「まち むら」76号掲載
ル ポ

公園づくりをきっかけに自律ある町を
熊本県合志町 すずかけ台自治会
 熊本県の県庁所在地、熊本市。その東北部に位置する菊池郡合志町は熊本都市圏の拡大とともに人口が増加。20年以上前から、町の南部を中心に一戸建て住宅の建設が進んでいる。数百戸規模の住宅団地が立ち並ぶベッドタウンの一角に、「自律神経のある町」を目指して、積極的に住民活動を展開している「すずかけ台団地」がある。
 同団地には「コミセン前広場」と呼ばれている公園がある。敷地面積は約3500平方メートル。コミュニティセンターの前には芝生広場やアスレチック施設などが設けられ、団地住民の憩いの場だ。


靴を脱いで利用する公園のトイレ

 一帯はもともと、汚水処理場の跡地だった。塀が取り囲み、閉ざされた空間。それが平成10年春、開放感あふれる公園に生まれ変わった。公園のシンボルは片隅に建つ、あずま屋風の建物。上部が展望台、扉の外側にはいす代わりの縁台がある。鉄筋コンクリート造りで、広さは約12平方メートル。格子戸を開けると手洗い場、さらに内部をのぞくと洋式の使座が飛び込んでくる。
 そう、この建物はトイレだ。しかし、ふつうの公衆トイレではない。フローリングの床には「土足禁止」黒い文字。「わが家感覚で使ってもらおう」と、国内の公衆トイレでは珍しく靴を脱いで利川する。
 中に入って驚くのは、その清潔感だ。ごみ一つ落ちておらず、手洗い場には季節の花が一輪挿しに飾られている。新築の民家にお邪魔したかのような錯覚。住民たちも「うちのトイレより、ずっときれい」と笑う。
 清潔なトイレは住民たちの日々の清掃活動が“演出”している。当番制ではなく、住民有志のボランティア。公園完成から3年半近く経った今も、清掃作業は続き、トイレの状況などは事細かに日記に書き留められている。「空いた時間に無理せずに」と住民たち。謙そん気味に話すが、トイレヘの愛着心がひしひしと伝わってくる。
 平成10年10月には国や関連企業などが加盟する日本トイレ協会の「グッドトイレ10」のグランプリを受賞、「日本一」のお墨付きを得た。受賞理由は、土足禁止という独自性はもちろん、それを熱心に維持する住民たちの存在だった。


住民が青写真を描いた公園

 愛着心の源泉は何か。それは「コミセン前広場」の誕生に端を発する。公園は“青写真”を住民が描き、町や県が事業費(5500万円)を負担して完成させた。言わば住民によるオーダーメードの公園だ。すずかけ台自治会会長の濱口正暁さんらが街灯の改善を要望するため、町役場を訪れた際に町長から地区魅力化計画という事業への参加を持ち掛けられたのがきっかけだ。
 魅力化計画は、住民自ら地域の実情に合わせた将来計画を策定、それに町が活動資金を助成する仕組み。町が自治体内の「分権」を促す目的で始めた。
 すぐさま、自治会として町長の提案に賛同したが、「どう進めるか」に戸惑った。「これまでそうした事業に取り組むような前例、ノウハウがなかった」(濱口さん)からだ。しかし、「新興住宅地で住民の自主活動を活発化させたい」と願う行政側も積極的に後押し、早稲田大学の後藤春彦教授という援軍を得た。後藤教授は住民が自由に意見を出しやすいワークショップ方式を提案。公園づくりの“青写真”もワークショップで出た意見を集約して、とりまとめた。
「自分たちがつくった公園」とトイレ清掃のボランティアたち。濱口さんは「作って終わりではない。住民がかかわったからこそ、維持管理をする責任がある」と強調する。町も「トイレがきれいに保たれるか、否かが、住民自治のバロメーター」と注視する。
 すずかけ台自治会は公園づくりに携わる以前は夏祭りなどの行事をする組織という側面が強かった。しかし、公園の完成を機に地域を見直す機運が高まり、各種の住民活動を誘発した。
 夜間パトロールはその一例だ。深夜に団地内道路で暴走行為をするバイクが目立ち、公園には若者がたむろすることもあった。もともとは大人たちがスクラムを組んで注意を促そうとスタート。今では防犯を含めて多くの目的を担っている。
 毎週土曜の夜、拍子木を鳴らす音と、火の用心を呼びかける老若男女の声が住宅街にこだまする。巡回するのは自治会役員、班長、有志ら約30人。30分程度の道中は路上駐車の状況もチェック。一帯は駐車禁止ではないが、「いざ」という時に緊急車両の通行の妨げになる。
 班長らはローテーションでパトロールに参加している。いったんチェックする側に立てば「気を遣って駐車するようになる」と濱口さん。駐車台数は開始当初に比べて確実に減少、住民の自覚が進んだことを裏付ける。
 街灯検査も怠らないチェック項目だ。切れた街灯があれば、すぐに契約業者に連絡、翌日には取りかえる。夜間パトロールは住民に負担を強いる面もあるが、「安心して住める町」に向けて大きな威力を発揮している。
 ごみの出し方、犬のふんなど住民のモラルが問われるテーマにも取り組み、本年度は若者との交流促進に力を注ぐ。相次ぐ青少年犯罪。「小学生は子ども会があるが、中学生以上の子どもたちは地域と結び付く機会がない」と実施を決めた。中学生の子どもらを持つ家庭に参加を呼びかけ、「まずは知り合うきっかけに」とミニバレー大会を開くなど地歩固めをしている。


やれることは自分たちで

 公園づくりと歩調を合わせるかのように自治会を引っ張ってきた濱口さんだが、思い悩む場面も多かった。会社人間だった濱口さん。知っている団地住民はわずか。縦割りで指揮系統が明確な会社組織と、横のつながりで構成する自治会。その違いにもほんろうされた。自治会活動が盛んになれば住民負担も増す。濱口さんは「『どうしてそこまで』という反発もあった」と明かす。
 それらの壁を行動力ではね返した。週末は一人ででも団地内の見回りなどを重ね、平日も会社から帰っては資料作りなどに励んだ。こうした積極姿勢が少しずつ理解者を増やした。濱口さんは「自律神経のある町にしたい」と繰り返し訴えてきた。今ではそれが少しずつ住民たちに浸透している。
 都市部、とりわけ新興住宅地では住民の間に「困り事は行政にお願いすればいい」という雰囲気が強い。しかし、公園づくりなどを通じて、すずかけ台の住民には「やる気になればやれる」という意識が芽生え、「やれるものは自分かちでやろう」との信念も深めた。
「地道ながら継続することが大切」と濱口さん。住民自治の必要性が指摘される中、すずかけ台は地方分権時代で一番貴重なものを既に手に入れた、と言えそうだ。