「まち むら」96号掲載
ル ポ

主婦の「井戸端会議」発、マリモみたいな「まあるい」まちづくり
北海道釧路市・阿寒湖の女性グループ「まりも倶楽部」
 国の特別天然記念物マリモが静かに眠る、北海道釧路市阿寒町の阿寒湖。そのほとりにある阿寒湖温泉街の主婦らが、まちづくりグループ「まりも倶楽部」を結成して今年で5年目を迎えた。漬け物をつまみながらの井戸端会議から始まり、お茶を片手に気軽にアイデアを出し合うスタイルは今でも変わらない。マリモの生態が多様であるように、まりも倶楽部の活動も実に多彩だ。手作りマップ、地場産品料理研究、花いっぱい運動…多岐にわたる活動を通して、人と人をつなぐ接着剤のような役割も果たす阿寒湖の元気な母さんたちが、マリモのような「まあるい」まちづくりに取り組んでいる。


温泉街のまちづくりに女性の視点を

 人口6500人の旧阿寒町は2005年秋、音別町ととともに釧路市と合併した。道東の拠点である釧路市の中心部から阿寒湖温泉までは約70キロ、釧路の奥座敷とも呼ばれる。手つかずの原生林が果てしなく広がる阿寒国立公園に囲まれ、道内有数の観光地として発展してきた温泉街には、国内外から年間約140万人が羽休めに訪れる。
 まりも倶楽部発足のきっかけをつくったのは、阿寒湖温泉活性化に向けて2002年に立ち上がった検討委員会のメンバーからふと出た「疑問」の声だ。観光客の満足度や滞在時間の増加を目指し、地元住民や大学教授などの有識者らがメンバーとして集まったが、1人をのぞく全員が男性だった。「紅一点」のメンバー、ゆとり研究所余暇コーディネーターの野口智子さんが「まちづくりを考えるには、女性が少ない」と指摘した。この一言で、これまではあまり外へ出る機会がなかった地元の主婦らが奮起し、一斉に立ち上がった。「まちづくりのために女性陣は何ができるのか」―。


町の勉強会兼ねた手作りマップ作成

 野口さんからアドバイスを受け、手探り状態で歩き始めたまりも倶楽部の初仕事は、住んでいる町の勉強会を兼ねた手作りマップの作成だった。温泉街という、人の入れ替わりが激しい地域柄から、メンバーの大半は市外、道外の出身者。猛吹雪の中、温泉街や観光スポットの周辺森林を歩き、初めて知った事や感動した事をメモした。国内唯一のマリモ研究者である釧路市教育委員会の若菜勇学芸員を訪ね、マリモの生態を学習する「マリモミニセミナー」も開いた。
 マップには、かわいらしいイラストを添え、全て手書きで仕上げる。阿寒湖の春夏秋冬の見どころが一目で分かる両面刷りのマップは、全部で5種類。氷上フェスティバルの楽しみ方やマリモが丸くなる仕組み、紅葉スポットを詳しく紹介し、ホテルや観光協会で配布している。郵便局のATM利用時間や雪の日の必携アイテムを紹介する観光客への「気遣い」もマップの随所に見られる。
 2003年には、温泉街の飲食店と土産店88店を紹介する小冊子「あかん食べる・買うガイド」を発行した。観光客の目線に立ち、すべての店を写真付きオールカラーで掲載し、位置が一目で分かるように大きな地図も付けた。発行した5万部が2年でなくなり、バージョンアップさせて新たに2万部を発行。阿寒湖温泉で働き始めたばかりのホテル従業員や、長年住んでいる地元住民にも重宝されている。


地場産品料理研究、園芸市も

 メンバーが次に着手したのは、地場食材を使った料理研究だった。恒例の井戸端会議の際、「各家庭では、阿寒湖の魚や山菜をどうやって食べているの?」という声が出たのが始まり。紅色の身が口の中でとろける阿寒湖原産のヒメマスや、フランス料理の高級食材として重宝されるウチダザリガニ、周辺の森林に生息しているエゾシカなど、阿寒湖ならではの食材が豊富にある。しかし、高級感がネックになり、一般家庭の食卓に乗ることはほとんどなかった。
 家庭でヒメマスをもっと手軽に食べてもらいたい―。そんなまりも倶楽部の要望もあり、地元の阿寒湖漁協がバラ売りを始めた。次世代を担う子どもたちに地場産品の味を知ってもらおうと、ヒメマスを食べたことのない地元中学生のために料理教室も開いた。まりも倶楽部が提案したウチダザリガニとエゾシカの料理は、取材で阿寒湖を訪問した作家の椎名誠さんをもうならせ、自身のルポで「すべて感動的に『うまい!』のひと言につきる」(小説新潮、2004年)と絶賛した。2005年には農水省などが主催する「第14回食アメニティコンテスト」で優良賞を受賞。まりも倶楽部の活動が認められて獲得した奨励金などは、現在の活動資金になっている。
 まりも倶楽部の活動は花づくりにも及ぶ。もともと花好きのメンバーが多く、やはり「花もやりたいねえ」との一言で始まった。造園業者を呼び、定期的に園芸市や子どものためのフラワーアレンジメント教室を開催。2006年7月には、阿寒湖温泉などで開催された3か国サミット「日中韓観光大臣会合」で会場の装花担当として大活躍した。マリモのキャラクターが入った携帯灰皿とビニール製のエコバッグも作り、阿寒湖の自然保護も呼び掛けている。


茶飲み井戸端会議が活動の基本

 まりも倶楽部のモットーは、「やりたい事・必要だと思う事・私たちにできる事」を「無理をせず・空いている時間に・楽しみながら」。現在メンバーは56人で、年齢層は40から50代。参加の強制はしないため、全員が顔をそろえることは滅多にない。しかし、堅苦しい雰囲気の総会などは一切なく、活動の基本はあくまで「茶飲み井戸端会議」という。「それ、面白そうだからやろう」と、思い付いたらすぐ実行するフットワークの軽さも自慢だ。最近は、韓国出身の若いホテル従業員も活動の輪に加わった。
 メンバーの一人、小野陽子さんは「何かをやろうとしても、実は知らないことだらけだった。みんなで住んでいる町のことを勉強することがすべての始まり」と話す。部長の小林恵美子さんは大阪出身で、阿寒湖の土産店に嫁いだ上結婚して子育てをしてきたけれど、阿寒湖の事は何一つ分からず、咲いている花の名前すら知らずに、赤面するようなことが多かった」と振り返る。「知りたいことが多かった分、これまでどん欲にやってこられた。私たち部員の素朴な疑問を、ちょっとずつ解決しているだけなんてすよ」と笑う。
「まりも倶楽部ってどんな集まりなの?」とたびたび聞かれるが、すぐには言葉が浮かばない。輪が大きくなり、守備範囲もどんどん広がっている。井戸端会議の様子は確かに、主婦のお茶飲みに見える。しかし、ただの茶飲み会ではない。例えるならば、世界でも珍しいまん丸型のマリモに似ている。球状マリモの藻は、その1本1本が細い糸のようなマリモの集合体で、このまりも倶楽部はいわば、主婦一人ひとりの経験と知恵がぎゅっと詰まった「アイデア集合体」だ。