「まち むら」77号掲載
ル ポ

「ともに」未来を考える中から生まれたレインボープラン
山形県長井市 レインボープラン
土は命の源だ
 山形県長井市は、県南西部に位置する人口3万2000の小都市だ。ここで繰り広げられている「レインボープラン(以下、レインボーという)」に、年間4000人もの人々が全国、さらには海外から視察に訪れる。家庭の台所から出される生ごみをたい肥にし、農地に還元するレインボーは、安全な農産物を生産するための土づくり、さらには「まち」と「むら」の間に新たな共生関係をつくり、地域内循環を実現しようという試みだ。
 レインボーの根底にあるのは、「土は命の源」という考え。レインボーの生みの親ともいえる菅野芳秀さん(52)=農業、レインボープラン推進協議会企画開発委員長=はこう強調する。「この基本がないと、田畑はごみ捨て場、大量消費社会の延命役になってしまう」。
 こうした理念が生まれた背景には、農村社会や消費者ニーズの変容もあった。家畜農家の数とともにたい肥の供給源は減少の一途をたどった。加えて、化学肥料による土の力の減退。一方で、消費者ニーズは量よりも、安全面などの質への転喚が進んでいった。レインボーが動き出した当初から関わっている竹田義一さん(53)=農業、同推進協議会生産流通委員長=は「レインボーは、ある意味、どうしても必要なものとして生まれた」と解説する。
 計画が小さな芽を出したのは、1988年1月。現在から、14年前にさかのぼる。市民参加のまちづくりを訴えた当時の市長の呼び掛けに応じて集まった「まちづくり市民会議」。この会議の農業分科会がまとめた提案がスタートになった。提案に満足できないメンバーがより具体的なものへと、議論を続けていく。


市民各層が議論に参加

 快里(いいまち)デザイン研究所、台所と農業をつなぐ・ながい計画調査委員会、同推進委員会、そして現在のレインボープラン推進協議会。実際に生ごみ回収、たい肥化がスタートするまでに、これだけの組織が生まれ、議論の場は公式な記録が残っているだけで300回を超す。打ち合わせや委員同士の話し合いに要した時間や日数を数えるのは、もはや不可能である。
 農家だけでなく、女性や商工会議所、清掃事業所、行政など、各層の市民が議論に参加し、多くの成果を生んだことが大きな特徴だ。例えば、分別回収の方法は、女性によって、バケツを使った方法に決まった。レインボーの回収方法はこうだ。各家庭では、網がついたバケツに生ごみを捨てる。水分はバケツに溜まり、ごみだけが網の上に残る。そのごみを毎週2回、地域ごとの収集場所に持っていく。
 日々の暮らしの中で、この作業を繰り返すことになる市民の負担は決して軽くはない。「受け入れてもらえるだろうか」。委員たちは考えた。しかし、もし、紙袋などで回収すれば、「ごみ」を捨てるための「ごみ」が出る。中身が見えないために、たい肥の質にかかわる問題も出かねない。バケツ回収での負担を懸念した男性に対し、環境に配慮し、分別も徹底できるバケツ回収を強く主張したのは、実際に台所を預かる主婦たちの方だったのである。


正面からぶつかり合うことで、結果が出た

 レインボーは、市民と行政のパートナーシップによって生まれた、とよく言われる。その関係はどうだったのか。調査委員会の答申を受け、正式に市の事業として動き出したのは92年。市の農林課に初めてレインボー推進係が置かれ、当時、担当職員となった那須宗一さん(49)=現商工観光課長=は振り返る。
 「具体的な段階になればなるほど、委員会のメンバーとぶつかることは多かった。だが、委員の一生懸命さに押され、正面からぶつかり合うことで、結果が出たと思う」。
 96年末に完成したコンポストセンターは、農林水産省農産園芸局の地域資源リサイクル推進整備事業で建設された。市職員の立場では、補助事業に手を挙げる以上、できるだけ早く場所選定など、事務的な部分を詰めたい気持ちもあった。生ごみを運び込み、たい肥にする、いわば迷惑施設の場所を選定する作業は、ただでさえデリケートな仕事である。理想を求め、じっくりと議論を進めたいメンバーから批判を浴びることも少なくなかった。
 最終的なある議論の中では、職員の一人からこんな声も上がった。「最終的に事業の責任をとらなくてはならないのは行政。もう任せてほしい」。行政マンとしてのプライドと責任感から出た言葉だったが、自ら提案し方向性を探ってきた委員たちも譲ることはできなかった。「責任は市民にある。未来への決定権を持つのは市民だ」。すべてをさらけ出し、意見を戦わせてきた委員と行政の間に、大きな摩擦が生じた。
 このままでは、いいものはできない。
「職員とは言っても、家に帰れば家族の一員。地域の中では市民の一人。同じ長井市民という土台に立って、ともに長井の未来を考えなくちゃいけないのではないか」。そこで委員の一人、菅野さんから出た言葉である。
 この「ともに」という考え方が、「循環」と一緒に、レインボーを支える大きな柱である。食べ物、土、水などがいつまでも健康であってほしいという願いに職業上の違いはない。みんなが同じ地域社会の生活者として手を結び合う社会を取り戻そう―。これが、生ごみのたい肥化に秘められたレインボーの理念である。


学校給食にレインボー米を導入

 レインボーは、農産物の認証制度も取り入れている。力を取り戻した土で、大切に栽培した安全な農産物を流通のはざまに埋れさせないためである。認証マークを貼り、輸入農産物など他のものとは、はっきりと区別する。「台所と農業をつなぐ循環」は、生ごみをたい肥にし、田畑にまき、そこで出来たものが台所に戻って初めて実現するのである。
 レインボーの今の課題は、「畑から台所へ」向かう架け橋の部分であろう。レインボー農産物やその加工品は、専門店の「長井村塾」や市内の協力店、日曜市などで販売されている。安全性では言うまでもなく、食味の面でも高い評価を得ている。
 しかし、東京農業大学の共同研究グループが昨夏行ったアンケート結果では、実際に購入したことがある市民は、わずか57%、販売場所が少ない、価格が高い、供給量が限定されていてほしい時に購入できないなど―が理由として挙げられている。
 長井市は去年7月から、市内すべての学校給食にレインボー米を導入した。また、推進協議会では市内飲食店や宿泊施設にレインボー農産物を使ったメニューを出してくれる協力店を募るなど、安定的な消費量と作付け面積を増やそうとの試みを始めている。また、推進協議会は歩みをつづった「台所と農業をつなぐ」という本を去年出版、市民への啓もうにも努めている。


工業版レインボーの研究にも着手

 他分野への影響も見逃せない。郊外型大型店の進出で空洞化が進む商店街では、生ごみを介して「まち」と「むら」がつながった新たな関係に着目し、商店街活性化へとつなげようとしている。長井商工会議所は、工業分野の異業種がそれぞれの廃棄物を有効利用することでゼロエミッションを図れないかという、工業版レインボーの研究に着手した。
 推進協議会長の横山太吉さん(65)は力説する。「レインボーは『住民自治ある地域づくり』の実践だ」。レインボーは、時代の要請にこたえた循環型社会を実現する取り組みである。だが、生産者にしろ、消費者にしろ、市民一人ひとりが、自分が主人公になり、「ともに」の視点を持たないと、「循環」は成立しない。「ともに」を柱に据えたレインボーの真の姿は、行政主導から脱却した新たな地域づくりへの挑戦なのである。