「まち むら」77号掲載
ル ポ

「住む人の心が映えるまち」をめざして
北海道帯広市・広陵連合町内会
 北海道の東部に位置する十勝地方。その中心にあるのが帯広市だ。北は大雪山、西は日高山脈に囲まれ、南側は太平洋に面している。
 山と海の両方から授かる、豊かな自然環境に恵まれた地域である。
 帯広・広陵連合町内会(30単位町内会、約4000戸が加入)は帯広市の西部区域(帯広市西17条から西20条まで。帯広川の南側、南四線まで)で組織。1980年に28の単位町内会で設立した。
 「広陵」の由来は、区域内にある広陽小学校の「広」と西陵中学校の「陵」をとって、日高の山並みが見える地域であることを意味している。
 設立時から続くスローガンは「住む人の心が映る地域(まち)づくり」「明日に優る今日を作り明日を拓く」。親ぼくと連帯を絆にして、常に新しい発想と「継続は力なり」を柱に活動を展開してきた。
 年間事業は地域の防犯と交通安全運動、花と緑のまちづくり活動、資源回収、市内の施設を見学して見聞を広める「見て歩き」。
 町内会サミットと呼ばれて好評な「さわやか朝食会」は、5月から10月までの月1回、午前7時から連合町内会や単位町内会の役員、老人会の役員、地域内に建つ小中学校の校長と病院関係者、地区選出の市会議員などが参加して食事をしながら情報交換をする。
 盆踊り大会、ゲートボール大会、パークゴルフ大会、マージャン大会、敬老会、ゲストを招いて話を聞く「文化の集い」、市が主催する帯広の森植樹祭と育樹祭にも参加している。自分の都合のいい時に、何かの行事に参加することで地域とのつながりを保つことができるようにという配慮もあって、活動は多彩な分野に渡っている。


花壇づくりでソバを植える

 広陵連町地域老人クラブ連合会に所属する老人クラブと各単位町内会の衛生・防犯部で作る広陵支部の協力を得て活動する花壇造成は83年にスタートした。
 花壇造成は「市道拡幅予定地(市内西18南3)を借り受けて、土地有効活用と景観の環境美化を図ろう」と同会の黒田弘事務局長が発案した。花壇作りをスタートからアドバイスできる人がいたことも幸いした。当時の会長で、農業改良普及員だった経歴を持つ村瀬杉男さんだ。
 市の支援も得て、花壇用土を搬入。道路工事で不要になった縁石も利用した。
 花壇は、花畑の部分は約2000平方メートル(花苗5000株)。冷害に強く、かつてはこの地域一帯で栽培して、時には主食にもなったソバも作って子供たちに開拓時代の様子を伝えようと、ボタンソバも約1000平方メートルの敷地に植えることにした。
 作業は、雪解けを待って5月の畑起こしから始まる。花の苗は、配置や配色を考えて植えこんでいく。それからは抜いても抜いても、次から次へと生えてくる雑草との戦いだ。
 炎天下の水やりもある。天候とにらめっこの生育管理が続く。
 一見するとつらい作業に思えるが、それでも毎日のように集まってきて、花壇作りに精を出すのには訳があった。作業の後は決まって井戸端会議ならぬ「花畑会議」があるからだ。おしゃべりはいくつになっても楽しいものだ。互いの健康をいたわり、悩みを話し、世間話にわいた。
 8月末、ソバの花が満開になる時期には花見を開催。ニュースを耳にした親子連れや、十勝管外からも見学者が訪れた。
 10月に刈り取り。20日間「しま立て」で乾燥後は、石井好一さんがトラクターで脱穀する。今では懐かしい農具になった唐箕(とうみ)を使い、風選で玄蕎麦にする。


ソバの賞味会も開催

 生めんに加工するのは市内の製麺業者。例年250玉ほどの生そばができあがる。
 「お疲れさま」と開催する「賞味会」の日は、老人会の女性部の出番だ。
 ゆであげたばかりの熱々のかけそばが、車座になった参加者に振る舞われる。そばをすすりながらぽつり、ぽつりと昔話を語るお年寄り。地域の歴史を知らない会員らが耳を傾ける。
 住民交流の場にもなる花壇造成は、帯広市が主催する花壇コンクール開催のきっかけにつながった。
 花壇作りは、今では市内の他の単位町内会や老人会、学校、商店街の活動になって大きな広がりを見せている。
 同会は市主催の花壇コンクールに毎年参加して、最優秀賞など上位で受賞。93年には帯広市から特別功労賞を、北海道、全国の花いっぱいコンクールで受賞するなどして、地域に密着した活動が実を結んだ。
 花壇作りをアドバイスした村瀬杉男さんは「お年寄りが中心になって、気負わずに自然体で取り組んだ活動が高く評価されました。こんなうれしいことはありません」と喜びを隠さない。


隣近所が親身になって助け合う体制を

 昨年4月、新しく「すこやか福祉広陵」の取り組みを決めた。
 かねてから、情報を交換しながら、共に助け合って暮らす地域活動の構想を模索していたが、実現に向けて一歩前進した形だ。
 同地域は、これまでにも「さわやか朝食会」などで情報交換の場は設けてきた。
 朝食会が始まったのは86年5月7日。
「同じ釜の飯を食べながら、ざっくばらんに話をしよう」と始められ、以来、テーマは決めずに単位町内会活動の情報交換や悩み、役員会で話しきれなかった内容の補充、地域内の学校へ通う子供たちの様子を話し合ってきた。時には市長や交番のお巡りさん、医師をゲストに招いて話を聞くこともあった。
 しかし、朝食会は会場の都合もあって参加する人数に限りがあった。
 「すこやか福祉広陵」の構想は、さらに地域全体が取り組むことができる大きな場を作ろうというものだ。
 行政に頼るのではなく、隣近所が親身になって助け合う福祉の体制。
「活動の対象は子供からお年寄りまで。地域で暮らすみんなの生涯を視点に入れた、暮らしやすい環境作りを目指しています」と笹岡俊夫会長は説明する。
 「だれかがするだろう」と思っても何も変わらない。「みんながするから私もする」でも始まらない。自分ができることを、一人からでも始めてみようという活動だ。
「何でも最初は一人から。失敗してもいい。賛同する人がいて、輪が広がっていくうちに大きな力になります。アイデアも生まれます」と黒田事務局長は言う。
 新しいスタイルのコミュニティづくりに、広陵連合町内会は大きな夢を膨らませている。