「まち むら」82号掲載
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路上駐車解消で深まる自治意識
福岡県・篠栗町 松浦台団地自治会
 人口130万人の九州の雄都・福岡市から東へ12キロに位置する篠栗町。人口は3万人だが、年間100万人が訪れる篠栗四国霊場を抱え、水と緑と信仰の町として知られる。同時に福岡都市高速道を使えば車で30分足らずで都心に通えるという便利さが受け、福岡市のベッドタウンとして発展している。
 篠栗町の北西部、和田地区の一角にある松浦台団地は路上駐車がないことで知られる。今年で創立20年目を迎える松浦台団地自治会が長年取り組んでいる、全国でも珍しい活動の原動力は「だれもが安心して暮らせる地域にしたい」という住民たちの熱い願いが込められていた。


すっきりした道路

 松浦舎団地は満洲な一戸建て住宅が道に面して連なっている。福岡都市圈なら、どこにでも見られる普通の住宅団地だ。
 しかし、唯一違うのは路上に車が1台もないことだ。車社会全盛の昨今、こんなにすっきりした道路にはめったにお目にかかれない。どの通りを歩いても路上駐車は1台も見られなかった。
 さらに、気になったのは、各住宅の駐車場の広さ。車3台は十分に停められるスペースを確保している住宅が多い。それも駐車場を拡張した痕跡があるのだ。
 松浦台団地自治会の7代目会長を務める佐々木豊(53)さんは「わが町への愛着、誇りの表れ。住民相互の心が通った地域になっている」と目を細める。


都市型人間公害の排除

 松仙台団地は福岡市東区の福岡卸センターの福利厚生施策の1つとして1981年に造成分譲された。当初は全250棟すべてが同センター組合員企業の社員たちに分譲される予定だった。しかし、オイルショックの影響で住宅需要がしぼんだ。その結果、150棟を社員が購入、残り100棟は福岡市内外の一般向けに分譲された。1981年11月に入居が始まり、83年6月には松浦台団地自治会が設立された。
 松浦台団地自治会の初代会長で現在顧問を務める厚地正寛(66)さんは「同じ業種の人たちが半数以上を占めたことで、ほかの住宅団地よりもスタート時からまとまりやすかったことが、自治会づくりにプラスになったようだ」と当時を振り返る。
 厚地顧問は、会長を引き受けるにあたって「“都市型人間公害”を持ち込まない」ことを掲げた。かつて福岡市中央区の都心の公団住宅で生活し、隣人関係の希薄さに驚いた体験から▽人間尊重よりも人間不信▽権利主張のみで義務を果たさない▽批判が先で協力なし▽参加より傍観▽すべてをお金に換算する―などを
“都市型人間公害”と定め、この公害を団地内に持ち込まない方針を打ち出した。
 松浦台団地自治会は和田地区の旧住民たちの慣習に従い、あらゆる行事に積極的に参加して率先して汗を流した。神社の維持・保存なども宗教の枠を超え、地域の貴重な文化遺産ととらえて協力。そうすることで旧住民たちが認めてくれ、歓迎の運動会を開催してくれた。大都市近郊の住宅団地でありながら、新旧住民の関係は急速に深まっていった。


庭をつぶして駐車場確保

 松浦台団地に入居が始まると、出勤するマイカーと、幼稚園や小学校に子どもを連れていく母親が運転する車が衝突するなどの交通事故が多発した。
 住宅の駐車場は1台分しかない。車は夫が出勤に使うほか、近くにはまとまった商業施設がないため妻が買い物用に新たに車を購入する。さらに、子どもも車を購入して1家3台の世帯もあった。瞬く間に路上駐車が増え出した。
 厚地顧問は「このままでは路上での飛び出し事故などが増える。団地内で被害者と加害者が発生すると不幸だ。地域の融和が図れない」と判断。松浦台団地自治会は設立当初から路上駐車の解消に取り組むことになった。
 自治会では早速、環境整備委員会を設置。委員たちが路上駐車する世帯に「迷惑駐車禁止」のチラシを配布。それでも路上駐車を続けると、「駐車禁止」と書かれた黄色のチラシ、さらに「駐車違反」と書かれた赤いチラシを配布した。それでも改めない場合は、環境整備委員会長や自治会長が住宅を訪れて、理解・協力を求め続けた。
 また、注意するだけでなく、路上駐車の受け皿になる駐車場の確保にも奔走した。まだ家が建っていない宅地の所有者と交渉し、自治会が宅地の草刈りをすることなどを条件に無償で駐車場として提供してもらったり、格安の料金で駐車場として貸与してもらったりした。また、路線バスの誘致運動に取り組み、10年前に西鉄バスが乗り入れた。
 1台の路上駐車を見過ごすと、その車の後方から新たな路上駐車が生まれた。このため、夜警を行なって素早く対応し、路上駐車の芽をつぶしていった。新たに入居してきた若い世帯から理解を得ることが難しかったが、粘り強く趣旨を説明し、最終的には快く納得してもらった。
 やがて、各住民が自宅の大切な庭をつぶして、2台目、3台目の駐車場を造り始めた。厚地顧問は「駐車場代の節約もあるだろうが、自慢の庭を削ってまで、自治会の方針に賛同してくれたことがうれしかった。自分たちの手で住み良い地域を実現しようという自治意識がしっかり根付いている。住民たちの姿勢に感動
した」と当時を振り返る。


地縁団体を足がかりに

 天気のいい休日。和田地区でスポーツイベントがあり、松浦台団地の数か所の家の駐車場には近所の人たちが集まり、ござが敷かれて、打ち上げの宴が聞かれていた。都市圈の住宅団地では珍しい、緊密な近所付
き合いが営まれている。
 しかし、自治会が設立されて20年になり、高齢化が進んでいる。自治会設立当時の住民たちの自治会へのエネルギーも失われつつあるという。
 このため、松浦台団地自治会は公益法人地縁団体としての可能性を探っている。法人格を特つ地縁団体は財産を所有でき、税金がかからないのが特徴。同自治会は、1995年に、この地縁団体になった。これにより、松浦台団地を建設した福岡卸センター住宅供給共済組合から汚水処理場の土地と施設を無償譲渡してもらうことができた。
 今後、この地縁団体を足がかりに、お年寄りと子どもたちの接点を増やし、住民が集う交流拠点となるボランティアセンターや福祉センターを団地に設立する構想が膨らんでいる。
 佐々木会長は「路上駐車解消の取り組みで培った自治意識が大きな自信になっている。今後、いろんな問題が出てくるだろうが、住民が手を取り合って、子どもも、お年寄りも、障害者も、みんなが安心して暮らせる地域づくりを進めたい」と意欲を見せている。