「まち むら」73号掲載 |
ル ポ |
町民みずからのまちづくりを条例で保障 |
北海道ニセコ町 まちづくり基本条例 |
家電やクルマは最も省エネ性能の高い製品を基準に製品開発を進めるようにと、省エネ法で義務づけている。「トップランナー方式」で、やればできるではないかという現実的な省エネ誘導策だ。 昨年(2000年)地方分権一括法が生まれ、市町村の自治能力を問う枠組みを持って21世紀を迎えた。これに先駆け、20世紀の大々晦日ともいうべき昨年12月27日(役所の「ご用納め」前日)、ニセコ町議会で「ニセコ町まちづくり基本条例」が可決成立した。2001年4月1日に施行される。 いま、ニセコ町はまちづくりの制度化の面でトップランナーといえるだろう。あとに続くのは、どこのまち・むらだろうか。 農業と観光のまち 「ニセコ町まちづくり基本条例」は前文で、「わたしたち町民は、この美しく厳しい自然と相互扶助の中で培われた風土や人の心を守り、育て、『住むことが誇りに思えるまち』をめざします」とうたっている。 ニセコ町は「エゾ富士」といわれる羊蹄山とスキー場として有名なニセコアンヌプリ山麓にあって、町の中心を清流尻別川が流れている。冬期の月平均気温は、マイナス10℃以下まで下がる。「美しく厳しい自然」を誇るまちだ。 「有島記念館」がある。明治・大正期に活躍した文豪・有島武郎がこの地で「農場開放」という一種の民主化・近代化を実践した、その事跡を伝えるミュージアムだ。ニセコ町の“前史”は北海道開拓史と重なる。その記憶が「相互扶助」と、やや古めかしい言葉で前文に記されているのではないかと思う。 人口およそ4500人。就業人口約2500人のうち、60%強が第3次産業、25%強が第1次産業に従事する、観光と農業のまちだ。観光と農業というよりも「観光も農業も」という感じで、両者の間にも“相互扶助”があるようだ。 「スキー場として有名」と書いたが高原リゾート地としても人気で、熱気球やパラグライダー、尻別川のカヌーといったスポーツのほかに、酪農体験や乗馬トレッキングなど農業関連の自然の豊かさも大きなセールスポイントになっている。乳製品やポテト料理も、バラエティに富んでいる。 そのような豊かで楽しいまちを21世紀にもつなげていこうとつくられたのが、今回の「基本条例」といえると思う。 情報を共有して「共働」 ニセコ町はすでに「情報公開条例」と、それを補完する「個人情報保護条例」を1999年に施行している。そこでは情報の「公開」からさらに一歩踏み込んだ「情報共有」をうたっていたが、基本条例でも共有を基本原則としている。 そして、共有を保障するために「町は、町の仕事の企画立案、実施及び評価のそれぞれの過程において、(中略)(町民に)分かりやすく説明する責務を有する―と「説明責任」を明記している(4条)。 行政施策に関心の高い人、あるいは利害関係の深い人が教えて下さいといったら公開するだけでなく、町民みんなに公開する、それも行政用語が羅列された文書を見せればいいのではなくて、分かりやすく説明するということだ。町の仕事の計画などについては、代替案や他の自治体との比較も示せとまで述べている(24条2項)。そして、情報を共有したら、みんなでまちづくりに参加する。 「まちづくりに参加する権利」を10条でうたい、とくに10条2項では「わたしたち町民は、それぞれの町民が、国籍、民族、年齢、性別、心身の状況、社会的又は経済的環境等の違いによりまちづくりへの参加についてお互いが平等であることを認識しなければならない」と「基本的町民権」ともいうべきものを保障し、11条では課題によっては子供も参加する権利があるとしている。 一方、権利があれば義務もあるわけで、「私たち町民は、まちづくりの主体であることを認識し」、総合的な視点に立ち責任を持って発言し行動することを責務としている(12条)。単なる苦情や陳情、“評論家的”な批判などはやめて、言っていることやってることに責任を持てということだ。 こうして情報を共有し、共働してまちづくりに取り組む枠組みをつくり、そして何か重大な課題が生じたら「町民投票」を実施する道をつくり(36条)、さらに「町長は町民投票結果の取扱いをあらかじめ明らかにしなければならない」としている(37条2項)。結果の如何で言を左右するような首長が見受けられるが、そのような姿勢にダメを押している。 実践から生まれた条例 この基本条例は、まちづくりの主体は町民で、町長や町職員はスタッフということをいっている。「そんなきれい事、だれでも言うサ」と見る向きもありそうだが、ニセコ町では情報公開と、それをベースとした共働を実際に行なってきた。 町では『もっと知りたいことしの仕事』という冊子を毎年、全戸に配っている。予算書だが、たとえば治山事業なら○○さんの家の裏山で、いくらかかる、道路整備は□□さんの家の前から△△さんの家の所まででいくらと、ものすごく分かりやすい。情報共有のための具体的施策のひとつで、1995年から毎年発行されている。 町民と町長や町の幹部職員が直接話し合う場も、たくさん設けられている。一般職員は週2回、2人ずつペアで軽トラックに乗り込み、町内を巡回する。目的は「環境美化巡視」でゴミが落ちていれば拾う(そのためセダンではなく軽トラで回る)のだが、町民と出会えば話もする。町民の意見よろずうけたまわり巡視でもあるわけだ。 基本条例に先立ってつくられた情報公開条例のなかには、公開を求められた文書がない場合はつくるという条文がある(13条2項)。職員が文書にして残すまでもないと判断したようなプロが見て簡単な事項でも、一般の町民としては知りたい、そういうケースもあるからだ。 このような施策を積み重ねてきたうえでつくられた基本条例なのである。 JR函館本線ニセコ駅を降りると、駅前にガラス張りの建築がある。町営温泉だ。まだ工事中で、この6月にオープンする施設だが、プランの段階から町民参加が行なわれた。 町民参加の検討会は議論百出。ジャグジーだサウナだレストランだ土産品ショップだと、話がどんどん大きくなって収拾がつかなくなったという。しかし、回を重ねるごとに議論はまとまりを見せてきて、ニセコはもともとリゾート地ではないか、レストランや豪華な施設は民間にまかせればよい、事業費は節約、町民が気軽に利用できる施設にしよう……と、常識的な結論に落ち着いたそうだ。地元の人たちと肌でふれあえる、そういう温泉のほうが観光客にもよろこばれるに違いない。 駅前から徒歩で約20分、函館〜札幌を結ぶ国道5号線沿いに「道の駅」ニセコビュープラザがあるが、この建設事業も同様のプロセスを踏んだという。 繰り返しになるが、このような施策を積み重ねてきたうえでつくられた基本条例なのである。 昨年、アメリカ合衆国の大統領選挙でもたもたがあったが、民主主義というのは手間もヒマもかかる。そのかわり、決まったことには大方の人々が納得する。そういうまちづくりを保障するものとして、ニセコ町は基本条例をつくった。 43条で「他の条例、規則その他の規定によりまちづくりの制度を設け、又は実施しようとする場合においては、この条例に定める事項を最大限に尊重しなければならない」と規定している。つまり、基本条例は町の「憲法」。 人口5000人足らずの小さな町だからできた憲法といえるかもしれない。ということは、小さなまちやむらなら、やればできるということだ。 このトップランナーに続くまちやむらがどんどん出てくると、日本も変わっていくに違いない。 |