「まち むら」85号掲載
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「住みよい街」へ住民ルールづくり
福岡県・春日市 桜ヶ丘地区自治会
 九州一の大都市、福岡市の南部に隣接する春日市は、1972年の市制施行から約30年間で人口が2.4倍に増え、九州の市で最も狭い約14平方キロメートルに約10万8000人が暮らす住宅都市だ。
 その春日市の最北部にある桜ヶ丘地区(約1560世帯、3500人)は、建築規制が緩やかな「準工業地域」に指定されていることと、50年代からの急激な宅地化のため、一戸建てとマンション、工場、商業・遊技施設が混在し、道路が狭く入り組んだ街並みを呈している。
 その桜ヶ丘地区の自治会が「子や孫に住みよい街を残そう」と昨年末、住民同士のルール「桜ヶ丘地区まちづくり協定書案」をまとめた。住宅街では、建築物の高さを15メートル以下、ブロック塀の高さは1メートル以下に制限し、道路幅は4メートル以上と規定。さらに、カラオケ店やゲームセンター、ダンスホールなどの建築を禁止するなど、用途制限を細かく定めている。3月末の同地区自治会総会で承認されれば、4月1日から「まちづくり協定」としてスタートする。
 無秩序に市街化が進んだ都心部の住環境改善は、多くの自治体が抱えている課題だが、住民の利害が複雑に絡むため、なかなか手が付けられないのが実情だ。その点、住民同士が合意形成をはかりながら進める桜ヶ丘地区の取り組みは、これからのまちづくりのモデルとして注目される。


きっかけはマンション規制問題

 桜ヶ丘地区の取り組みの発端は、春日市が人口急増に歯止めをかけるため建築物の高度制限や容積率の規制を強化した96年4月にさかのぼる。
 この規制強化によって、春日市内の57棟の分譲マンションが「不適格マンション」となり、建て替え時には、新基準に適合するよう大幅な設計変更を強いられることになった。現実的には建て替えができず、いずれは空き部屋だらけの建物となり、地域の治安悪化も予想される。このため「不適格マンション」の住民が反発。市は住民との話し合いを重ね、98年8月、既存の分譲マンションについては規制強化の対象外とする見直し案を出し、事態は収拾した。
 このときマンション住民の代表世話人を務めた藤野寛隆さん(48)が99年5月、住民有志と一緒に「桜ヶ丘地区まちづくり懇談会」を立ち上げた。
 「(不適格マンション問題で)兵庫県西宮市などを視察したとき、大震災被害を受けた住民たちが、まちづくりのために頑張っている姿を見て『われわれもやろう』と思いました。マンションの建て替えも、まちづくりも、住民の合意が必要という点では同じです」と藤野さん。


市がサポート、軌道に乗る

 区画整理も再開発も難しい桜ヶ丘地区の住環境整備に、地区住民が立ち上がったことは、春日市にとっても朗報だった。
 「市主導の場合、なかなか住民の理解が得られません。でも、住民主導ならば、合意形成もうまくゆき、より地域の実情に合ったまちづくりが期待できます」(春日市都市計画課)。
 懇談会は立ち上げたものの、どのように進めていったらいいか戸惑っていた住民に対して、春日市は、市の担当職員やまちづくり専門のアドバイザーを派遣。参加者全員が桜ヶ丘地区内を歩き、そこで見つけた地域の課題や解決策についての意見を出し合い、結果をまとめるワークショップ手法を導入し、懇談会の運営を軌道に乗せた。
 市の支援と住民の熱心な取り組みの結果、懇談会は発足から2年後の2001年5月、桜ヶ丘地区自治会の「まちづくり委員会」へと発展。住民の手によるまちづくりルールは、実現へ向かって大きく前進した。


結果は急がす、活動は途切れさせず

 まちづくり委員会は01、02年を「まちづくり意識の啓発期」、03年を「まちづくりの合意形成期」、04年以降を「まちづくりルールの実現期」とする方針を立て、時間をかけて住民意識を高めていくことにした。懇談会発足から現在まで5年間で21回の会合を開いてきた。
 02年9月には「若い人にもまちづくりに関心を持ってもらおう」と、地元の春日北中の生徒との交流会を開いた。「春日北中は田んぼだった場所に建てられた」「春日市は福岡県で一番住みよいまちに選ばれた」など、地域を題材にしたクイズやゲームを130人が楽しんだ。
 まちづくり専門家として懇談会から参加し、ワークショップを運営してきた十時裕さんは、時間をかけて話し合うことの重要性を指摘する。「まちづくりに『正解』はなく、いろんな人の理解を得るには、結果を急がず、一つ一つの意見を地道に積み上げていくこと。『行けるところまで行く。だめだったら、また元に戻ればいい』という心構えが大事です」と語る。
 さらに、桜ヶ丘地区の取り組みが成功したもう一つの理由として、活動を途切れさせなかったことを挙げる。「『こんなことをして意味があるのか』と思えるときでも、とにかくやってみました」


住民ルールを市の地区計画に

 春日市は、桜ヶ丘地区が協定書案をまとめたことを受けて、住民がつくったまちづくり案を、都市計画法に基づく市の地区計画に採用するための新条例「地区街づくり条例」を、4月1日から施行することを決めた。地区計画になれば建築物の高さや用途を、建築基準法に基づいて制限することができる。
 国土交通省によると、春日市と同様の条例は、東京都や神奈川、兵庫県などの24区市町では設けられているが、九州の自治体では初めて。2月末、春日市の新条例案が発表されると、他の自治体からの問い合わせが殺到。行政と住民が一体となった桜ヶ丘地区のまちづくりは、同様の課題を抱える他の地区にも波及しそうだ。
 桜ヶ丘地区では協定成立後も「人と自転車にやさしい街」実現を目指して、地区内の狭い道路を「安全な道路」にするために、一方通行規制の導入や、道路片側の歩道設置などに取り組む。
 桜ヶ丘地区の百田幸之助自治会長は「桜ヶ丘地区自治会の全世帯に協定書案を配りましたが、まだ、まったく内容を知らない人もいる。これが、都市部のまちづくりの難しさです。協定書案ができたことは一つの成果ですが、協定成立後も、できるだけ多くの人にまちづくりに協力してもらえるよう、周知、啓発の努力を地道に続けていきます」と話す。「まちづくり」は「人づくり」。子や孫に「住みよい街」を残すための挑戦は続く。