「まち むら」95号掲載
ル ポ

地域を愛し守るため、女性たちの挑戦
静岡県浜松市・特定非営利活動法人夢未来くんま
 くんまのかあさんはよく働き、よくしゃべる。くんまのばあちゃんはいつまでも若く、輝いている―。山奥の小さな里、静岡県浜松市熊地区。「熊」と書いて地元では「くんま」と読む、この山里に住む女性たちは、家族や地域を愛し守るため、挑戦を続けている。住民みんなの寄り合う場「NPO法人夢未来くんま」を支える彼女たちの。情熱の源ござ探った。


目的地となる駅の道

「うどんは切る太さで名前が違うが、そばは太くたってそばたでね」。年間2,000人近くが訪れるそば打ち体験。現場を仕切るのは鈴木利子さん、そばの歴史、そば打ちのノウハウ。軽妙な語り口で、来訪者の心をつかむ。粉を練って四角に伸ばし、包丁で切る。打ち立てのそばはすぐに食堂「かあさんの店」で食べることができる。「かあさんの店」や物産館「ぶらっと」をはじめ、そばやみそなどの加工所を含んだ施設一体が道の駅「くんま水車の里」。夢未来くんまの活動拠点だ。地元材をふんだんに使い、水のぬくもりが伝わってくる造り。女性メンバーが名前入りのエプロン姿で出迎える。30から70代まで、75歳が定年。平均年齢の60.5歳はまさに働き盛り。
 そばのほか、みそ、こんにゃく、まんじゅう、漬物など、物産館の店内には多彩な商品が並ぶ。食堂の調理はもちろん、20から30種の商品製造を担うのが水車部。看板商品の五平餅をはじめ、どの商品も昔ながらの製法にこだわる。
「手間が掛かっても、余分な物は入れない。かあさんやおばあちゃんの味を守り伝えたい」。加工所責任者の太田満子さんは食文化の継承を心掛ける。懐かしい味を求めて何度も来店する固定客も多く、お中元やお歳暮には商品を詰め合わせた「ふるさと便」を全国に発送する。
 道の駅ながら、「くんま水車の里」が面しているのは国道ではなく県道。さらに山道を北上するライダーもいるが、通過交通はごく少ない。大多数がわざわざ、木のぬくもりが伝わって人里離れた山中の「くんま」を目指してやってくる。「周囲の山を見ながら、そば打ちも体験し、ゆっくりしてってくれるお客さんが多いですね」。道の駅の駅長で、NPO法人副理事長の金田三和子さんは柔らかくほほ笑む。


「青春をやり直そう」―地域を動かした女性たち

 夢未来くんまの活動の歴史は20年以上前にさかのぽる。女性たちは生活改善グループとして地区内の学校や公民館の調理室でみそ造りなどに取り組み、地域づくりの意識を高めていた。背中を押したのは当時、熊公民館長を務めた太田辰次郎さん。古くは秋葉街道の宿場町としてにぎわったが、昭和50年代には地場産業の木材産業が地盤沈下し、過疎化が深刻な状況に陥っていた。太田さんらの呼び掛けで材おこしの議論が本格的に始まり、昭和61年、地域住民全戸加入の「熊地区活性化推進協議会」が発足し、現在のNPO法人の基盤となった。
 草創期の女性メンバーは商品開発に取り組みながら露天商の免許を取り、各地のイベントに出掛けて資金作りに励んだ。「おっかさらに何かできるか」「暇なやっかやってら」。地域住民の陰口もあった。リーダーの金田さん。「泣いたら負けだ。もう一度青春をやり直そう」。メンバーの心を奮い立たせた。
 女性たちの努力は昭和63年、「かあさんの店」オープンで報われる。恐る恐るのスタートだったが、店にはオープン直後から人波が押し寄せた。平成元年には農林水産祭「むらづくり」部門で天皇杯を受賞した。「予想外の出来事だった。まだ実績がないうちで、後からじわじわと責任の重さがわいてきた」。全国から視察が訪れて地域は沸き返り、いつの間にか批判の声は消えていた。


NPO法人という選択

 観光客でごった返す店を切り盛りする女性メンバー。注文が殺到すると、川を挟んだ直販の加工所と食堂で、そばを取り合う場面もあった。それぞれが自分の仕事や“城”を守ろうとしていた。高まる外部評価と自分たちの満足度。いつの間にか、わずかなすき間ができていた。
 こんにゃく加工施設を建設するのに合わせて新規メンバーを募った際には、いったん10人ほどが集まったが、経営の厳しさや難しさを説明すると、一人も残らなかった。「仲間内の結束が強すぎ、周りから敬遠された部分があったのかも。地域の隅々まで自分たちの思いを伝えようと奔走した」。副理事長の大平展子さんは当時の苦労を振り返る。
「地域の核になり、地域が求める活動をしたい」。メンバーの心は次第に固まっていった。食文化だけでなく、森や木の文化の伝承、福祉サービス、環境保全などにも目を向けた。法人格を目指す中で利益を追求する有限会社ではなく、地域を守るNPO法人を選び、平成12年に県の認証を受けた。


幅を広げる活動

 NPO法人となり、しあわせ部、いきがい部、ふるさと部の活動が加わった。
 しあわせ部は高齢者福祉を担当している。地域内七地区を回り、出前デーサービス「どっこいしょ」に取り組む。参加者は70から80代が中心。お昼を挟み、レクリエーションや手工芸などを楽しむ。「わたしの方がおしょわる(教わる)ことも多いんですよ」。石打良子さんは身ぶり手ぶりで人生の先輩に接し、「仲間としやべって笑って、家とは違うもう一つの居場所をつくってほしい」と呼び掛ける。給食サービス事業のお弁当は「どっこいしょ」のほか、独居老人宅へも届ける。
 いきがい部はまちづくりや交流推進が役割。冬の「大寒謝祭」では、500−600人分のしし鍋を振る舞う。地球環境を考え、マイカップ運動でおわんとおはし持参を呼び掛けている。「森と木の文化」も多面的にとらえ、アルプホルン講座を企画し、森林療法の可能性も探っている。学生の研修受け入れや地元高校との連携にも積極的に取り組む。ふるさと部は環境保全を目指している。ホタルやギフチョウ、全国棚田百選の「大粟安の棚田」など、豊かな自然を体験型環境学習を通じて子供たちに伝えている。


お互いの思いをぶつけ合うのがくんま流

 月に1回の全休会は何があろうと欠かさず開催する。午後7時の開始で議論は深夜近くに及ぶことも。けんか手前の激論になることもある。それでも、結論を急がない。試行錯誤の末に全員が納得することを目指すのがくんま流。
「夢未来くんまがなかったら、わたしも家の中で愚痴を言ってるだけだった。大勢の人とのかかわりから、みんなに生かされ、いい時にいい人生を送っている」。金田さんは目を細める。「くんまで最後まで生き切ろう。生涯を閉じるまで、生きがいを待って心豊かに暮らそうってことですね」。大平さんは活動の最終目的を見定める。
 かあさんたちが始めた村おこしは、地域に元気を呼び込んだ。互いに思いやり支え合う暮らしを守り、郷土への誇りを次世代に伝えるため、くんまの女性たちの挑戦は続く。