「まち むら」81号掲載
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住民パワーで幼児公園を手づくり
岐阜県・八幡町 西和良地区幼児公園づくり委員会
 日本三大民謡に数えられ、徹夜踊りで知られる「郡上踊り」で有名な、岐阜県郡上郡八幡町。町の中心から東へおよそ12キロ、山間の農村地帯が続く西和良地区に、全国でも珍しい3歳児未満を対象とする幼児公園が、昨年9月完成した。それも、設計から施工に至る公園作りの全工程を、地元住民延べ266人のボランティア活動によって築いた手作りの公園だ、という。「是非一度西和良地区の公園を見に来て下さい」。地元からの熱い呼びかけもあり、春の到来を思わせるぽかぽか陽気の2月半ば、現地を訪れた。


乳幼児が安心じて遊べる公園がない!

 峠の急坂を延々と車で登り切った農村地帯の一角に、西和良地区の保育園や小中学校の校舎が建ち並んでいる。隣接して建つ地区の公民館。斜め向かいに教員住宅とゲートボール場があり、その間に挟まれた場所に、「ななさと楽っこ公園」があった。公園面積は、380平方メートル。真新しい象の形をした滑り台やブランコ、パーゴラ、木の香りが漂ってきそうな木製のテーブルやベンチ。幼児の安全に配慮し1本の釘も使っていない。丸太で囲んだ花壇や幼児の手形が円形になって並んでいる…。特別豪華な公園と言う訳ではなく、むしろ通り過ぎてしまう程の地味な公園だ。しかし、とても愛らしく輝いて見えるのは、乳幼児を守り育む、手作りの公園としての優しさに、溢れているからかもしれない。
「西和良地区には、小さな子が安心して遊べる公園がない。地域に公園が欲しい」。そうした声を、かねてから上げていたのが、この地区に住む若いお母さん方だった。その一人保育士さんの仕事をしている吉田敦子さんは、9年前に愛知県稲沢市からこの地に嫁いで来た。その後、母親となり、子どもを通じて知り合った女性たちと、平成8年夏、絵本の読み聞かせを中心にした乳幼児学級「らっこクラブ」を発足。クラブの代表を務めている。吉田さんは、幼児専用の公園の必要性について、こう述べている。「発足当時から、公園へのピクニックを計画し、あちこち出掛けましたが、いつも遠くの公園に行ける訳ではないですよね。保育園に入園する前の3歳児以下の乳幼児が、安心して遊べる公園が欲しい。大きな公園ではなく小さい公園で、良いんです。そして保育園の園庭にある遊具は、保育園児用に設定してあるので、少し大きめなんです。心配しながら見守っている母親たちをよそに、子どもたちは怖いもの知らずに、滑り台に登っていったりしてしまいます。とっても危ないんですけど…。それとお母さん同士の話って、つい長くなったりしますよね。そんな時でも、乳幼児が安全に遊べて、子どももお母さんたちも、交流出来る公園が、西和良に欲しかったんです…」


深い絆によって結ばれた西和良地区

 7つの地域、併せて840人ほどが住む西和良地区は、かねてから、近隣の者同士が助け合いながら暮らすという風土のなかで生きて来た。そうした地域の深い絆は、今日まで引き継がれている。昭和63年に作られた「西和良地域づくり委員会」もそのひとつである。ちなみに、各地域毎に3名の自治会代表を選出し、青年団や婦人会、老人会などの各代表も合わせた29名が委員会を構成。自治会代表の任期は3年と決められている。地域活動を遂行するリーダーには、それなりの歳月が必要だという考え方からだ。毎月20日には、7つの地域の自治会長が集まる定例会があり、地域同士の連絡や交流、地域全体の活性化を図ってい
る。かつては、税金や公共料金などもこうした会で徴収していた、という。それぞれの地域は、集落毎に班の集まりがあり、住民が持ちまわりで班長を務めている。生活道路の整備や農産物の無人販売、お盆の季節に毎年実施している「ふるさと祭り」などは、こうした地道な活動によって支えられて来ているのだ。
「らっこクラブ」の若いお母さん方が切望していた乳幼児向けの公園設立を望む声は、地域づくり委員会の定例会に、議題として取り上げられ、西和良地区の声として、平成13年秋に八幡町長へ陳情という、動きとなっていったのである。


わずか10人でも子どもは地域の宝

 町から、「地元で建設する方式なら原材料等の支給が可能」という回答を得て、平成14年春、地域づくり委員会、自治会、らっこクラブなどから構成された「西和良幼児公園づくり委員会」が発足した。地域づくり委員長の笹原勲さんが、公園づくりの委員長に就任。笹原さんは当時を振り返ってこう述べている。「公園の建設費を試算すると、土地が町有地で無料としても、最低600万円以上になります。しかし、町からの助成は、滑り台やブランコなどの遊具の購入資金、160万円が限度。遊具以外の分、休憩所やベンチ、花壇や生垣などは、住民の皆さんからの寄付やボランティア活動に頼らざるを得なかったんです…」
 副委員長の池田幸八郎さん(自治会支部長)は、地区における幼児公園づくりの広がりについて、熱を込めて語り始めた。「少子高齢化が進む西和良には、幼児公園の利用対象となる乳幼児は、わずか10人ほどだけど、吉田さんたち若いお母さんたちの熱意に、お年寄りや若い人たち皆が動かされて、幼児公園を地域の問題として考えてくれたんです。子どもの数は10人でも、子は地域の宝なんです…」


延べ266人によるボランティア活動

 杉や檜の木々が林立する山に囲まれた西和良地区は、平成14年春の大雪によって数多くの倒木被害が発生した。らっこクラブの吉田さんたちが、「公園づくりの間伐材に利用したい」旨のビラを地域に配布すると、直ちに、寄付をしたいという電話が届いた。寄付された間伐材はトラックに4杯分になった、という。もちろん間伐材の運搬や車など、すべてはボランティアに支えられた。製材もまた、地元の製材所が無償で協力。大量の間伐材は、パーゴラやテーブル、ベンチ、植栽の囲い、回路などさまざまに活用されている。
 手弁当による公園づくりは、平成14年6月に着工。土、丸太、パーゴラ、歩道、砂場、花壇といった工事内容別に、それぞれ責任者を設けて進められた。最も大変だった工事は、花壇と歩道づくりで、熱い夏の日に、80人余りが結集して敢行された。9月にはブランコや滑り台などを備えた公園が完成。度重なる協議の末に出来あがった公園入口の門。看板には、公募で決まった「ななさと楽っこ公園」の文字が見える。こうした文字も、地元の書道の先生たちによって、記されている。どこを見ても手作りの公園の趣が漂っている。


住民が主体となった事業の広がり

 らっこクラブの若いお母さんと子どもたちは、出来あがった公園で、みんなで時々お弁当を食べたりして、ピクニック気分を味わっている、という。
代表の吉田さんは、「こんなに素晴らしい公園が出来て本当に地域の皆さんに感謝しています。公園づくりを通じて、地域のさまざまな人と知り合いになり、自分の居場所が新たに出来てとてもうれしく思っています」と、述べている。西和良地区に住む、八幡町役場の水道課の井森静さんは、公園づくりのアドバイザー。工事にもボランティアでしばしば参加した。延べ266人のボランティア活動の参加という住民活動の盛り上がりについて、井森さんはこう分析する。「すべてを町が負担するという方式では、こうした広がりは得られなかったと思います。住民たちが欲しい公園を、自分たちの知恵と汗で築き上げていく。こうした住民主導の方式が、究極の地域づくりといえるのではないでしょうか」
 西和良地区に昨年秋に産声を上げた「ななさと楽っこ公園」は、住民主体による手作りの事業として、八幡町を中心に新たな広がりを見せ始めている。