「まち むら」77号掲載
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「ローカルデポジット京都方式」の拡大をめざして
京都府京都市・上京小売酒販組合近代化経営推進グループ
 全国有数の織物産地として名高い京都・西陣。古くから西陣織に携わる多くの職人たちが住み、一帯はそうした職人たちを相手に、さまざまな商売が発達してきた。花街、映画館、商店街…。酒屋もその一つだ。その西陣一帯の酒販店でつくる上京小売酒販組合は、独自の空き瓶回収システム「ローカルデポジット京都方式」に取り組んでいる。デポジットというと何か新しい活動のように思えるが、そうではない。明治時代から酒や醤油、酢や油の共通容器として使われた一升瓶は、さまざまな業者が関りながら、再使用されてきた。その日本特有の優れたシステムを、復活させようということにほかならない。全国的にもめずらしく、循環型社会のモデルとして期待されている。


上乗せ料金・対象商品は参加店が決める

 上京区の西陣大宮商店街にある酒販店。店内は酒の香りがあふれ、壁一面の棚には全国各地の地酒がずらりと並ぶ。夕方になると、一升瓶を片手にした近所の主婦らがぽつりぽつりと立ち寄る。「重たいのに持ってきてくれて、ありがとうございます」。店主で上京小売酒販組合理事長の鵜飼裕朗さん(53)は10円を手渡した。
「滋賀県からわざわざ来てくれたり、一度に30本まとめて返してくれるお客さんもいます。ガソリン代の方が高くつくんじゃないかと、申し訳ないくらいです」と嬉しそうに話す。
 空き瓶回収の仕組みはこうだ。参加酒販店は、店名と上乗せ料金を書いたシールを瓶に張り、商品価格に上乗せして販売する。消費者は空き瓶をその店に返すと、上乗せ料金が返却される。空き瓶は、「びん商」とよばれる回収業者や問屋が、酒販店から買い取って洗瓶し、酒造メーカーが買い取って再使用される。
 どの商品に料金を上乗せするかは各店によって違うが、一升瓶や720ミリリットル(4合)瓶の商品を対象にしている店が多い。また、上乗せ料金も各店で決められるが、5−10円がほとんどだ。
 鵜飼さんの店では、一升瓶の商品をデポジットの対象にしている。ローカルデポジット京都方式を始めてから、空き瓶の回収率が高まったという。「これまで返してくれなかった人も、返してくれるようになった」と喜ぶ。
 このデポジットシステムの実施主体は、組合の中でもとくに一般消費者を対象に酒類を販売している近代経営推進グループだ。組合員約200人に呼びかけ、2000年7月から始めた。現在45店が参加している。
 もともと、酒類業界の規制緩和や経営ノウハウについて勉強を重ねていた同グループが、空き瓶回収について考え始めたのは、5年ほど前から。びん商の団体「京都硝子びん問屋協同組合青年部会」(吉川康彦会長)と話し合ったのがきっかけだった。
 近年、町の酒屋をめぐる環境は急速に悪化している。消費者の日本酒離れに加え、スーパーやディスカウント店の台頭で売り上げが減少。国税庁の実態調査では、1990年には8割以上あった一般酒販店の販売シェアは、2000年に4割強まで下がっている。
 また、従来一升瓶がほとんどたった酒の容器は、少家族化や売場面積が小さいコンビニなどの増加で、中小瓶が急増。中古瓶として市場で売買され、酒造メーカーが再使用する一升瓶や補償金制度のビール瓶は、びん商や問屋が有料で買い取るが、中小瓶は酒造メーカーが再使用しないため、細かく砕き割って再度ガラス製品などにリサイクルするか、埋め立て処分される。引き取りには処理費用がかかり、酒販店には重い負担となっている。
 一方びん商も、酒造メーカーが輸送効率の向上や容器の軽量化などで、紙パックやアルミ缶の商品を増やしたため、一升瓶の流通量は激減。全国びん商連合会によると、1975年には約14億6400万本あった使用量は、2000年には約4億2400万本に落ち込んだ。最盛期には全国に1000社以上あったが、毎年10社前後が廃業に追い込まれている。
 そうした両者が、互いの現状と悩みを打ち明け、「なんとかできないか」と考えたのが、ローカルデポジットだった。近代経営推進グループ世話人代表の白滝雅章さん(53)は「びん商がいなくなると、瓶を再使用する社会的なシステムが崩壊してしまう。われわれ酒販店側も、空き瓶を通じて、消費者の足をもう一度店に呼び戻したかった」と振り返る。消費者団体や行政などと話し合い、酒造メーカーにも協力を要請して、2年がかりで実施に踏み切った。


悩みは瓶の種類が多すぎること

 スタートからすでに1年半が経過したが、鵜飼さんのように、空き瓶を順調に回収できている店は少ない。理由の1つが、瓶の種類が多すぎることだ。一定数量が集まらなければ、分別や洗瓶の手間がかかってコスト高となるため、結局廃棄瓶として処理され、再使用されない。そのため、酒販店の倉庫には、半端な数しか集まっていない空き瓶が積み上がっている。
 北区の3代目店主、福島利之さん(43)は「同じメーカーのものでも、容量や形がさまざま。まとまった数が集まるのは、ビールや一升瓶を除けば、5、6種類ぐらい。もっと瓶の形を統一してほしい」という。実際に「置き場所にも困り、分別する手間もかかるので、デポジットをやめた」という店もある。
 また、瓶がなかなか返却されないことも悩みの種だ。「配達先は、配達のついでに空き瓶を持って帰るし、なじみ客は、言わなくても返却してくれる。でも、たまたま立ち寄ったり、いつもは別の店で買っているお客さんは、なかなか返却してもらえない」と福島さん。スタートから約半年後に、近代経営推進グループが参加店を対象に実施したアンケート調査では、回収率は58%だった。


法律制定も働きかける

 そうした課題を抱えつつも、白滝さんたちは「ローカルデポジット京都方式」を、将来は京都府内全体、さらには近畿一円に広げていく計画だ。自治体や国会議員に、統一リターナブル瓶の採用や瓶の再使用を義務づける法律制定を要望している。またデポジットの対象も、日本酒だけでなくウイスキーやワイン、ドリンク剤へ拡大させたい考えだ。
 かつて町の酒屋は、地域社会と密接に関わり、瓶の後始末の役割を担ってきた。15年ほど前までは、空き瓶を酒屋に持っていく風景が、西陣のあちこちでも見られた。しかし町の酒屋の衰退で、そうした機能も失われようとしている。
 白滝さんは「配達中に誤って瓶を割ると、『瓶を無駄にするな』とよく父親や近所の人に怒られた」という。「環境というと堅苦しいが、昔から瓶を大切にすることが体にしみついている酒屋にとって、売りっぱなしは違和感があり、瓶を捨てるのは忍びない」。そんな素朴な思いが、このデポジットシステムを支えている。
 長引く不況に厳しい経営を迫られながらも、「もう一度、空き瓶の受け皿になりたい」という切実な願いを込め、循環型社会に向けた西陣の酒屋たちの挑戦は続く。