「まち むら」81号掲載 |
ル ポ |
子育て中のお母さんを「キッズネットクラス」で支援する |
青森県・弘前市 弘前生活学校 |
「おはよう」「おはようございます」。毎月第2火曜日、青森県弘前市の学習情報館に幼い子どもを連れた若いお母さんたちが次々と集まってくる。 弘前市は津軽平野の南に位置するお城とりんごの町。春になれば3千本の桜が弘前城を彩る。夏はねぷた祭り、秋には真っ赤なりんごと鮮やかな紅葉、冬は幻想的な雪灯龍が観先客を魅了する。新興住宅地として開発の進む弘前市来地区で、官民が一体となって作り上げた「キッズネットクラス」という画期的な子育て支援が行われている。 運営スタッフの中心を成すのが弘前生活学校のメンバーだ。弘前生活学校は「暮らしの中の問題につい て仲間と共に考える」をモットーに、平成4年誕生した。メンバーは主婦、保育士、自営業者など職種も年齢もさまざま。環境、ごみ問題、子育てなど地域のあらゆる問題をテーマに掲げている。 地域のスーパーマーケットにトレイや牛乳パック、缶の回収をしてくれるよう働き掛けたり、車椅子に乗り、障害者の立場に立って道路の実態調査を行なうなどさまざまな活動を行ってきた。 シジミ貝を布でくるんだ根付の販売、藍でのれんやマフラーを染めてフリーマーケットに出品するなどして活動資金を生み出している。 遊び知らない親と子が増えている 10年間変わらぬ姿勢で活動してきたが、とくに力を入れているのが「キッズネットクラス」を中心とする子育て支援活動だ。 「遊びを知らない親と子が増えています。幼児期は親子の体のふれあいが大切な時期。身近にある材料を使い、親子で遊ぶ楽しさを伝えたい」と話すのは、弘前生活学校のメンバーで、市内で保育園の園長を務める三浦テツさん。 早速キッズネットクラスをのぞいてみた。三浦さんのリードで、まずは風船遊び。赤や黄色、青に白、子どもたちは気に入った風船を追いかけ、けとばし、取りっこが始まる。風船を手にした子どもたちに笑顔がはじける。 丸く輪になって自己紹介をするころには、会場内はすっかり和やかな雰囲気に変わっていた。「さあこれから紙のドレスを作りましょう」。新聞紙をちぎり、セロテープでつなぎ、色とりどりのリボンを結んでオリジナルドレスの出来上がり。お母さん手作りの新聞ドレスを着た子どもたちはにこにこ嬉しそうだ。子どもたちは皆のびのびとし、若いお母さんたちも子どもとの時間をゆったりと楽しんでいる姿が心に残った。 キッズネットクラスは平成10年5月から始まった。弘前市は戦後まもなくから子供会活動の盛んな土地で、地域の子どもは地域の手で育んでいこうという気風があった。しかし青森県内では核家族化か次第に進行し、子育てが若い母親の肩にのしかかるようになっていた。そんな中、平成元年に県内で子どもが親から虐待を受けるという事件が起きた。育児の悩みや不安を誰にも相談できず、密室に引きこもって煮詰まる母と子の姿が浮かび上がった。 地域に心を開いてくれない若いお母さんたちを 弘前市でも新興住宅地では市街地と異なり、近所との付き合いが希薄になりがちだった。密室での子育てをなくし、子育て中の若い人の相談に乗ることができる人材を育てようと、この年、県では各町内から一人ずつ子育てのベテランを「子育てメイト」に任命した。 だが実際に子育てメイトが「育児の相談に乗りますよ」と家庭訪問を行っても、門前払いされることが多かったという。地域に対して若い人がなかなか心を開いてくれないという現実があった。弘前生活学校を主宰する斉藤サツ子さんもどのように若い人に接すればいいのか戸惑う子育てメイトの一人だった。 地域全体で子育て支援に取り組む必要性を感じた斉藤さんは、弘前生活学校の仲間に声を掛け、知恵を出し合った。「子育てメイトが戸別訪問をしてもらちがあかない。一人で動くよりみんなで活動した方が力になると思いました」と斉藤さんは当時を振り返る。 弘前生活学校のメンバー、子育てメイト、地域の保育関係者、民生委員、学生ボランティア、弘前市学習情報館、東部公民館などさまざまな団体や人々が手をつなぎ、力を合わせて立ち上げたのが「キッズネットクラス」だった。 牛乳パックのおもちや作り、藍の葉のたたき染め、クッキー作り、もちつき、公園の散歩と年間のメニューは色とりどり。遊びを通して親子の交流を園り、母親と子育て支援スタッフの心をつなぐのが目的だ。 何回か参加するうちに若いお母さんたちも次第にうちとけ、心を開くようになっていった。母親の間でも愚痴をこぽしたり、子育ての情報を交換したり、交流が生まれるようになったという。 「近所に同じくらいの子どものいるお母さんがいなかったので、ここに来ました。話をして同じような悩みを抱えていると分かりほっとしました」「公園に行っても小さな子どもがいない。ここだとたくさんの子どもと遊ぶことができて、子どもも楽しいし、私自身もみんなと交流できていいですね」とキッズネットクラスに参加したお母さんはにこやかに話してくれた。 育児の悩みを気軽に話してもらえるよう雰囲気作りに気を配っている。弘前生活学校のメンバーらスタッフのモットーは自らが楽しむこと。参加している子どもと母親は勿論のこと、スタッフたちの楽しそうな笑顔が印象的だ。 地に足の着いた活動を気負わず確実に 弘前生活学校のメンバーの1人三上道子さんは「若いお母さんや小さな子と接するのがとても楽しい。クッキーの生地作りなど準備も楽しんでやっている。地域の役に立っていると思うとうれしいですね」と話す。 子育てを終えたベテランの主婦が子育ての経験、主婦としてのキャリアを生かす場としても「キッズネットクラス」は役立っている。 会場を提供している弘前市学習情報館館長の金沢正治さんは「メンバーの活動は花火やアドバルーンのような華やかなイベントではなく、地に足の着いたもの。気負わず、たゆまぬ歩みの中で確実に進んでいっている。メンバーには本当の力がついていると思う」と評価する。 弘前生活学校のメンバーが蒔いたひと粒の種は枝葉を広げ、大きな木に育ちつつある。その木の下で子どもたちも幼子を抱える母親もゆったりと楽しい時間を過ごしている。住民が生き生きと暮らす地域を目指して、弘前生活学校はこれからも地域の抱える問題ときちんと向き合っていくつもりだ。木に花が咲き、やがてその実が熟してまた新たな命を生み出す可能性に期待したい。 |