「まち むら」86号掲載
ル ポ

「安全は最高の福祉」を合言葉にきめ細かな活動を続ける
秋田県秋田市・児桜新生町内会
 団地の中を歩いて行くと、学校帰りの小学生が、「こんにちは」と声を掛けてきた。その女の子を追いかけるように走ってきた4、5人の男の子たちも大きな声であいさつしてゆく。
 「安心して住める安全な町内会にしたい。その一歩が地域住民のあいさつ運動。これまで進めてきた防犯活動が子どもたちにも浸透してきたのでしょうね」――。秋田市児桜(こざくら)新生町内会で、安全なコミュニティ推進事業の先頭に立つ元小学校校長の工藤一郎(76)さんは目を細める。
 児桜団地はJR秋田駅から北方に車で20分ほどの寺内地区にある。秋田城跡で知られる高清水丘陵の南側斜面を昭和45年に造成。130世帯、約400人が生活する。秋田城跡は奈良時代から平安時代の古代城柵(じょうさく)遺跡。出羽柵とも呼ばれ、出羽国(現在の秋田・山形両県にまたがる地域)北部の開発と蝦夷地経営の目的で山形の最上川河口付近から秋田へ進出した。天平宝字年間(757〜764)に秋田城と改称されている。
 この城跡がある丘陵の斜面に位置するだけに見下ろす景色は素晴らしい。とくに夜景は函館か長崎を連想させる。ただ大雨や地震のたびに急傾斜地のがけ崩れの不安は拭えない。そのうえ町内を走る道路は急坂で道幅も狭く、冬期は車のすれ違いに難渋する。


地域を隅から隅まで点検

 町内会が組織されたのは団地ができた2年後の昭和47年だが、当時働き盛りだった住民も高齢化が進んでいる。それに子供会のメンバーがめっきり減った。130世帯もあるのに11人。独り暮らしの老人宅も増えてきた。少子高齢化対策は秋田県の最重点施策でもあるのだが、ここ児桜新生町内会にとっても深刻な問題だ。
 最大の不安、心配事はやはり地域の防犯と防災。日中、ほとんどの家にはお年寄りと子どもしかいない。このままでは地域がダメになってしまう――、と立ち上がったのは、元町内会役員が中心となった30人。「安心して暮らせる安全なまちづくりを」と、平成6年、町内会組織の一つとして児桜コスモス倶楽部を結成した。
 まず地域の実態を把握しようと、会員が町内を隅から隅まで巡回、「安心・安全マップ」を作成した。その結果、がけ崩れの危険箇所や池、交通事故が心配な交差点など十数箇所もあることが分かった。独居老人宅も9軒あった。これらを町内住宅地図の上に印をつけて表記。常に住民の注意を促すために全戸に配布した。
 また、防犯・防災のアンケート調査では過去5年間に空き巣や自転車盗難・車上狙いなどの犯罪が50件、これには会員の表情も青ざめた。20年ほど前には殺人事件も起きている。
 早速、二つの活動目標を掲げた。@定期的に町内を巡回点検する。自らの足で自らの目で確認する。A毎月第1水曜日を「町内安全日」に設定、情報交換を行なう。ここで話し合われた課題や問題点は、早期発見、早期対応で臨む。
 それでは、児桜コスモス倶楽部は安心・安全な町づくりをめざして、どう地域と向き合い、どう課題に取り組んできたのか。
 地域防災では、まず自主防災組織を立ち上げた。何かあった時に素早く組織が実働するように担当や係を細かく明確に決めた。防災用具収納庫がなかったため中古コンテナを購入、その設置作業と塗装は自分たちで汗を流した。また、消防署員の指導で消火器操作や煙体験訓練、救命救急の実技講習会を毎年実施。住民が最も不安に思っている急傾斜地対策も県や市と連携して安全点検を行なっている。


「散歩でパトロール隊」も発足

 防犯活動では常に町内を見て回ることが大事と「散歩でパトロール隊」を発足させた。会員は応募してきた15人。散歩をしながら、買い物の途中でも町内への目配りを忘れない。緊急の場合には防犯連絡所に通報する。町内会役員も先頭に立つ。「防犯パトロール実施中」のたすきを掛け定期巡回を欠かさない。
 子どもの事故防止は大きな関心を集めた。その中心は“かわいい孫のために”とおじいさん、おばあさんの10人。「地域安全プロジェクトチーム」を編成して5年前から活動をスタートした。進学路の要所に立って登校時の交通指導、不審者の通行に目を光らせる。安全帽をかぶり、黄色のウインドブレーカーを着用して毎朝、元気な声を響かせている。また、幹線道路への近道として朝夕のラッシュ時には車の通行量が増大する。そこで、「30キロ速度制限ミニ標識」を自作。高さ1メートルほどの標識を持ち歩いてドライバーに徐行運転を呼びかけている。
 「苦労はしたが、充実感があった」と、口をそろえるのが高齢者の事故防止と世代間の交流活動。高齢独居者や病弱者宅は普段から注意して見回るほか、隣家の人に毎日声を掛けてもらう。「この近隣者同士の協力態勢こそ地域づくりの根幹をなすもの」と、工藤さん。寝たきり防止にと始めた骨粗しょう症とその予防、脳卒中から身を守る保健講演会は好評だ。医師を講師に毎年開催している。この講習会に出席するお年寄りには会場となる町内会館の正面階段がきつ過ぎることに気付き、早速手すりもつけてバリアフリー化。今後はトイレも洋式に改造するという。
 世代間交流で最初に手がけたのが子どもとおじいさん、おばあさんが一緒に参加する「民話を聞く会」。地域の子どもは地域で育てたいとの願いが込められている。そして“花のある美しい町は犯罪を生まない”と着手したのが、子どもプランター花壇と花の散歩道づくり。これにはお年寄りだけでなく子どもたちの両親も参加。親子三代のふれ合い交流にまで発展してきた。プランター花壇は児童1人が1個のプランターを担当、年間を通して花を育てる。また、花の散歩道づくりは雑草だらけの80メートルの幹線道路沿いを整地、花を植えた。今では住民の憩いの場になっている。


昨年は町内での犯罪件数がゼロに

 ミニ広報誌による啓蒙活動は工藤さんが一人で頑張っている。それも3紙、あわせて年17回も発行している。安心・安全をテーマにした『やすらぎ』(年5回)、地域の安全プロジェクトに関する『すこやか』(年6回)、そして高齢者を対象にした『ふれあい』(年6回)。いずれもA4判だが、町内情報誌として保存する家庭も多い。一人で取材、編集、発行して3年目を迎える。
 コスモス倶楽部が地域の安全なコミュニティづくりに取り組み始めて、住民の意識は確実に変わってきている。常に住民の目が町内の隅々に配られている。「安全は最高の福祉」を理念に、高齢者の生きがいまで安心・安全運動に結びつけた。昨年は町内で起きた犯罪件数がゼロになった。
 自治会・町内会のあり方が今、問われている。そんな中で、「安心して住める安全な町内を住民が一体となってつくりあげる。それを次世代に残してやりたい」―、コスモス倶楽部の地道な活動は、これからも続く。