「まち むら」81号掲載
ル ポ

獲る漁業から観せる漁業へ
和歌山県・すさみ町 ノアすさみ
『マンボウ・スイム』『海中郵便ポスト』『あったかキャンペーン』『シニア体験ダイビング』など、ユニークな発想ですさみ町から全国へ情報発信―。紀伊半島の枯木灘に面し、総延長約27キロという起伏に富んだ海岸線を傘下に持つ和歌山県西牟婁郡すさみ町のすさみ漁協(岩田幸男組合長)などが出資して、1996年に設立したダイビングサービス会社「ノアすさみ」(松田猛司社長)。旧約聖書に記された“ノアの方舟”のように、黒潮洗うすさみ町の海の生態系を、本来の姿のまま次世代に伝えていこう、という願いが込められている。
 すさみ町の主要漁業は、春のカツオのケンケン釣り、夏のスルメイカ漁、秋から冬にかけてのイセエビ漁(エビ網)がある。しかし、漁獲高減少に加え、少子高齢化に伴う後継者不足が深刻化している。そんな中、生き残りをかけて、株式の51%を漁協が出資し、残りの49%を組合員である漁師や民宿オーナーなど町民が出資した地元主導型の企業だ。一昔前にもてはやされた「獲る漁業から育てる漁業」への転換はもう古いと、一気に「獲る漁業から観(み)せる漁業」への転換を図った。


地元主導型のメリット

 施設の敷地は自前で賃貸料がいらず、ダイブハウスなどの施設の建設も公的な補助が得られた。本来なら何億円もかかる事業の立ち上げが、借入金ゼロではじめられたことは大きかった。それまで持ち込まれていた大手資本のマリンレジャー開発計画では、地元に落ちるのはダイバーからの入漁料だけ。この地元主導型だとエアタンクなどの機材レンタル料、シャワーなどの施設使用料、他所で入漁料に当たる環境保全金などが漁協(地元)に入る仕組みになっている。
 さらに組合員が自船でダイバーを案内することによって、乗船料やガイド料が組合員自身の収入となる。当初はダイバーによって海が荒らされるのでは、という心配もあったが、ダイバーのマナーの良さに加え、常時、漁船が海に出ていることで、実質的な海岸線の監視となり、アワビやトコブシ、イセエビなどの密漁を防ぐ効果も生まれている。一石二鳥ならぬ一石三島になっているのだ。また、漁師もお年寄りが増えており、「夜通しの漁に比べてダイバー船の仕事は楽」と喜ばれている。


漁師らが意識改革

 近年、「海は誰のものでもない」と主張するダイバーや釣り人と、海に依存して生活している漁師との間でトラブルが全国で急増しており、その解決が急務となっていた。ノアすさみは漁師自体がダイバーや遊漁者を受け入れることで対立をなくしている成功例として、全国の各方面からも注目を集めているようだ。
 しかし、最も大きな効果は、“漁協直営”とも言える運営形態によって得たいろいろなノウハウと、組合員を含むすさみ町民の海に対する意識革命だったという。
「観せる漁業」ということは、すなわち「観せるもの=(イコール)海の商品価値」ということが言え、常に美しく、かつ魅力ある姿に保っていかなければならないということだ。このため、漁師一人ひとりが何をすべきかを考えるようになった。ダイビングポイントにブイを入れ、アンカーの投入で海底の破損を防ぐという、ささいなことにはじまって、ダイビングスタッフと共にガイドの合間を縫って海底の調査やゴミの回収を行なったりしている。漁期に合わせて漁場でもあるダイビングポイントをコントロールすることも“漁協直営”なればこそ、だ。
 もちろん、このような事業は漁協独自でできるものではない。とくにスキューバダイビングは人命にもかかわること。その運営にはその道に精通したプロの存在が必要不可欠になってくる。この点、すさみ町出身の妻を持ち、将来すさみに永住したいという松田社長(東京在住)を迎えたことが大きかった。東京の旅行会社出身で、海外のリゾート開発やTVのドキュメンタリー番組の企画制作、海洋生物調査プロジェクトのコーディネートを数多く手がけている。自らもダイバー歴30年のベテランで、水中TVカメラマンとして
も有名だった。経営はいまだに厳しいが、取り組みは徐々に実を結び、軌道に乗り始めているようだ。


ギネスに載った海中ポスト

 松田社長の縁で、三重県・鳥羽水族館で長年勤務していた森拓也さん(現・町立エビとカニの水族館館長)がスタッフとして招かれた。退職して家族ともども同町へ移住し、イベントの情報発信などで陣頭指揮にあたっている。森さんは無人だったJR見老津駅に南紀枯木灘海洋生物研究所を設置、同町の海で捕れる魚を水槽に入れて展示する“駅の水族館”を開いたり、1999年の南紀熊野体験博を契機に、同町江住の日本童謡の園公園にエビとカニの水族館をオープンさせたりして同町をPRしてきた。また、地元郵便局や住
民などのアイデアで、同町の目玉イベントとして、「ノアすさみ」施設前のビーチスポット(水深約10メートル)に海中郵便ポストを設置した。ダイバーが水中ではがきを出すイベントも行ない、テレビなどで大々的に放映された。4年目となる昨年には投かん1万人を超え、世界一深いところにあるポストとして、2002年版ギネスブックに掲載された。


人気のマンボウ・スイム

 周参見漁港内のいけす(約8メートル四方、深さ約3.5メートル)に放された愛らしい姿のマンボウと一緒に泳ぐという「マンボウ・スイム」は99年1月から始まった。このユニークなサービスが行なわれるとマスコミの取材が殺到、またたく間に話題をさらった。マンボウはダイビング中にほとんど見ることができない魚。このため、ダイバーから「初めて見たけれどユーモラスでかわいい。泳ぎながら間近で見物できるなんてラッキー」と大好評だ。毎年、ダイバーが楽しみにしているイベントのひとつだ。


「あったかキャンペーン」で常春PR

 以前からイノブタを柱にパロディー国家「イノブータン王国」をつくって建国祭を開いたり、イノブタダービーをしたりするなど独自のイベントでPRしてきた実績がある。高速道路が同町の近くまで南伸する将来をみすえ、紀南地域のマリンレジャーの中心地になるべく、ネタ切れをさせないようにスタッフは知恵を絞り、春夏秋冬シーズンごとに話題を提供している。年間、京阪神などから約7千人の利用があるものの、冬はダイビング客の数が減る閑散期。すさみ町が常春の町であることをPRするため、海水温が15度以下になると料金1000円を払い戻す「あったかキャンペーン」を張るなど、利用客増に努めている。
 子どもたちに海の素晴らしさと楽しさを知ってもらうため、エビとカニの水族館で自然観察会などを開いているほか、今後は町と協力して高齢者や身体障害者の人たちにもダイビングやシーカヤックなどを楽しんでもらおうと企画している。現在、全国にすさみ式で運営しているダイビングサービス会社が4社あり、すべて成功しているという。「地方が活性化で苦しんでいる。その方法としてこのすさみ式を提案できたことが一番の成果」と松田社長は言う。スタッフの挑戦はまだまだ続きそうだ。