「まち むら」94号掲載
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“おばちゃんせんせい”が子どもの学びを育む寺子屋事業
群馬県 前橋市教育委員会
 昼休み後の「帰りの会」が終わると、歓声とともに1年生がひとつの教室に集まってきた。子どもたちは教室後方のロッカーに用意された書き取りや足し算のプリントを手にし、思い思いの席に着いてプリントに取り組み出した。プリントを終えた子どもから、“おばちゃん先生”に採点してもらう。
「ねぇ、『れんわ』じゃないでしょ。もしもしするのは何?」「あっ、『でんわ』だ!」「じゃ、書き直してね。それからこれは『はなじ』じゃなくて『はなぢ』」「えっ?」「『ち』に点々の『ぢ』。あとは合っているから、はいっ四重丸」「やった。チョーラッキー」―こんなやりとりが教室のあちらこちらで見られる。ある子はそっと耳打ちしてくれた。「あのね、おばちゃんは間違っていても直せば100点くれるから、やさしいんだよ」。
 この賑やかな教室は、群馬県前橋市教育委員会が独自に導入した「寺子屋」の1コマ。地域の高齢者等のポランティアが、放課後の小学校の教室等でドリル学習を中心とした子どもたちの勉強を支援するユニークな試みだ。市内小学校の先陣を切って2005年6月6日から取り組んでいる前橋市立駒形小学校(児童数406人)の「寺子屋」を覗いてみた。


生活学校メンバーがボランティア

「駒形地区で活動している生活学校の皆さんがボランティアを申し出てくれたことで、寺子屋のスムーズな導入が図れました」と田村澄子校長は振り返る。
 駒形小学校の寺子屋は、月曜と木曜の週2回、午後2時から3時までの1時間開いている。対象は1年生(3学級、75人)と2年生(2学級、53人)で、2年生が午後も授業を行なう木曜は1年生のみの参加となる。子どもたちの出席は自由で、毎回50人前後が顔をみせる。
 寺子屋を支えているのは、駒形地区生活学校のメンバーを中心とした50代から70代の女性ボランティア22人。2か月に1度行なう寺子屋指導者会議で出席できる日を各自当番表に記入し、毎回4〜5人参加するよう調整している。
「私たちの生活学校では『子育て』をテーマに活動しようと考えていましたが、小学校で寺子屋事業を行なうことを知り、自治会を通じて駒形小学校にボランティアを申し入れました」と代表の松本雅子さんは参加の経緯を話す。
 孫が通っていたり、同校を卒業したメンバーもいたが、学校に来る機会はほとんどなかった。そのため、活動開始当初は子どもとの接し方にとまどいもあったという。だが、遠慮なく話しかけてくる子どもたちと打ち解けるのに時間はかからなかった。いまでは家族のように、子どもたちが解いた国語や算数のプリント問題の勉強をみている。
「2年生の後半になると問題も難しくなり、私たちの頭の体操にもなります。そのねらいもこの事業にはあるそうですが、答えを間違って教えてはいけないので、校長先生には解答用紙を用意してもらっています」と桧本さんは笑う。
 また、ドリル学習だけでは子どもたちが飽きてしまうので、紙芝居や食育カルタなども取り入れながら進めている。
「寺子屋に来た子は『頑張りカード』に好きなシールを貼っていますが、今年4月からはカードのシールがいっぱいになった子には手づくりのメダルを贈っています」と松本さん。子どもたちの参加意欲を高めるために知恵を絞っており、今後は親子料理教室も開催したいと意欲をみせている。


地域特性に応じて各校で工夫

 前橋市教育委員会が「学校支援寺子屋事業」の検討を開始したのは、2005年1月のことだ。
「地域の教育力を活用した学校づくりを推進するとともに、子どもの健全育成に向けて地域の子どもは地域で育てる意識を醸成し、高齢者等と子どもの交流を通じてお互いの理解と絆を深め、子どもの人間性を育んでいこうというのが趣旨。また、高齢者の生きがいづくりや健康増進を図っていくねらいも込められています」と教育委員会生涯学習課の菅野肇課長は説明する。
 検討の結果、@市立小学校から希望校を募り実施校を決定、A実施校には「(仮称)寺子屋運営委員会」を設置、B実施校では余裕教室等を活用して「寺子屋」を開設、C地域の高齢者等のボランティアが「寺子屋」で学習支援に当たる―という事業内容を決定。校長会で趣旨を説明したところ、市内45小学校のうち16校が導入を希望し、2005年度から事業を開始した。
「実施に当たっては、ボランティアの確保がポイントとなることから、教育委員会でも当該地域のボランティアグループや関係団体に趣旨を説明し、人材発掘に努めました。また、高齢者が児童の勉強をみることで高齢者自身の脳の活性化につながるのではないかとの視点から、東北大学の川島隆大教授に相談し、アドバイスなどの協力をいただきました」と生涯学習課の中野和夫係長は話す。
 準備が整った学校から順次、寺子屋を開設していった。寺子屋では、低学年を対象に、ドリル中心の学習支援を図っていくことを基本としたが、具体的な実施曜日・時間帯、実施場所、対象学年、実施内容は、各実施校の事情や地域特性、ボランティアの適性・特技などに合わせ無理なく進めている。月曜〜金曜の毎日開催する学校や、宿題をやったり、読み聞かせや昔遊び、ゲームを取り入れながら実施する学校もあるなど、様々な事業展開が図られている。


ボランティアの確保が課題

 今年度からはさらに24校での寺子屋導入が決まり、実施校は40校に広がった。なお、実施校には年2万円を補助しているが、今年度新規実施校には5万円を補助することとした。
「今年度から全小学校に定時集団下校を導入したことに伴い、下校時間までの待機場所として、また、ドリル学習による基礎学力定着への期待から、実施に踏み切る学校が増えたものと思います。1年間かけて準備してきた学校もあり、立ち上がりは昨年度よりスムーズなようです」と生涯学習課の岩崎博文主査。
 寺子屋によってもたらされた効果としては、世代間交流によって子どもと高齢者の関係が深まり、地域と学校との距離が縮まったことがあげられる。
「まちでも子どもたちとボランティアの方が気軽に話をするようになり、地域全体で子どもを育てていく気運が高まっています」と田村校長は話す。
 一方、ボランティアの確保がひとつの課題で、自立的な運営に向けてはコーディネーターの育成も求められるという。また、男性ボランティアもいるものの、男性の積極的な参加に期待がかかる。
「男性が加われば、寺子屋の活動の幅が広がります。リタイアした男性にぜひ参加してもらいたいと思います」と松本さんは話す。
 前橋市教育委員会では、学校を拠点とした地域での子育て支援の一層の推進に向け、市内金小学校での導入と事業内容の充実をめざしたいとしている。