「まち むら」92号掲載
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官民一体、地域ぐるみで環境改善行動
長野県・地域ぐるみ環境ISO研究会
 長野県の南端、飯田市を中心とする十六市町村は「南信州地域」。南アルプスと中央アルプスに抱かれ、天竜川が縦断する自然豊かな一帯は古くから一体的な生活圏を形成し、現在も広域行政や経済活動などで深く結びついている。


環境問題は「点」ではなく「面」で

 「新しい環境改善による地域文化の創造」を活動理念とする民間主導のボランタリー組織「地域ぐるみ環境ISO研究会」がこの地で発足したのは、「温暖化防止京都会議」(COP3)が開催される一か月前の一九九七(平成九)年十一月。飯田市役所をはじめとする官民六事業所が集まり、当時は「地域ぐるみでISOへ挑戦しよう研究会」の名称で動き始めた。
「環境問題は、「『点』でなく『面』でやる地域活動。一事業者が内部的に取り組んでも、本来の環境問題の解決にはならない」。
 環境問題の本質を自覚した六事業所は、事業所、自治体の枠を超えて連携する“ぐるみ運動”の展開によって地域全体をレベルアップさせようと理念を共有し、「どこに勤めていても家に帰ればみな市民。環境改善が家庭レベルで伝われば万を超える草の根運動になる」と熱い思いを活動に注いだ。
 折しもバブル経済が崩壊し、地方にある末端企業の行く末が不透明になっていた時期。関係者の間には「ものづくりの体質を変え、強くしないと生き残っていけない」という危機感があり、見い出したキーワードの一つが「環境」だった。
 当初は緩やかなボランタリー研究会組織として、会員事業所の相互見学や情報交換会などを通じ、地域でのISO14001(環境マネジメントシステムの国際規格)認証取得の普及拡大などを図ってきた。さらに環境改善の実務に直接関わる実務者の会議を定期的に開催し、研究会の活動を一層、強力に進めてきた。
 こうした中、二〇〇〇年一月に飯田市役所が自治体として長野県下で初めてISO14001を認証取得し、研究会発足当時のすべての事業所がISO取得を達成した。研究会参加事業所も徐々に増え、もっと積極的に社会貢献に取り組もうとする会員の提案を受けて、研究会の名称を現在の「地域ぐるみ環境ISO研究会」に発展させた。〇〇年七月の再出発だった。


南信州いいむす21の誕生

 研究会の活動によりISO14001は地域内の企業に普及したものの、認証取得の取り組みに多くの資金や労力を必要とするなど、ISO自体が持つ課題が浮き彫りになってきた。また、海外に販路を持つなど広範な営業活動をする事業所には戦略的な価値があっても、地域内だけで仕事をしている事業所や個人事業所には認証取得のメリットが弱いことから、環境マネジメントシステムの本質を洗い出す必要性が高まった。
 そこで、ISOの基本的な仕組みや考え方を踏襲しながらも、地域固有で、しかも小規模事業所にも取り組める簡易型の環境改善システムを持とうと、〇一年十月に飯田版の環境ISO「南信州いいむす21」が生まれた。「いいむす」の名は、環境マネジメントシステムの略称「EMS」を呼び変えたものだ。
 南信州いいむす21の普及に当たっては、飯田市と三町十 四村(〇一年当時)で構成する行政組織「南信州広域連合」が研究会と連携し、環境改善活動に取り組む事業所の支援や審査、登録証発行に当たる体制を整えた。
 〇二年三月に第一号の認証を発行したのを皮切りに、〇五年十月までに百九十八の事業所が取り組み宣言をし、このうち四十七件が認証取得を果たした。また、初期段階で認証取得した事業所には、三年間の有効期限で▽改善取り組みの進行▽法規制等の周知▽緊急事態の把握―など新たな要求事項を盛り込んだ更新審査を課し、十月までに五社が継続登録をクリアした。
 こうした「点から面へ」の活動が高く評価され、研究会は〇〇年九月に長野県環境保全協会の「信州エコ大賞」を受賞すると、〇三年十二月に環境省「地球温暖化防止活動環境大臣賞・対策活動実践部門」、〇四年五月に日本環境経営大賞表彰委員会「日本環境経営大賞・環境フロンティア部門地域交流賞」を受けるなど、数々の高い評価を得た。
 みずからの発想と工夫で生み出した南信州いいむす21は、ISO14001に代わる新しい地域ブランドとして確実に根を張りつつある。


高まる評価にも「道半ば」の実感

 南信州いいむす21の普及によって地域内の求心力を高めた研究会は、今年八月までに三十事業所、従業員数で約七千人規模が登録する大きな輪となった。
 加入事業所は製造業、建設業、サービス業、廃棄物処理業など多種多様。参加事業所のうち、地域内で店舗を展開する「パチンコダイエー」は〇一年にISO14001を認証取得し、業界初の試みとして反響を呼んだ。
 ISO14001の規格改定を受け、〇四年十二月には研究会主催でいち早く合同研修会を開催。改訂規格に合わせた各事業所の移行の取り組みをスムーズに進めた。最近では、飯田市の呼びかけで今年十月に実施された「ノーマイカー通勤運動」では参加事業所が一斉に取り組み宣言をした。
「まだまだ、目に見える大きな変化は生まれてこない。環境改善行動は、もっと長い時間をかけてじっくり取り組む地道な挑戦だ」と現状を厳しく見つめるのは、研究会発足当初から事務局として関わっている沢柳俊之さん(多摩川精機勤務)。全国表彰を受けるなど華やかな話題が取り上げられるものの、本質の部分は道半ばだと感じている。
 それでも研究会の活動によって参加事業所の交流が生まれ、地域にある事業所の連帯感が高まったのは確実な成果だといい、会議に直接出席する担当者(従業員)らの熱意で経営陣を動かす「新しい仲間意識」も芽生えてきたと話す。
 「研究会の活動が軌道に乗れたのは、人口十万八千人のほどほどの地域規模が合っていたためでは」と沢柳さん。一体的な生活圏という構造に、成功の可能性が多く秘められていると期待を寄せる。
 文化と経済の営みも、環境改善行動も「終わり」はなく、絶えず継続し続けなければならない。研究会発足の追い風となった京都議定書は〇五年二月にようやく発効し、地球温暖化防止の行動を本格化させる節目となった。
 南信州地域が誇りとする「地域ぐるみ環境ISO研究会」の活動も今後、持続的に発展し続けることが求められている。(信州日報社編集局・岡田倫英)