「まち むら」86号掲載
ル ポ

「市民共同方式」で運営されるコミュニティバス
京都府京都市・醍醐地域にコミュニティバスを走らせる市民の会
 京都市東南部の伏見区醍醐地域で、住民組織が運営主体となる「醍醐コミュニティバス」が運行を始め、6月中旬で5か月目を迎える。行政の補助金を得ず、利用者の運賃と地域から募った協賛金で運営を成立させる「市民共同方式」による全国初の試みだ。ここまでのところ目標を大きく上回り、順調なスタートを切った。地元住民は純白の小柄な車体を『醍醐の白い貴婦人』と親しみ、自治体や住民団体は新しい公共交通のモデルとして熱い視線を送る。住民に意見を聞いて運行計画を練り、発車までに2年半を要したバス実現までの歩みを振り返り、課題を探った。


「市民の手で走るバスにどうしても乗りたくて」

 運行初日の2月16日早朝、同区の地下鉄駅前のバス停に、白い車体を輝かせた小型バスがゆっくりと滑り込んだ。「市民の手で走るバスの始発にどうしても乗りたくて」。山手の府営団地に住む菅野豊さん(72)は発車式に駆けつけた。「団地には60歳以上の高齢者世帯が大半で、足腰の弱いお年寄りも多いのでありがたい。身体障害者にも朗報でしょう」と笑顔を輝かせ、車内に乗り込んだ。
 醍醐地域は、約10キロ離れた京都市中心部と、大阪方面へのベッドタウン。世界文化遺産の醍醐寺周辺と、南北にのびる幹線道路沿いに住宅地が広がる。盆地の山すそに立ち並んだ民家や公営住宅に約5万4000人が暮らし、高齢化が進む。急速な宅地開発の影響で入り組んだ路地が多く、東西の往来には苦労が伴う。
 醍醐コミュニティバスは、地域北部の醍醐駅と南部の民間の地域基幹病院を起点とした4路線で、総延長約35キロ。小回りの利く低床小型バス(定員38人)3台とマイクロバス(定員14人)1台が、路地をすり抜けるように走り、観光客向けに醍醐寺近くを通る路線もある。バス停は200から250メートルおきにきめ細かく置かれ、平日20分から1時間の間隔で、約170便が運行されている。ヤサカバス(本社・右京区)に事業を委託している。
 運行主体の「醍醐地域にコミュニティバスを走らせる市民の会」によると、運行が始まった2月16日から4月16日まで2か月間の利用者数は5万4213人で、1日あたり904人。醍醐寺などを訪れた春の観光客を除いても554人と推計され、今年の年間目標に掲げた500人を超えている。5月中旬でも700から750人の高水準を保ち、これまでのところ順調に快走している。
 市民の会の岩井義男事務局長は「目標を上回っているのはうれしい驚きだ。午後2、3時台の利用がもっとも多いことから、買い物や通院利用など、最大のねらいである市民の足としての役割を果たしつつある」と喜ぶ。


住民が主導して利用しやすい地域バスの実現を

 コミュニティバス実現のきっかけは、1997年の地下鉄東西線開通に伴う市バス路線の廃止。地下鉄は市中心部と終点・醍醐駅を約20分間で結ぶようになった一方で、「近くの病院や買い物に市バスで出かけていたのに交通手段がなくなり、歩くしかなくなった」と、地域交通への不満の声があがった。
 地元自治会はすぐに、市に代替の地域循環型バスを市にかけあったが、市バス事業全体で累積赤字約160億円を抱える市交通局は「赤字路線を復活させる余裕はない」と難色を示した。「それなら交通手段がなくて困っている住民が主導し、利用しやすい地域バスを実現できないか」。2001年9月、地域の全10小学校区の自治会、地域女性会を中心に、市民の会が結成された。
 市民の会は「市民による市民のためのバス」実現をめざし、住民参加型のまちづくりに精通した「京(みやこ)のアジェンダ21フォーラム」(伏見区)に協力を依頼し、その人脈を通じて公共交通に詳しい中川大・京都大助教授もメンバーに加えた。運行計画策定では、運行経路やバス停位置を決めるために、50回以上のワークショップや説明会を自治会単位で開催。合意形成を重視した結果、03年春に予定していた運行開始は、1年後にずれ込んだ。
 市民の会は現在、バス利用を地域で促進する役割を担うが、住民主体の組織ゆえに、地域のつながりを生かして取り組むことが可能だ。地域のPRイベントでは、女性会などを通じて多数の住民ボランティアが会場に集まり、4月には、地元の3中学校の生徒が協力し、醍醐駅などでPRチラシを配布した。
 運行開始後、自治体や市民団体からの問い合わせが全国から相次いでいる。もっとも関心が集まるのは、行政の補助金に頼らずバス事業を成り立たせる「市民共同方式」の仕組みだ。市民の会が問い合わせに応えて開いた運行ノウハウの説明セミナーでは、定員を超える約50人が参加し、熱心に質問を重ねた。
 コミュニュティバスは一般的に、既存の路線バスで対応できない高齢者や障害者ら交通弱者も、日常的に利用できる地域密着型のバスシステムとされる。1995年の東京都武蔵野市の「ムーバス」を先駆けとして全国で導入が進められる一方、自治体が赤字運営するなど採算面の改善が課題に挙げられる。


運賃収入と周辺企業などの協賛金で賄う

 醍醐コミュニティバスの年間事業費は、推定約9000万円。大人200円(1日券300円)の運賃では、その3分の2程度しか満たせない。そこで市民の会は地域の商業施設、市民有志から協力金を募り、残りの3分の1を補うことを考案。「コミュニティバスは高齢者や主婦ら市民の活動の幅を広げ、ひいては商業、公共施設の利用につながる」と説いた。
 バス起点や乗り降りの拠点となる醍醐寺や民間の地域基幹病院、醍醐駅前の大型商業施設の3団体と大口契約を締結し、年間でそれぞれ数百万円の資金援助を受けられるようにした。合わせて、中小企業や商店の25団体とも、バス停名に団体名をつけられることなどを条件に、パートナー契約を交わした。なお、まったく見返りはないが、趣旨に賛同する人が寄付金を提供する個人応援団も約150人を数える。
 中川助教授は「規制緩和でバス事業への参入自由化が各地で進展しつつあるが、地域が力を合わせて実現させたバスシステムは先例がなく、市民によるまちづくりの好例といえる。バスの利点はもちろん、このような地域貢献に役立つ意義も訴えた結果、個人団体を問わず理解を得られるようになった」と話す。
 今後の課題は、運営の安定化だ。何より問われるのは、利用者を定着させ、財政基盤を確立させること。利用者数は、事業費の大半をまかなう運賃収入に響くだけでなく、地元でのアピール度から財政を支える協力金の集まり具合にも影響してくる。
 一般にバス事業では、運行開始から半年程度を過ぎると、利用者の伸びが鈍るか減少に転じるという。それに加え、外出を控える夏場には利用者が激減することも考えられる。「年間を通じてどれだけ利用されるかが重要で、これからが正念場だ」(岩井事務局長)と気を引き締めるが、朝夕の通勤通学者や観光客などへの利用促進など、利用者の幅を広げる働きかけも求められそうだ。また、収支の見込みを含めた詳細な事業費は明らかにされておらず、今後より一層住民やパートナーに支持されるための方策が必要といえる。