「まち むら」92号掲載
論 文

町内会・自治会論(第11回)
町内会・自治会の改革を目指して3―自治体からの自立と協働―
中 田   実(愛知江南短期大学教授)
町内会の自立への意識改革

 前回は、町内会と行政との関係をパートナーシップの時代にふさわしいものとするように見直そうということを述べた。その基礎には、町内会は、行政と住民との橋渡し役とかパイプ役とかいわれてきたが、権限と予算をもつ行政と町内会とでは、当然、対等の関係ではないという事実があった。その結果として、行政は何かと町内会を利用しようとし、町内会は行政に頼り、問題の解決を行政に求めるという姿勢がどうしても抜けなかった。二〇〇五年六月五日の『中日新聞』投書欄に載った名古屋市内の一町内会長の投書は、無意識のうちに行政に依存してしまう町内会の姿をよく表していた。七〇歳のこの男性の町内会長は、持ち回りの会長の役をあみだくじで引き当てたが、隣人との関係も薄い地域であるうえに負担も多いことから、町内会を脱会したいという住民も多く、いっそ町内会をなくしたらという極論もでるという。しかし、災害時に町内会が果たす役割が大きいと考えるこの会長は、何とかして町内会を維持しようと努力している。そして、町内会存続のためにも「町内会がなぜ必要なのか、行政が小冊子などを作るなどして、住民に訴えるべきだ」というのがこの投書の主張するところであった。
 現に、この趣旨のリーフレットを転入住民に渡すことに協力している自治体もあるが、それをなぜ「行政が作るべきだ」ということになるのだろうか。そこには、同じ住民どうしでは話も聞いてくれないといった現実や、町内会がないと行政も困るだろうといった意識が働いているようにも感じられる。しかし、行政としても町内会への加入を強制できるものではない。それに町内会がなぜ必要かを、行政から理屈でいわれるよりも、地域の実情をふまえて住民相互の関係の中で説明するほうが説得力があるし、その後の活動につながっていくきっかけづくりともなる。ここで住民の説得こそは町内会の最大の仕事と考えて町内会の英知を集めてふんばるのでなく、行政に振ってしまうことで、地域住民にとって町内会がどういう意味をもっており、いまどんな活動をしていくことが住民の期待に沿うことになるのかをさらに深く検討する機会を失い、いたずらに行政の下請け団体、あるいは行政に庇護された団体としてのイメージを再生産することになりかねない。こうしたところに、行政の権限に無意識に依存してしまう町内会の体質が感じられる。同じことが、地域のさまざまな問題にぶつかる場面で出てきてしまうのではないか。行政からの自立には、町内会自身の意識改革が求められているのである。


自立の第一歩は目標の設定

 本連載でこれまでにも述べてきたように、住民の活動と行政の業務とは、公私二分論が想定するように、明確に区分できるものではなかった。そもそも論からいえば、自治体の業務の多くのものは、住民が共同生活を送るうえで必要となる諸問題、たとえば防犯・防災、町内美化、道路・下水の整備といった事柄を、税金の負担と引き換えに行政に処理を委託しているものであって、法令の規定と税負担の規模との関係で制度的には公私に二分されているものの、活動の機能的な面でいえば連続的なものである。そしてこの連続性が、行政と町内会との関係の不分明を生んできたことは否定できない。
 しかしいま、この事態を打開し、地域共同管理の主体としての町内会の自立性を強めていくことが期待されている。町内会の自立性の弱さは、これまで行政の町内会への介入の結果として強調される傾向があった。新聞や週刊誌などの町内会関連の記事によくみかけるように、「行政の下請けが自立を阻む」(例えば、日本経済新聞連載「地域に未来はあるか」一九九九年十一月八日号見出し)というとらえ方である。これは町内会と行政とを対抗関係におき、行政が町内会の自立を阻んできたとみる見方である。こうして、町内会の自立を妨げてきたのは行政であり、行政が変らなければ町内会は自立できないと町内会も思い込んで、それ以上の飛躍をしようとしてこなかったのではないか。しかし、行政が「下請け」をやめれば町内会の自立性が高まるかといえば、事柄はそんなに単純ではない。行政の「下請け」の裏の面には、町内会の運営にたいする行政からのさまざまな助成・支援があってこれに支えられて町内会が存続できているところがあり、しかも、町内会と行政との業務上の連続性は、これらの支援をなくすことが町内会の自立だとは短絡的にいえないからである。
 そうであれば、町内会が行政から自立できるための核心は何であろうか。第一は、地域の共同生活を住民としてはどうしたいのかについて地域住民自身で目標を定め、それを自覚することである。この基本中の基本ともいえる事柄が、町内会の課題になってこなかったところに、自立の足をすくわれる基礎があったのではないか(本連載第十回参照)。
 町内会の活動目標は町内会規約の目的の項に書いてあることが多い。しかしそれだけではあまりにも具体性に欠けるのが一般的である。「住みよい環境の整備」であれ「住民の親睦」であれ、現状を踏まえて短期(二〜三年)ないし中長期(五年以上か)の目標をつくることが重要である。目標は最初から総合的なものにする必要はないし、そうしてできた計画は往々にして計画倒れになりやすい。さしあたり必要だと思う課題の解決を目標に掲げればよい。それには施設・環境整備的なものから社会関係の改善のようなもの、あるいは伝統文化の継承発展といったものなど、多様な目標があるであろう。これらを決める主体は住民自身である。そしてこの目標を広く住民が自覚して共有するとともに次の役員にも安定的に引き継いてもらうためにも、はっきりしたことばに表しておくことが重要である。たとえば、有名な国分寺市高木町自治会(生活会議)は「へいづくり憲章」(一九八一年、(財)あしたの日本を創る協会編『ふるさとづくり’97』一九九七年、参照)を制定している。それは、その三年前に起きた宮城県沖地震のさいに、倒壊したブロック塀で学童が圧死するという被害があり、こうした悲劇を自分たちの地域で起こさないようにしようという決意のもとに地域を点検し、何度もの住民アンケート結果をふまえて、地域の課題を憲章というかたちでまとめたものである。この取り組みはのちにこの憲章を継承・進化させ、総合化した、同自治会の「まちづくり宣言」(一九九六年一月)に発展していく(「市報国分寺』一九九六年三月一日号)。こうした目標が定まってみると、行政のさまざまな施策が、町内会の掲げた目標の実現を後押ししてくれるものであることを(じれったい限界とともに)実感できるようになるであろう。


*「まちづくり宣言」1996

一 農地・農業や自然の営みと住民生活が共生できるまちづくりをめざします。
二 安全で美しい塀づくりを心がけます。
三 誰でもが安心して歩ける道づくりや憩える公園づくりをめざします。
四 近隣の日照や町並みなどに配慮した建物づくりをめざします。
五 駐車・ゴミ置場・騒音などに配慮し、生活環境ルールを守ります。
六 近隣とのコミュニケーションを一層心がけます。
七 住民同士が協力すると共に、行政や専門家と連携してまちづくりを進めます。
八 まちづくりに取り組む姿勢とみんなで育んだ環境を次代に引き継ぎます。
 出典:「市報国分寺N0.794,1996.3.1号


計画・実施主体となって行政の制度を利用すること

 町内会の行政からの自立とは、町内会が行政と無関係に活動することを意味しない。そこで、町内会の行政からの自立の第二は、町内会が主体となって国や都道府県、市町村の地域活動支援制度を活用し、使いこなすことである。先の国分寺市高木町自治会の活動は、市の「防災まちづくり推進地区」指定を受けて実施されており、さらには都と市の助成によって、百五十メートルの防災モデル生垣の建設をも実現している。
 財政危機に触発された行政改革の進行と住民自治の推進の観点から、自治体の町内会振興政策のあり方が変ろうとしている。それは助成金ないし補助金の見直しと減額の動きであり、交付する場合でも、従来の行政の各分野タテ割りのこま切れ型の助成から、それらをまとめて使途の配分は住民組織にまかせる包括型のものへの転換、そして、全地域への均等型助成から事業提案型の助成への転換である。いずれも町内会の主体性が問われ、また主体性を育てようとする動きでもある。行政の提起するメニューに振り回されないためにも、町内会としての基本目標が必要であり、この目標の実現のためにこそ、行政と町内会の協働が図られるのである。