「まち むら」78号掲載
ル ポ

「町が教材、町民が教科書」で教育をすすめる
岡山県加茂川町・よるの協育委員会
 岡山市街から北へ向かって約1時間、新緑から深緑へと移りつつある自然を突っ切って走る道の両側は、まさに森林浴を思わせる。整備された道路には刈り込まれたさつきと桜の並木が道案内をするかのようにどこまでも伸びて、名も知らぬ野鳥の声に交じって、鶯の鳴声そして時折仏法僧の姿も見え隠れする。この自然に抱かれた岡山県御津郡加茂川町は、地理的にはちょうど岡山県の中心であり吉備高原に位置する人口6300余の町である。
 この町に「よるの協育委員会」が生まれたのは、1999年(平成11年)1月のことである。名称となっている「よる」にはYoung(若人)OldPower(熟年の力)Locality(地域性のある)Utopianism(理想的社会)の頭文字が当てられており、夜や休日に子どもから高齢者まで全ての人々が寄り集まって皆の力で特色ある地域社会を創造していこうというねらいがある。また「協育」には住民一人ひとりが手を携えて地域を育てることを目的とした活動を展開しようという願いがこめられている。


地域の教育力を回復するために

 加茂川町においても他の市町村と同様に、少子化と高齢化が急速に速むと同時に、世代間が交流する機会は減少し、親子が一緒に活動するような場面も次々と失われつつあった。また、地域住民の連帯感や一体感の薄れも大きな課題であった。加えて教育界では生きる力の育成をめざした新指導要領による教育改革が叫ばれ、学校週5日制の実施と併せて総合学習が取り入れられようとしていた。こうした中で地域の教育力の回復にはどう取り組めばよいのか。休日の子どもたちの居場所はどうなるのか。開かれた学校づくりはどうすればよいのか。等の様々な危機感があった。21世紀を担う青少年の育成はこのままではいけない。自分たちはどのように関わっていけるのかを真剣に考えなければと言う人々の意見を受け、加茂川町教育委員会やPTAが共同してプランづくりを手掛け、スタートしたのである。そこには、従来のように学校まかせではなく、地域が子どもの教育に対する役割を十分に果たさなくてはならない。その基盤として地域住民が互いのコミュニケーションを深め、地域の教育力を蘇らせたいという人々の強い願いから様々なアイデアが提案された。141平方キロメートルという比較的広範な面積と、自然豊かな山間部を有するこの町では、全町民が集うこともなかなか困難である。そこで町を御北、津賀、円城の3地区に分けてそれぞれに「よるの協育委員会」を設置した。連合住民会から「よるの協育長」が選出され、関係者や公民館関係者等による委員会が構成された。また、3地区の各協育委員会代表者や生涯学習推進委員、社会教育委員、さらには婦人協議会やPTA連合会等から選出された「加茂川町よるの協育委員会(運営委員会)」が中央に設置され、生涯学習による日本一のまちづくりを目指す片山町長が委員長に就任した。これは従来よく見られた行政主導型のものではなく、地域の主体的な力によるものであり、新しい夢のある活動展開が期待されている。


地域の名人、達人を先生に

 では、実際にはどのような活動が展開されているのであろうか。3地区それぞれの協育委員会によって主体的にテーマや活動内容を取り上げているので、その内容は実にユニークで、かつ様々なものが実施、計画されているが、共通な目的としては、@次代のまちを担う青少年の健全育成を推進すること、A小学校を学習拠点として学校と地域社会の連携融合をはかること、B各年代層の自己教育力を高めること、C町や人を生かし地域の教育力を高めること、D世代間の交流を図ること、があげられている。そこには町が教材、町民が教本の考え方があふれている。
 こうした目的達成の活動のひとつである「学校支援講師派遣」の活動がある。郷土料理講師として大人気のKさん。囲碁将棋教室の先生はF名人。自然体験クラブで魚釣りの先生として尊敬を集めるH氏。山菜採りではTさん等々町内には先生がいたるところにいっぱいである。地域に住む名人や達人、それぞれの得意分野での先生たちが、自分の特技を生かして、これを次代へ伝えようと大勢がボランティアで参加しており、自分たちのまち、自分たちの子どもを自分たちで大切に育てていこうという意気込みがひしひしと感じられる。
 また「通学宿泊体験」活動も特色があるもののひとつである。これは町内の小学生(6年生が主体)が約1週間、親元を離れて地域のコミュニティ施設や農家などを利用して、クラスの子どもたちだけで生活し、そこから学校に通うというものである。これが従来よくなされている合宿生活とは全く異なっている点は、食事から洗濯、掃除等生活の全てを親や大人に手助けされずに自分たちだけで行っていることである。食事と掃除の当番以外の子どもたちは他に拘束されるものはなく、自分の平素の生活と変わりはない。釜で炊くご飯づくりや薪で沸かす風呂焚きなど、苦労は多いようであるが、それもかえって楽しく「皆と一緒の食事がおいしい」「楽しく遊べてよい」「不安だったけど生きていく自信が少しついた」「お母さんの苦労がわかったみたい」などの声が笑顔とともに返ってきた。家庭や学校だけではできないものを地域の人々が見守りながら育てていく態勢が大きく育ってきている。「シルバーPTA」の活動もユニークな発想である。これは池田小学校の事件をきっかけとして、まず安全な学校にするためにはどうしたらよいかという協議の中から、課題解決の一方策として考えられたものである。ややもすると安全確保のために学校を閉ざすという発想を転換し、学校をより開放することによって子どもたちの安全を守ろうとするものである。各小学校に誕生したシルバーPTAの会員たちは、「できる人が、できる時に、できることを」をモットーに登下校時にあわせて散歩にでかけたり、学校にはいつでも自由に出入りしてグランドゴルフやペタンクなどニュースポーツに興じたりしながら、自然な中で常に子どもの安全に目をかけていこうというものである。これは授業時間の内外を問わず、常に学校をシルバーPTAに開放することにより、学校が子どもと青年や壮年の人たち、高齢者集団等との世代間交流の場となり、ひいては地域の人々の学校に対する関心を深め、併せて地域づくりの中での学校、生涯学習の中での学校という役割を果たすようになってきた。
 この他にも、子どもたちと共に活動する「地域交流ふれあい事業」や多種目講座が同時に開催される「学校施設開放事業」など数々の新企画が試みられており、まさにふるさとづくり、生涯学習社会の環境づくりにまちをあげての取り組みが大きな成果をあげている。


住民による町づくり プランが次々と

「殆どの町の人と仲良くなれた」「どこの子とも親しくなれ、よく挨拶が交わせられる」「まちづくりや青少年の育成に自分たちでも役にたてることを知った」等々の声とともに、「今後ますますこのような事業や活動を広げていきたい」という意見も聞かれる。郷土料理の「くさぎなのかけ飯」とか祭りにちなんだ伝統芸能なども、もっと多くの子どもたちに体験させ、伝えていきたいと夢を語る人もいれば、中学生高校生も忙しいだろうが、もっと活躍の場をつくってやりたいとこれからの課題を考えている人もいる。
 加茂川町では「よるの協育委員会」のみならず、誰でもこの町で体験したいことを支援してくれる「ふるさと夢体験事業」とか「全国川サミット」「ちびっ子富士登山事業」「百姓王国設立」などアイデアにあふれた特色ある、そして前向きな住民の手による町づくりプランが次々と生み出され実現されている。
 もう田植えも殆ど終わった水田の上を吹き抜ける高原の風に、数え切れない蛍が乱舞している自然いっぱいの加茂川町には、やさしさやすがすがしさとともに、住民皆が手を携えて明日の日本一の町づくりを目指す熱い思いが満ちている。