「まち むら」74号掲載
ル ポ

延べ2000人が参加した都市計画マスタープラン
東京都調布市 調布まちづくりの会
参加者の自由な発言を保障する他人の意見をけなさない

 これは東京都調布市で、まちづくりの指針となる都市計画マスタープランの作成に参加した市民が、自主的に定めた話し合いのルールの一部である。「調布まちづくりの会(まち会)」の会員はいまもこのルールにしたがい、自由な議論を通した活動を続けている。
 調布市では1995年に、都市計画マスタープランの策定を市民参加で進めることにした。市報で市民に呼びかけ、「まちづくり市民連続講座」などを開催、毎週水曜日に市役所内で会合を開くほか、市役所の二階には市民がいつでも集まれる「広場」を用意した。
 新井田幸子さんは子どもが成人した15年前に、フルタイムの勤務から自営に働き方を変え、自由になった時間に幅広い市民活動を行っている。この募集の直前に視察した北欧の国々のまちづくりを体感したことが、「まち会」への参加を決意するきっかけとなった。
「市民が草の根で活動して力をつけていくことが社会を変えていくことを北欧で見てきました。環境も教育も福祉も――、行政では縦割りですが、一人の人間が生まれてから死ぬまでにはそのすべてに関わるので、まちづくりにはこれらのすべての視点が必要だと思ったんです」
 自分が住み、学び、働くまちの未来を仲間といっしょに考えてみたいという多くの市民が募集に応じた。毎週水曜日の説明会には仕事を終えてから参加する人も多く、夜の7時に始まり9時には終わるはずの会に、9時にようやく駆けつける人もいたため散会は11時を過ぎることもあった。市役所でマスタープランを担当した斎藤哲夫さんはいう。
「市の人口は約19万人ですが、都市計画マスタープランに参加した市民は延べ人数で2000人を超えています」


活動を継続しよう

 参加した市民は自分の足でまちを歩き、市民同士、市民と職員、職員同士が意見を交わしながら、まちづくりへの思いをあたため、こうあってほしいと願うまちのイメージをふくらませていった。
 2年をかけてワークショップと議論を重ねた末に、マスタープランの原案も市民が書き上げた。1998年、マスタープランは完成し、市内4か所でその発表会が開催された。このとき市民に向けて構想を説明したのも、「まち会」に参加した市民だった。
 マスタープランづくりは終わった。参加した市民は深い達成感を味わいつつも、このまま解散するのはもったいない、さみしいという思いを募らせていた。
「マスタープランを市が実際のまちづくりに反映させていくかを見定め、検証しないことには、やったことにはならないのではないかという声が、参加した人たちの間から自然に上がったんです」いつのまにか「まち会」と呼ばれるようになった「調布まちづくりの会」が、活動を継続することになった背景を、新井田さんはこう振り返る。思いを共有する参加者が賛同し、「まち会」は市民活動として再スタートした。
 ちょうどこのころ、調布市では景観ガイドラインづくりを進めており、市民の意見を聞くためのシンポジウムの企画や運営を「まち会」に委託。会ではこうした事業を受託する体制を整えるため、昨年にはNPO法人格を取得した。


市民参加の分野が広がる

「じつは、私も定年を迎えたら、まち会の会員になる約束をしているんですよ」斎藤さんは笑いながらこう話し、「市民参加によるまちづくりは行政と市民との垣根を取り払い、職員と市民とが一体となって作業を進めたことで市の職員にとっても勉強になりました」と続ける。
 マスタープランの策定途中で始まった市の事業もある。交通対策を検討するなかで公共交通がとくに未整備な地域が3か所浮かび上がった。以前から住民が要求していたこともあり、99年からはそのうちの一地区で、市とバス会社が共同でミニバスを走らせることになった。市内の一般のバスでは16%がシルバーバスの利用者だが、この路線ではその割合が46%にもなるという。
「市民参加が市の事業に発展しました。ただ、事業の採算を考えると難しいですが、利用者の評判はいいですね。高齢者の社会参加を促し、健康増進に役立つなどの効果がありました」
 と斎藤さんはいう。現在まちづくりを担当する綱島功さんも次のように語る。
「行政と市民の間の垣根があり、とくに都市計画については市民参加が遅れていましたが、市民の声を最大限生かそうとしたマスタープランではこの垣根が払拭され、これをきっかけに他の分野でも市民参加が進みました。市民参加がこれからの市政の鍵になると思います」
 調布市では、今年4月に市民参加推進室を新設した。市民参加による策定は、市民だけでなく、市にも大きな変化をもたらしたことになる。


市民によるフォローアップ

「市民参加による都市計画マスタープランの策定後も、市民活動が継続しているところは全国で26か所あります。調布市はその先駆けであり、他の自治体に比べて市民参加の度合いも高いですね」
 コンサルタントとしてマスタープランの作成に関わり、これをきっかけに人生の進路を変えた大和田清隆さんはいう。大和田さんは多いときには1年に20近くの自治体を担当することもあった。駆け足で仕事をこなすだけではなく、じっくりと時間をかけて特定の地域とつきあいたい。そう思い続けていた。調布で市民参加を進めようとする職員、積極的に活動する市民との出会いが、その思いを実現に導いた。大和田さんは会社を辞めてフリーのコンサルタントとなり、大学院で都市計画を研究するかたわら、NPO法人となった「まち会」の理事として活動を続けている。
 調布まちづくりの会では、市民の側からまちづくりを提案するためにマスタープランで策定された景観やシンボル道路のフォローアップを続ける一方で、地域との連携や市民とのつながりを広げるために、市の出前講座を利用して市政について知る「市政楽習会」や、多世代の交流を進める「おしゃべりサロン相互塾」などの多彩な活動を続けている。
「まち会の会員が市の委員会や審議会などに委員として参加するという市民参加の例も増えています」(大和田さん)
 研究者としての大和田さんはいま、「都市計画マスタープランヘの市民参加の度合いが高いほど、計画の実施がスムーズにいくのではないか」という叙説を立て、それを検証しようとしている。
 都市計画マスタープランに込められた思いを実現しようとする「まち会」の会員は現在約50人。月に1、2人ずつ新しい会員が増えているという。