「まち むら」70号掲載
ル ポ

世代間交流で子どもたちの健全育成図る
熊本県荒尾市 新生地区
 毎日のように未成年者が関わる痛ましい事件が報道され、子どもたちの「心の教育」の充実が叫ばれる一方で、進行する少子化、核家族化。兄弟が少なく祖父母もいない家庭で子どもたちが人の「心」を経験的に学ぶことは、ますます困難になってきている。
 このような状況のなか「福祉のまちづくり」活動の一環として地域社会が持つ教育力を青少年の健全育成に生かそうと、さまざまな取り組みを行っているのが荒尾市の新生地区である。「お年寄りの持つ優しい心」や「地域の大人たちが見守る気持ち」を子どもたちに伝えようと催す世代間交流スポーツ大会、声かけ運動、伝承遊びなどには親、子、孫の三世代が参加。住民たちが顔を合わせ会話する機会が増え、日常でも気軽にあいさつし合う光景が見られるようになった。今後も小学校と連携した定期的な児童と高齢者との交流行事などが計画されており子どもたちの健やかな成長をバックアップする活動がさらに広がりそうだ。


「福祉のまちづくり」がスタート

 三池炭鉱で知られる福岡県大牟田市に隣接する荒尾市は熊本県の北西部にあり人口は約6万人。かつて大牟田市と並び炭鉱の街として栄えた同市は現在は観光商業文化都市への転換を急速に推し進めている。荒尾市のほぼ中央に位置する同地区は戦後、引揚者らの手で開拓された軍用地だったが、高齢のため所有地を手放す入植者が増え、30数年前から宅地造成が進んだ。
 その後、退職者の定住地などとして市内外から転入者を集め、現在も高齢世帯、独居世帯は増え続けている。25%近い高齢化率を示す同地区で本格的なまちづくりが始まったのは市の社会福祉協議会から「ふれあい福祉のまちづくり」推進地区指定を受けた昭和63年だった。


お年寄りを怖がる子どもたち

 「ふれあい福祉のまちづくり」推進地区として指定された同地区は課題や活動案を検討、協議し実行に移すため、地区公民館、老人会、子ども会育成会、ボランティアグループなど6団体の代表が集まり福祉問題懇話会を組織。これまでに▽地区周辺の開業医6軒をネットし独居老人の急病に対応する「地域ドクター制度」の整備▽独居老人への給食サービス事業▽身内や隣人が介護を必要とする時に備えた「地域介護教室」の開催▽生涯学習の一環として「器楽教室」の開催―などを実現。高齢者福祉の分野で成果を上げてきた。
 これらの活動が一段落したと判断した同地区が次に目を向けたのは子どもたち。地区のまちづくりを中心となって進める長曽我部明照同地区公民館長は、そのきっかけとなった出来事をこう振り返る。
「地区老入会の方々に子どもとふれあって楽しんでもらおうと保育園を訪問したんですよ。その時です。お年寄りと、どう接していいかわからず戸惑ったり、怖がったりする子がいました。じいちゃんやばあちゃんと一緒に住んだことがない子どもたちだったんですね。“これはいけない”と思いました」。
 住民がお互いに顔を合わせる機会を増やそうと同地区は平成5年4月に第1回区民親ぼくグラウンドゴルフ大会を開催した。現在も毎年春と秋の2回開かれている大会には毎回、小学生から80代までの住民が参加。年齢に関係なく数チームに分かれて行われるゲームでは順番に仲良くスティックを振る子ども、父母、お年寄りの姿が見られ、なかなかホールポストに入れられない子どもには、お年寄りから「早よう(早く)入れてしまえ」などの声援が飛ぶ。真剣な表情でボールの行方を追う子どもたちは「面白い」「もっとしたい」などと感想を話した。
 また平成7年からは「室内で遊ぶことが多くなった子どもたちに昔ながらの遊びを伝え屋外に連れ出そう」と第2土曜日の学校休業日を利用した「伝承遊び」が始められた。モチつきやたこづくり、コマ回し、羽根つき、竹細工、お手玉作りなど、毎回違った内容で開かれ、それぞれ技術を持ったお年寄りが“先生”となり小中学生に作り方や遊び方を指導。小刀、のこぎり、針などを自在に操り、次々におもちゃを作り上げる高齢者の手さばきに、子どもたちの熱い視線が注がれる。歓声を上げて父母らと一緒におもちゃで遊ぶ子どもたち。その光景に目を細めるお年寄りたちの優しいまなざしが活動を支えている。


「子ども110番の家」を設置

 誘拐や連れ去りなど子どもを狙った凶悪な事件が各地で発生し、市内でも不審者による声かけ事案が頻繁に報告されるようになった平成9年、同地区では子どもたちが不審者に遭遇した際、緊急に助けを求めることができる避難所を地区内に設けることを計画。日中、だれかがいる商店や民家を中心に協力を求め、賛同を得た20軒を子どもたちの緊急避難所「子ども110番の家」とし、平成11年3月から受け入れを開始した。地区単位では市内で初めての設置だった。幸い、子どもが同地区の「110番の家」に駆け込む事案は発生していないが、通学路の途中の家に掲示された目印のポスターが子どもたちに安心感を与えていることは間違いないだろう。
 このほかにも小学校が発行する学校だよりを毎号、回覧板に挟んで回したり、児童、生徒の登下校時にあいさつの声をかける活動などで大人たちが子どもを見守る姿勢を示している。
 同地区に住む中学1年女児の父親は「子どもたちがあいさつし返してくれるようになりましたね。以前は不審な顔で見る子も多かった。いまでは車で通勤する私に手を振ってくれる子もいます」と話す。子どもたちからは「知らなかった近所の大人の人と話すことが増えた」「おじいさん、おばあさんが自分のことを覚えてくれていて嬉しかった」との声も聞かれた。


「できることを続ければいい」

「すぐに活動の成果が出るとは思っていません。とにかく今出来ることをやることが重要だと思っています」と長曽我部館長。他の地域と比較して各活動が順調に継続している要因としては「“地域を愛する”人材がそろっている」ことを挙げる。ある住民は「この辺りは仕事がそんなに多くない地域。ここに住んでいる若い人は、この地域が好きでとどまっている人が多いのでは」と話した。
 同地区では現在も、小学校の空き教室を利用した定期的な児童と高齢者との交流行事や母子・父子料理教室、児童の「子ども110番の家」訪問などの交流行事が計画されている。なかには「行事が多くなる」との批判の声もあるようだが、「今考えていいと思うこと、できることを続けていけばいいのでは」と話す活動の代表者たちに気負いはなく、さらに個性あふれる地域になることを期待させてくれる。