「まち むら」94号掲載 |
ル ポ |
居場所づくりから始まったコミュニティビジネス |
東京都立川市・特定非営利活動法人高齢社会の食と職を考えるチャンプルーの会 |
「あなたたち、のっぽのサラみたいね」 出資者のひとりが発したこの一言で、レストランの名前が決まった。 『のっぽのサラ』は、そう若くはない、長身で活動的な女性、サラを主人公にしたアメリカの童話。優れた児童文学作品に与えられるニューベリー賞を受賞している。自分たちの老後の居場所となるレストランの開業をめざしていた女性たちは、夢を実現させる場がサラのように元気でありますようにという思いを託した。それから8年。女性たちはいま、レストランのほか、フリースペースとデイサービスの3つのコミュニティビジネスを展開している。 老後の居場所をつくっておこう 街路樹のケヤキが涼やかな陰をつくる立川市のエルロード商店街には、間口が3間ほどの小さな店が建ち並ぶ。この通りは、1966年に完成したけやき台団地とともに歴史を重ねてきた。7年前、ここにオープンしたレストランサラは、女性たちのおしゃべりから生まれた。 開業の原動力となった女性たちは、子どもが寝静まった夜、団地の集会所に料理を一品ずつ持ち寄って語り合う「真夜中の会」を開いていた。自らの老後に話題が及んだとき、住み慣れた地域で暮らすには何か必要か想像してみた。 「それが、健康と生きがいと友だち!年をとれば1人でごはんをつくるのも、1人で食べるのもいやになるだろうから、1日に1食は栄養バランスのいいものを食べることができて、そこに行けばいつもだれかと会える、人と情報の集まる場所―自分たちのためにそんな場所をつくっておこうという話になったんです」 NPO法人「高齢社会の食と職を考えるチャンプルーの会」理事長の紀平容子さんは振り返る。 レストランの開業という夢の実現に向けて、リサーチが始まった。高齢者を招いて食事会を開くと、高齢者は薄味の和食を少量食べるだけという先入観は最初から覆された。毎日ステーキを食べたいという人もいれば、天ぷらが犬好きという人もいたのだ。 「年をとるということは個性的になること。元気な高齢者に定番のメニューはないことがわかりました」 こうして肉と魚をメインに旬の野菜を取り入れ、毎日食べても飽きない日替わり定食中心のメニューが完成。自己資金の不足は出資を募って補い、1年後の1999年にレストランサラがオープン。翌年にはNPO法人格を取得した。 老後の居場所は地域の人の居場所に レストランのスタッフは現在、7人。栄養士や調理師の資格をもつ女性たちが1日2、3人ずつのローテーションで店に出る。食の安全性や栄養のバランスを考えて用意されていた誠実な料理が、高齢者をはじめとする地域の人たちの健康を支えている。 開店以来、1回も欠かさず続けている毎週木曜日の「サラのおしゃべり会」には、毎回15人ほどの参加者が集う。2002年からは、外出が困難な人のために弁当の配達を始めた。現在は1日50〜60食を届けている。その配達のボランティアにも高齢者が活躍する。 「レストランには細かい仕事がたくさんあります。お料理好きはもちろん、お掃除やお洗濯が好きでもいい、話し合い手をしてもいい。ただ空間があるだけで、どんな関わり方もできるんです」 レストランの開業は、さまざまな人の特技を地域社会に生かすきっかけをつくった。多くの食材が混ざり合いながらひとつの料理として調和する沖縄料理のチャンプルーのように、20代から80代までのさまざまな人が、それぞれの能力を発揮しながらサラの運営を支えている。 木製のテーブルが4つあるだけの、決して広いとはいえない店内は、初めて訪れる人にもなつかしく、居心地のいい空間だ。ここは客同士が出会い、コミュニケーションを楽しむ場でもある。自分たちの老後のためにと始めたレストランは、地域の人の居場所として定着している。 思いがけない事業の拡大 不況のさなかに、素人が始めたチャンプルーの会の事業は、思いもかけないきっかけから拡大する。サラの壁は絵画など作品の展示に、空間はパソコンや中国語講座、コンサートや上映会などの催しに利用されていた。活動が活発になり、もうひとつ空間があればと考えていたころ、立川市から「商店街空き店舗活用推進事業」の活用を打診される。 2001年、チャンプルーの会は、この事業を利用して同じ商店街にフリースペース「ひろばサラ」をオープンさせ、レストランで行なっていた催しを移した。メンバーはしかし、ひろばの非営利事業を支えるためにも、新しい営利事業が必要だと見通していた。 「この事業は東京都と立川市が3年間にわたって3分の1ずつ、合計3分の2の家賃を補助するものでしたが、家賃補助のある3年の間に自立していける事業体をつくろうと、2003年にはヘルパーなどの資格をもつメンバーが中心になってデイサービスを始めました」 現在、同じ建物の1階にデイサービスサラが、2階にはひろばサラが同居する。こうして、チャンプルーの会は、介護が必要になっても地域で住み続けられる体制までつくった。 歩いて行ける範囲にたくさんの居場所を 昨年からは、レストランから徒歩2分の場所にある農地で援農させてもらえるようになった。レストランの生ごみはサラ農園の堆肥となり、その農園で育つ野菜はレストランの食材に供され、テーブルを飾る花は訪れる人を癒す。農園はまた、デイサービスの利用者が野菜を収穫し、花を植える園芸療法にも生かされる。ひろばサラの催しに参加した人がレストランで食事をすることも増え、3つの事業が連携する相乗効果が生まれた。 コミュニティビジネスの先駆者として、サラには全国から視察者が訪れる。けれども、これ以上、事業を拡大するつもりはないと、紀平さんはいいきる。 「サラを大きくするつもりはありません。居場所は歩いて行ける小さいエリアにたくさんあるほうがいいと思うんです。だから、ここに来る人にも、いくらでもノウハウを持って行ってくださいとお話しします。これから各地でこういう居場所が増えれば、同じ問題を解決するネットワークが必要になるでしょう」 最後に、最初の目的だった自分たちの居場所はできましたかという問いに、紀平さんはこう答える。 「スタッフも、ボランティアも、利用してくださる方々も、みんなサラがとても好きなんだなあと最近、感じているんです。そう思えるところがその人の居場所なんじゃないかと思います」 |