「まち むら」140号掲載
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地域住民による里山保全と八郎湖の環境再生活動
秋田県潟上市 NPO法人草木谷を守る会
草木谷を守る会とは

 八郎湖再生と里山保全を標榜する「NPO法人草木谷(くさきだに)を守る会」の活動は、今年で10年目となる。
 草木谷というところは、石川理紀之助翁資料館(潟上市)から約1.5キロ山奥に入った谷津田で、面積は約1ヘクタール。臭木(くさぎ)が多く生えていて、熊やかもしか、たぬき等が闊歩している自然豊かな里山だ。また、秋田の偉人、聖農・石川理紀之助(1845〜1915)が、明治時代に貧農救済のために自ら粗末な小屋を建て貧しい生活を実践した由緒ある地で、秋田県の指定史跡にもなっている。
 谷津田(草木谷)は下流の湖や海の重要な水源地であるほか、野生生物にとっても重要な生息地であるが、現在は、高齢化などで管理が大変なため耕作放棄等による荒廃が全国的に顕著である。「草木谷」も20数年間耕作放棄され同様の状況だった。
 当会は、この自然豊かで美しい田園風景と、下流にある八郎湖の保全・再生に向けて、環境に配慮した無農薬、有機肥料での米づくりを昔ながらの手作業で、地元小学生や地域住民とともに取り組んでいる。「草木谷」での活動を通じて、生きものを育み、自然環境を保全することにより、里山のすばらしさを多方面に発信し地域の活性化を図っている。

活動のきっかけ

 秋田県は、平成13年頃水質汚濁が深刻な八郎湖は、上流から下流まで一体の流域管理が必要であると考えた。そこで秋田地域振興局が平成16年に、湖の自然再生を実践している住民団体の支援や、湖への環境意識の啓発、地域活性化を図るプロジェクトとして、「環八郎湖・水の郷創出プロジェクト」をはじめた。そうした中、八郎湖の環境悪化を市民に伝えていく啓発的な活動だけでなく、未来を担う子どもたちへの、具体的な環境学習も必要だという機運が高まっていった。20数年間耕作放棄されていた、八郎湖の水源地「草木谷」を田んぼとして再生し、里山の田園風景と、下流にある八郎湖の保全・再生活動を、地元小学校の環境学習「田んぼの楽校」を、秋田地域振興局とともに平成19年にはじめたのがきっかけだった。
 八郎湖の水源地としての機能確保、自然体験型環境教育の実践、地域の活性化に資することを目的とした「田んぼの楽校」は、学校をはじめ、市民団体、企業、行政が協働する、八郎湖流域全体をカバーする活動へと発展している。

石川理紀之助の教え

「樹木は祖先より借りて子孫に返すものと知れ、天地の御恵み忘るべからず」これは100年前の理紀之助の教えである。「天から生かされている。天に感謝し、畏敬の念を持ちなさい。自然のすべては借り物で、子孫に返すものですよ」という意味である。子どもたちと一緒に「みんなが喜ぶ田んぼ作り」をめざして挑戦した結果、理紀之助の教えが現代にもつながっているということをより強く感じるようになった。八郎湖と草木谷、そして理紀之助というのが私たちの活動の原点、求心力となっている。
 活動2年目の平成20年1月18日、福田内閣総理大臣(当時)が、「第169回国会における施政方針演説」で「井戸を掘るなら水の沸くまで掘れ」と述べられた。これは理紀之助の訓言である。何事もあきらめるな、一人前になるには時間・努力がいる。最後までやり通せということである。
 「草木谷を守る会」という団体名にした以上、理紀之助の教えの通り、私たちもいい加減な活動はできないと思っているところである。
 当会の基本には冒頭で述べたように「八郎湖と石川理紀之助」という大きな二つのキーワードがあり、どちらかが一つ欠けてもバランスが悪くなると思い、同時進行型で活動をしている。
 谷津田で無農薬での稲作は大変であるが、この活動から生まれる子どもの笑顔が、何よりも力になり楽しく活動できた。

草木谷を守る会の主な活動
「田んぼの楽校」
 平成9年から未来を担う地元の小学生と、美しい草木谷周辺の里山と下流にある八郎湖の環境保全を目的に、無農薬・無化学肥料で、田植えから脱穀までを昔ながらの農法で1年間通して体験する「田んぼの楽校」を、石川理紀之助翁ゆかりの地「草木谷」で行っている。「田んぼの楽校」農業と八郎湖の環境のつながりを学ぶと同時に、食育と地域への愛着を育む、小学校の環境学習プログラムのひとつである。
「ホタル観賞会」
 石川理紀之助翁ゆかりの地「草木谷」は、周囲が山々に囲まれ、澄んだ空気と清らかな水があふれる美しい里山である。今では貴重種となった生物も多様に生息し、自然観察や生きもの観察の学びの場にもなっている。初夏には、源氏ホタルと平家ホタルが競演し幻想的な光を放ちながら夜空を舞う。草木谷を守る会では、地元の若い団体の方々と、真っ暗な夜道にキャンドルを灯し、草木谷まで案内するホタル観賞会も行っている。
「リキノスケ未来塾」
 未来を担う地元の小・中学生が、リキノスケの精神を受けつぎ、将来、秋田で農業や八郎湖に携わった仕事につき、秋田のお宝を伝えていきたい…という思いで始めた人材育成プロジェクト。地元の若い経営者さんや農家さんなどから「どこにでもあって、あたりまえのものを、宝ものに変える方法」を学び、その後、地域に眠っているお宝を探しに、外へ「遺産調(野外観察)」に出かける。
「酒米栽培交流会」
 平成11年から、石川理紀之助翁ゆかりの地「草木谷」で、石川翁や環境活動等に興味のある地域住民に参加を募り、有機栽培で「酒米栽培交流会」を行っている。このプロジェクトは、高校生や大学生(留学生)が、「草木谷」の緑に映える紺と赤の秋田おばこの姿(早乙女衣装)で、田植え、稲刈りを行い、美しい草木谷周辺の里山と下流にある八郎湖の環境保全が目的である。さらに、石川翁の想い・功績に感謝するとともに、酒米栽培交流会を通じたファン層の拡大、交流人口増加による地域活性化を目指している。

草木谷を守る会の1年

●春、田植え
 「田んぼの楽校」の1年がスタート! 子どもたちは、最初はおそるおそる田んぼに入る。ドロが付いたと言っては汚いと大騒ぎをするが、結局、最後には全身ドロだらけだ。
●夏、草取り
 減農薬で育てている草木谷の田んぼは、草がびっしり。無農薬の米作りで一番の労力を必要とする草取りを、泥の感触や初夏の自然を感じながら、手押し除草機などで作業する。
●秋、稲刈り
 子どもたちはみな、おそるおそる鎌を使っている。「ザクザクっていう音が気持ちいい!」慣れてくるとスピードアップ。
 今の子どもは鉛筆削りのナイフさえ持ったことがないのに、切れて危ないノコギリ型の稲刈り鎌を使っての作業である。危ないと認識し、よく注意して作業をしている。怪我もなく刃物である鎌をしっかりと使いこなしている。
●秋、脱穀
 足踏式脱穀機と唐箕での作業は、昔ながらの懐かしい実りの風景だ。自然のさわやかな風や降り注ぐ太陽の恵みを一身に受け、じっくりと天日干ししたお米は本当においしい。
●収穫感謝祭
 収穫したもち米で子どもたちと、臼と杵で餅つきをする。つきたてのお餅はやはり一番で、収穫の喜びを感じる瞬間である。
 また「田んぼの楽校」と併行して、自然観察指導員の協力で自然観察も行っている。生きもの観察では、トンボ(ヤゴ)やカエルなど、田んぼにすむ生き物との出会いも楽しむ。
 観察の結果、予想以上にたくさんの生き物や植物を目にし、すでに生息していないと思っていたヤツメウナギ、サンショウウオなどが見つかったのは新たな発見、喜びだった。
 草木谷周辺では、400種以上の植物があると言われている。無農薬なので田んぼの周りの植物・生き物がダメージを受けることがない。生き物が元気に生息できる環境の後押しをして、生き物にも喜びを与えている活動だと自負している。
 自然に触れ合う機会が少ない現代っ子たちは、田んぼの中では無邪気で子どもそのものである。静かな草木谷中に、子どもたちの声が響き、とても賑やかな楽しい里山となる。昔を思い、想像しながらのこの体験は、情操教育の一助になっているとも言われ、きっと大人になっても心に残ってくれる活動だと思っている。

他団体との交流

 草木谷の稲作は、大森山動物園の「ゾウさん堆肥(有機肥料)」を提供していただき栽培している。毎年稲刈り後、脱穀した生の稲わらは資源循環型農業の目的で、「稲わら贈呈式」を同園で行い、ゾウさんヘエサとしてプレゼントしている。
 初夏、草木谷では源氏ホタルと平家ホタルが幻想的に舞う。ホタル鑑賞は自然からの贈り物だ。里山保全活動によりホタルがよみがえり、確実に増えている。神秘な光を放つホタルは子どもの感性を養い育てていくのに力を貸してくれている。親子・家族で一緒に見て素朴な神秘さに感動をしてほしいと思っている。この観賞会では、他団体の協力で、真っ暗な草木谷へ続く夜道を幻想的なキャンドルで足元を灯したり、大型望遠鏡で、初夏の星空観察会も行っている。ホタルとキャンドルと星空の競演には、参加者から、毎年歓声があがっている。
 また、八郎湖問題は、水系をたどれば農業だけではなく林業との関係も深く、草木谷周辺の山林維持にも目を向けることができた。山林は何年も全く手入れがされず放棄状態で、真っ暗で下草もなく、当然、保水力はほとんどなかった。秋田県森の案内人協議会主催の「森のきこり塾」の力を借りて、枝打ち、間伐、植林体験の場として草木谷周辺の山林の提供もしている。

活動の副産物純米吟醸「草木谷からの爽風」

 これまで、小学生に米作りを体験してもらう「田んぼの楽校」を行ってきたが、「大人にも活動に参加する楽しみを」との声を受け、平成21年から40アールほどの田んぼで、無農薬、無化学肥料で酒米づくりの挑戦も始めた。参加者は地域内外の住民や学生など年代は様々で、収穫した酒米は、地元の酒造会社に醸造を依頼している。出来上がったお酒は、当会オリジナルの純米吟醸「草木谷からの爽風」として、県内のスーパーや道の駅などで販売し、販売収益の一部を活動資金に充てている。
 こうした取り組みが広がれば休耕田や休耕地の活性にもつながり、環境に対する姿勢や考え方も変わるのではないだろうか。
「この酒を通じ、草木谷や八郎湖の再生に少しでも関心を持ってほしい」これが私たちの思いである。

草木谷でしかできない交流を

 平成24年にフェイスブックページを開設し、活動内容やイベント等の情報発信を始めたところ、閲覧した県外の方が活動に飛び入りで参加してくれることもあった。設立当時9名であった会員は、その後賛同して行動を共にしてくれるメンバーも増え、現在では39名を数えるまでになった。メンバーは年々高齢化していくが、子どもや若い世代の方たちとの交流は励みになる。当会の今後の活動については、「都会の方たちとの交流や、草木谷でしかできない住民との交流や触れ合いが楽しめ、スローライフを体験できる滞在型の観光を提案していきたい」と力強く思っている。
 当会の取り組みによって、草木谷は元の自然豊かな景観を取り戻しつつある。また、環境学習や酒米栽培として農業に親しむことができる場が提供されたことにより、これまでに5千人を超える人々が地域を訪れ、地域住民との交流が育まれ、草木谷だけでなく、地域全体の活性化にもつながってきている。石川理紀之助の教えや当会の活動が受け継がれ、この地域が今後も活気に満ちていくことを期待している。