「まち むら」94号掲載
ル ポ

地域の熱意で公共事業を変える
山口県宇部市・特定非営利活動法人共生のエートス
 高速道路とダム。山口県宇部市川上高嶺地区は、相次いだ公共工事に生活圏を脅かされていたが、逆転の発想で「活性化の好機」ととらえ、自治会長の秋本貞光さんらが地場企業などと手を携えてNPO法人を設立。宇部インターがある市の玄関口にふさわしい地域へと環境整備を進めながら、「世界一水のきれいなダムにしよう」を合い言葉に、全国に向けた情報発信への一歩を踏み出している。


広域視野に問題解決

 川上高嶺地区は海に面した市街地と、北の農村部を結ぶ地域で、身体障害者や知的障害者の施設を置く市の福祉ゾーン。高嶺自治会には、一般会員52世帯のほかに、中小企業36社が加入している。
 静かな地域に異変が起きたのは1995年末。山陽自動車道宇部―下関線の延伸工事が、下関側から着手されて以降のこと。高嶺付近に宇部インターが設けられたため、上下二車線しかない地域内の道路はピーク時、6時間に300台というダンプであふれた。通勤・通学もままならず、苦情が殺到した。
 すぐに署名運動を開始。しかし、内容は、工事車両の通行に対する配慮を求めたものではない。国道のバイパス化や、国道に接続する市道の拡幅など、広域の交通体系の整備を要望したものだった。
「道はつながっているのだから広い範囲で問題解決を図るべき」(秋本さん)との思いがあったからだ。署名範囲は隣町の美東町にも及んだ。
 同時に「市の玄関口にふさわしい地域づくりに、住民として、どのように参画していくか」(同)と考えた。
 当時の日本道路公団中国支社(現西日本高速道路中国支社)と交渉した結果、市が隔年ごとに開催している「現代日本彫刻展」にちなんだ彫刻と、幼稚園の「通園」で全国的な話題を呼んだモモイロペリカン・カッタ君のモニュメントが宇部インターに置かれた。周辺には花壇を整備。年2回の清掃と苗の植え替え作業は、地域住民と福祉施設の利用者、支社、県、市の職員が共同で実施している。広域と完成後を見据えた活動と、官民協働の原点になった。国道のバイパスエ事も今、着々と進んでいる。


ダム提体に薬木を植樹

 桜だよりが伝わった今年3月、秋本さんが理事長を務めるNPO法人共生のエートスは、県事業で建設中の真締川ダムで、堤体のり面に薬木樹園を誕生させるという植樹祭を開いた。これに先立つ2月、「官民協働シンポジウム」を宇部市で開催。エートスが主管団体を務めた。
 植樹祭には、市民約150人が参加。それぞれ「進学祝いに」「金婚式の記念に」と、ウメやアンズなど69本を植えた。里親制度で、植えた市民が直接管理し、果実を収穫できる。河村建夫衆議院議員(元文部科学大臣)や県、市の幹部職員も出席した。
 河川法でダムは河川管理施設に定められ、使用目的や方法が制限されている。土中に深く根を張る樹木は提体の強度に影響を与える恐れがあり、相談を持ち掛けられた技術者も、当初は難色を示していた。国土交通省の「地域に開かれたダム」事業が1992年から始まり、提体内部の一般開放や、公園と提体の一体的な整備、湖面利用などが各地で進んでいるが、提体のり面そのものの活用は極めて異例だ。


全国知事に成果を発信

 真締川ダムは下流域の治水を主目的としたフィルダム。総貯水容量は約84万立方メートルで、少し大きなため池を想像してもらえればいい。堤体外側は強度を保つため石材(コンクリートブロック)を張るリップラップ工法を採用する予定だったが、植樹した下流側は石材の使用を堤頂の一部にとどめ、堤体のり面に最低3メートルの盛り土をすることで、本体の強度を保つように設計が変更された。
 シンポジウムで、パネリストの1人、国土交通省中国地方整備局河川部の山本正司地域河川調整官は「真締川ダムの盛り土部分は活用の面から提案があった。付加価値を生み出した官民協働の1つの姿がここにある。これからも技術者の意欲がわくような提案を与えてほしい」と発言。また、ほかのパネリストは、エートスを「地縁団体とNPOが渾然一体になった取り組み」と分析した上で、「ここに来て明るい未来を見つけられたような気がする」と評価した。
 シンポは「ダムエ事をはじめとしたこれからの公共事業の在り方を探る」と、大上段にテーマを掲げたものだったが、官と民の役割の在り方、地縁団体とNPOの連携、情報発信基地や交流拠点となる全国初の「ダムの駅」の設置等、テーマに恥じない画期的な提案が盛り込まれた。エートスは、秋本さんの基調報告を含むシンポの内容と植樹祭の模様を冊子にまとめ、全国の知事に郵送した。


熱意の鍵で扉を開く

 エートスはギリシャ語で「人間の持続的な性格の面」の意。会員は「人と人、人と自然が、共に支え合いながら、持続して繁栄できる社会を築くことが、現代に生きるわたしたちの責務」と、意味を深化してとらえ「道徳的気風」と訳している。真締川ダムが完成する2007年3月を見据えて、03年3月(認証は同10月)に有志50人で結成。メンバーには地元の中小企業経営者や公務員、学識経験者も含まれている。植樹祭後は河村議員、藤田忠夫市長が顧問になった。
 活動は、周辺の荒れ地約1万平方メートルを借り入れて、約3年掛かりで「高嶺パーク」を開墾、整備したのに始まり、竹炭とEM(有用微生物群)を活用した水質浄化の研究、特産品の開発と、範囲を広げてきた。堤体利用に向けては、ダムを建設している共同企業体、観光協会を巻き込んで、2年前から協議会を設置。薬草の専門家も講演に招いた。法規制や官公庁の重い扉を聞かせたのは、地域の熱意という鍵にほかならない。


官民協働のモデルに

 真緑川ダムの場合は当初、ほとんどの住民が建設に無関心で、反対の機運さえあった。治水目的なので上流地域には何の恩恵もない。「脱ダム宣言」に代表される大型公共工事への逆風が吹き始めた時期と重なったせいもある。
 秋本さんは悩んだ末に「どうせ建設されるのならば事実を積極的に受け入れ、マイナス面をプラス面に変えていくという逆転の発想で、地域発展に生かすことが、行政と地域とが互いに理解し、協働できる道につながるはずだ」という結論にたどり着いた。建設地に住み続ける住民は、後世に対しても責任を負わなければならない。そこで導き出しだのが「ダムの水を汚れさせない」という厳しいハードルで、行政にではなく、地域自らに課したことが特筆される。
 秋本さんは言う。「行政は基本的には守りの姿勢。公共物の建設目的と、それを生かすこととは異質な面があり、いろんな規制に縛られて身動きが取れない部分がある。これに比べ、民間は生活に直接かかわってくる分だけ、活性化に対する願望が強い。官民協働の鍵は、地域や住民の『熱い情熱』と『勇気と責任ある自立』が握っている」と。
 財政基盤は十分とは言い難いが、行政との歯車はかみ合い始めた。循環型社会の創出に向けて、高嶺自治会とエートスが連携した形で、家庭や事業所から排出される生ごみを発酵飼料として再利用する活動も始まっている。エートスの活動を官民協働のモデルとしながら、地域全体の経済効果を相乗的に高めていくことが会員の願いである。