「まち むら」76号掲載
ル ポ

消防団がむらを変える
兵庫県加美町 箸荷地区消防団
 消火活動より村芝居で有名になってしまった消防団。兵庫県の山中にある60戸、275人の小さな集落、加美町箸荷(はせがい)地区には、そんな風変わりな消防団員たちが暮らしている。22歳から40歳までの団員19人で「箸消興行」という劇団を結成。毎年秋祭りの日に、地域のお年寄りを公会堂に集めて時代人情劇を披露している。「日本で唯一の、消防団による劇団」というユニークな活動と情報発信力で、新聞や雑誌に何度も紹介され、今や近隣市町はおろか全国にまでその名が広まった。彼らが熱心に芝居に取り組む目的は「地域のふれあいの輪を広げていくこと」。消防団の心意気で、住民の意識が変わりつつある。
 トン、トン、トン、トトトトッ、トン。拍子木とともに舞台の幕が開いた。築56年の箸荷公会堂には、地元のお年寄りら約200人が集まった。一升瓶の箱を並べたステージにオレンジと緑の幕を引き、引き戸やちゃぶ台などのセットも用意して、本格的な舞台をこしらえた。


本格的なセットで熱演

 大きな拍手とともに、主役の勇次を演じる今中一行さん(35)が、まげを結ったかつらをかぶり、黒い半纏を着て舞台のすそから登場。セットの引き戸を開け、病弱な娘おしずが寝ているふとんの横に無言で立った。
「おとっつあん、お帰り」。おしず役は、劇団の事務局長今中孝介さん(40)の長男俊介君(11)。この舞台のために特別出演した。男ばかりの箸消興行では女役も男がこなす。顔を白塗りして目許に紅を塗った俊介君に、客席のお年寄りから「あらかわいい」と、思わず笑みがこぼれる。
「なんだ、起きてたのか」。勇次が娘の背に手をやって話しかける。哀しげな効果音が会場を包み込んだ。
 プロに比べたら決して上手いとは言えない演技だが、観客は台詞や効果音を聞きながら、次第にストーリーに入りこんでゆく。15年ぶりに再会する最後の見せ場では、おひねりが客席のあちこちから投げ入れられた。
 箸消興行が1999年に全国公募した台本コンクールの最優秀賞作「15年目の約束」を上演したときの1コマだ。コンクールには北海道から九州まで35通の応募があり、団員で入選作5点を決めた。同年以降は、毎年入選作の中から上演している。
 この秋祭り公演のために、毎年8月から練習を始める。仕事帰りの団員が公会堂に集まり、深夜まで台本を片手に演技を確認。隣町の山南町から素人芝居指導者の高階三郎さん(77)を招いて実技指導を受けてい
る。
「ここで台詞をとちったら、せっかくの見せ場が台無しや。寝る前に50回読んどき」。ときに高階さんのきびしい一言が飛ぶ。
 猛練習のあとは団員みんなで呑み会。公会堂の広間で車座になり、持ち寄った酒を酌み交わす。
「おう、ばかなこと言っちゃあいけねえぜ」。会話の中に劇の台詞が飛び出し、一同大爆笑。酒の席はいろんな意見が飛び出すコミュニケーションの場だ。箸荷消防団が村芝居に取り組むことになったのも、やはり酒の席でのぼった話題がきっかけだった。


村芝居で地域の輪を深めよう

 もともと箸荷地区では、24歳ぐらいまでの男女で青年団を組み、お年寄りのために村芝居を上演していた。しかし若年人口が少なくなるなど青年団活動が衰退し、1978年ごろには消滅。秋祭りは子どもみこしや神事だけの、少しさみしいものになった。
 そんな1993年の夏、消防団員が集まった酒の席で、かつての村芝居が話題になった。
「昔は秋祭りで演じてたなあ」「子どものころ楽しみにしてた」
 消防団にも、かつて芝居をしたり、子ども時代に見に行った団員が残っていた。
「わしらでやろうか」。話が盛りあがり、ついに自分たちで素人芝居を復活させることになった。
 青年団時代の古い台本を引っ張り出し、祖父の代から指導を受けていたという高階さんに声をかけて演技を習った。古ぼけた台本のすみには、近所のおっちゃんたちが若いころに書いた落書きがあった。結婚を親に反対されたこと。顔見知りの両親の恋愛話。芝居を通して、親たちとのつながりを身近に感じた。
 この年の秋祭りで初の公演。最初は恥ずかしがっていた団員も、自分たちの下手な演技にもらい泣きしているお年寄りの姿を見て、すっかり芝居が病みつきになった。
 こうして毎年、秋祭りの日に公演してきたが、ほかの集落にも評判が広まり、97年には町内の老人ホームでも披露。地区外に出るのだからと劇団名を考え「箸消興行」を名乗るようになった。風変わりな素人芝居は新聞でも大きく取り上げられ、評判は町外にも広がった。出演依頼も舞い込むようになったが、劇団員も仕事をかかえている。衣装代などの出費もかさむため、すべて断った。今のところ、箸消興行の芝居が見られるのは年に2回。箸荷の秋祭りと、老人ホームの公演だけだ。


「全国唯一」でむらを発信

 劇団はさらに、箸荷を「芝居の里」としてPRしようと、99年から箸荷産のコシヒカリを使った地酒を造って限定販売している。今中孝介さんの父、喜重郎さん(72)が育て、昔ながらに稲木干ししてから脱穀したコシヒカリを使った。
 原料米約60キロを長野県の酒造メーカーに送り、醸造してもらっている。これまでに2回発売。純米原酒「かみ芝居」と、特撰本醸造原酒「お涙頂戴」。どちらも芝居にひっかけたネーミングだ。4合ビン入りを限定100本で売り出したが、新聞でも取り上げられすぐ完売した。今年も新米をメーカーに送っており、年明けには販売できる予定だ。
「稲木干しのコシヒカリで醸造した酒は全国でもここにしかないんですよ。消防団による劇団も全国で箸荷にしかない。箸荷にしかないもので、この集落を全国に発信していくことが、自分たちの地域を守るためにも重要なんです」と今中孝介さん。
 消防団を中心に、むらづくり活動に火がついた箸荷地区。今年2月には、昔ながらの農村景観を守る「景観むらづくり協定」を地区内の住民同士で取り決め、兵庫県から住民協定として認定された。
「ここは何にもないむら。だから日常の風景を大切にしていく」。そう堂々とうたった同協定は、住民が自分たちのむら「箸荷」に自信を特っていることの証でもある。芝居から始まったむらの活性化は今、地区を巻き込んで加速度的な広がりを見せようとしている。