験者の意見を取り入れた。5月5日のこどもの日を祝おうと、譲り受けたこいのぼり150匹を、高さ47メートル、幅189メートルの日南ダムの正面に300メートルのワイヤを通して掲げた。
 ワイヤを掲げる作業には、林業関係のメンバーが実力を発揮。青空をバックにダムを泳ぐこいのぼりを一目見ようと、連日親子連れが訪れ賑わった。初めての取り組みが成功したことで、メンバーにも自信がついたという。今では、ワイヤの数を3本に増やし、毎年の恒例イベントとして定着している。


「足元を見詰め直し、新たな光を」―足元学を提唱

 また「地域に埋もれている資源の再発見」に力を注いでいる。「足元を見詰め直し、新たに光を当て地域おこしにつなげる」。日高さんの提唱する「足元学」である。
 酒谷の深瀬地区に残る明治時代に造られた石組みアーチの石橋「大谷橋」はやっちみろかい酒谷が発掘した酒谷の資産の一つだ。
 大谷橋は、かつて日南市―都城市間を結ぶ国道にかかる橋として利用されていた。しかし昭和46年、現在の国道222号が開通すると、交通量が減少、人々の記憶から遠ざかっていた。
 メンバーの情報を頼りに、現地を視察したところ、草木に埋もれている石橋を発見。「先人が残した大切な資源。復活させて観光資源に活用しよう」と生い茂っていた草木を重機を使って取り除いた。
 例年夏休みシーズンには橋から200メートルほどの距離にある高さ23メートル、幅3メートルの「小布瀬の滝」とともにライトアップ。滝の周辺はこけむした木々に囲まれ、涼しさを堪能できるイベントとして人気だ。埋もれている資源の活用には「見せ方を工夫するだけで、観光客にアピールできる」と日高さんは語る。
 道の駅「酒谷」はやっちみろかい酒谷にとって、地域おこしの重要な拠点である。同駅には毎朝、近くの農家や高齢者が家庭菜園で育てた野菜が持ち込まれる。新鮮で安価な野菜を求めて多くの客が訪れ「最初はこんなに人が集まるとは思わなかった」と語るのは駅長の野辺和美さん。オープンして10年。以前は知人らに無料で配っていた野菜が売れ、地元の高齢者らに現金収入が入るようになった。売り上げを利用して、仲間と1泊旅行を楽しむ高齢者も増加。野菜づくりが高齢者の生きがいになっているという。
 やっちみろかい酒谷では、看板がなかった同駅に「形ある物を残そう」と手作りで大型モニュメントを設置した。2年半かけて準備したモニュメントは高さ約10メートル。地元住民から無料で提供された樹齢140年の飫肥杉の支柱に「道の駅酒谷」の文字を書いた看板を取り付けた。看板の下には木の魚の彫刻と銅鍋をつり下げ、支柱の上には銅版を張り付けた屋根が乗せてある。やっちみろかい酒谷が「ほかの地域には無いものをつくろう」と試行錯誤を重ねた力作だ。


「酒谷を元気に」で団体をつなげる

 このほか、道の駅に通じる道路沿いにヒガンバナや桜、アジサイを酒谷小学校の児童らも協力して植栽。季節ごとに咲く色とりどりの花を目当てに観光客が訪れ、さらに道の駅へと流れるという相乗効果が生まれている。「団体は別でも、『酒谷を元気にしたい』という思いはひとつ。協力して活動に幅をもたせたい」と日高さんは連携の大切さを認識している。
 やっちみろかい酒谷の活動は、地域の子どもたちにも影響を与え始めている。日南市で昨年開催された第12回全国棚田(千枚田)サミット。棚田のある全国の自治体から、棚田保全の意味や存続をテーマに1450人が訪れた。大会2日目、酒谷の坂元棚田であった現地見学会で、酒谷小の児童たちは、酒谷の自然や棚田のすばらしさをまとめて手書きのメッセージを配布。さらに自分たちの暮らす酒谷について、棚田に設けられたステージで参加者を前に事例発表を行なった。ふるさとについて、自信を持って発信する姿や、心のこもったメッセージは好評で、サミット後には酒谷小には全国からお礼の手紙が40通届いたという。
 棚田サミットのように、県外から自分たちの住む地域が注目され「子どもたちだけでなく、地域の人にも少しずつ自信が見えてきた」と日高さんは目を細める。今では、開催するイベントに地域の人も気軽に協力してくれるようになった。
 設立当初の「住民が誇りに思える地域をつくりたい」という目的は少しずつ実現しつつある。今後は、安定して資金が調達できる方法を考えたい。他の地域おこしグループの視察や交流を広げたいという。「地域おこしは終わりの無いテーマ」と日高さん。「新鮮な目で地域を見詰め直し、もっともっと酒谷を魅力ある地域にしたい」と力強く語った。