「まち むら」140号掲載
ル ポ

農林水産業ビジネスの創出と地域づくり
福井県福井市 NPO法人農と地域のふれあいネットワーク
 平成21年、当法人の農業体験を行うふるさとワークステイで、福井県を訪れた東京都の長野泰昌さんは、初めて触れ合った障がい者が精力的に梨の木せん定作業に励む様子に衝撃を受け、彼らに対し偏見を持っていたことに対して「恥ずかしかった」と話している。帰京後、「何かプレゼントできないか」と考え、梨園で記念に撮った写真を見ていたら、歌詞やメロディーがあふれるように浮かんできたという。DVDとCDを作製し、ワークステイ受け入れ先であった知的障がい者施設ピアファームに贈った。
 タイトルは「夢の果実〜So Sweet〜」。作詞、作曲に加えてボーカルも長野さんが担当し自費で作製した。「ゆっくりとゆっくりとみんなで育てていこう…」「想いと希望をつめこんで…」「心つなぐ あまい夢の果実」という歌詞には大変な仕事を地道にこなす障がい者への思いを凝縮している。
 その年の9月には梨園の中でコンサートを開催し、毎年開催され、地元で活躍する歌手を交えてあわら市文化会館などで行われ、平成28年度で8回開催されている。
 農業の体験を通して都市と地方都市・農村の方々との間に交流が生まれ、大きな輪につながったケースである。
 このような、「農」が持つ心のふれあいを大切にしたいものである。

農ネットの設立の経緯

 平成16年6月福井県農林水産部の技術者OBが中心となり、「NPO法人農と地域のふれあいネットワーク」を設立した。現在会員は40名、理事5名、常勤者は理事長(1名)で、理事会は月1回開催され、各事業別に会員が担当することを原則としている。法人の理念は、地域における農林水産業と消費者・地域資源との結びつきを深め、新しいコミュニティビジネスの創出を図るとともに、農林水産業が地域にとって、かけがえのない財産であることを普及することである。

主な活動内容
@梨の木オーナー・梅の木オーナー・田んぼのオーナー体験事業(育てる楽しさ・収穫の喜び)
 平成17年度から開始した坂井市三国町池上地区における「梨の木オーナー体験事業」および平成19年度より開始した若狭町西田地区の「梅の木オーナー体験事業」、平成23年度からは「田んぼのオーナー体験事業」を越前町上糸生地区で実施し、農業を軸とした活力ある地域づくりを目指している。
 「梨の木オーナー体験事業」が始まったきっかけは、ある梨農家の方から、家庭の事情で続けることが困難になったとの相談を受けたことであった。
 広い梨園を一人で続けることは困難であり、その解決策として梨園の半分は所有者が管理し、残りの半分はオーナー制にすることが提案された。
 当初オーナー制にすることに地元周辺農家からの反対があった。オーナー制の導入にともなって、地元住民以外の外部者が出入りすることにより、周辺梨園の治安とマナーの問題を危惧した声であった。しかし、予想に反してオーナーたちのマナーが良いことに周辺農家たちも感心し、オーナー制度が受け入れられ、今では事業として定着している。
 オーナーが作業に責任をもつことで木を大切に扱い、農業の素晴らしさや難しさを知り、自然と環境を考える良いきっかけづくりになっている。
 また、梨、梅、米は、その地域の基幹作物であり、オーナー制の事業により、農家が一定の収入を得られることは大変意義があると考えている。農家と消費者である市民との交流が新たな農業体験ビジネスになっている。

A農林水産業の多面的機能を活かした体験学習・教育支援
「ふるさと学級」(ふくいの魅力・再発見)
 福井県には全国や世界に誇れる資源がある。身近な所で私たちが気づいていないものがたくさんある。福井の生活と家族、文化と歴史、食と産業について様々な視点から専門的な解説者と交流しながら、「心の原風景というべき場所を訪れ」福井の豊かな里地・里山・里海の再認識することを原則として開催している。
 当法人では、このような地域の資源を活用した「ふるさと学級」を平成17年度から実施し、今年で12年目になる。
 平成28年度では六呂師高原学級、里地学級、里山学級、山村学級、漁村学級、里山田んぼ学級、森の学級を福井県一円で23回実施し、558人が参加している。
 平成27年度の「ふるさと学級」では、詩人の広部英一氏の生まれた福井市清水地区では「ふるさとの自然から文学を訪ねる」を実施し、福井県ふるさと文学館の協力のもと、清水西公民館と共催事業として、山岳エッセイストの増永迪男氏の解説で4回実施することができた。平成28年度は「越前の風土に生きた詩人 福井の文学界の先駆者 則武三雄を語り継ぐ」が、則武三雄(のりたけかずお)が34年過ごした福井市円山地区で、福井市円山公民館、福井県ふるさと文学館に加え福井県詩人懇談会、福井県ふるさと詩人クラブ共催のもと「北荘文庫」ゆかりの作家を交えながら4回開催され、延べ200人を超える参加者があった。平成29年度も6月18日には、現代詩作家「荒川洋治」が語る「則武三雄の詩と世界」が開催された。今年度はあと3回の企画が用意されている。地域の自然から文学を訪ねることができ、地域の学校の校歌に関わる作家は多い、大東中学校は則武三雄が作詞している。このように、文学から地域の再発見ができ、地域の多くの人々が地域の再発見につながったと考えている。

Bふるさとワークステイ
(田舎暮らしを宿泊体験・福井県の田舎でボランティア)
 福井県の農山漁村に滞在し、農作業、地域づくりのお手伝いなどを体験する。滞在期間は1泊〜3泊程度で、長期滞在などの研修等については別のプログラムを用意している。平成28年度は年間68人の利用があった。

C地域づくり大会の開催と全国会議・研修会への参加
 当法人は福井県で開催された大きな全国大会では、平成24年11月に開催された「第11回全国グリーンツーリズム福井大会」越廼地区(越前海岸)。平成25年11月に開催された「第31回地域づくり団体交流研修大会福井大会」では朝倉・東郷地区、福井まちなか片町・呉服店地区、越前海岸地区、3地区のコーディネーターとなり、福井の豊かな里地・里山・里海の自然、生活と家族、食と文化、歴史と産業について、全国からの参加者と交流し、福井の未来を語り合った。
 全国の各地で開催される地域づくりの研修会、東南アジアの研修会にも会員が参加している。

NPO法人の課題と今後の展望

 福井県で最大の梨の産地である坂井北部丘陵地帯では梨が、また若狭地区では梅が、南越前町特産のつるし柿の生産が、農家の人手不足、高齢化などの理由で窮地に追い込まれている。グリーンツーリズムとふるさとワークステイとの連携も視野に入れながら地元の県農林総合事務所や農協、梨組合、農家の協力を得ながら今後も継続していきたい。
 農業実習のリピーターも少しずつ現れ始めているが、就農希望者や移住希望者に対する行政の役割、農家の役割、NPO法人の役割をもっと明確にして、農地の貸し出し、農地の購入等に積極的に対応すべきであり、いきなり大農業的発想ではなく、家族的小農的発想から定年退職者対象の農園群の建設があってもいいと考えられる。まずは、地域住民と交流しながら、その市町の公共施設(宿泊施設、体育館、図書館、博物館、美術館など)も利用しながら、福井の春・夏・秋・冬の体験を通して、その地域に似合った地域づくりとして、農林水産物の直売・直販など多様な流通の組織形態にも対応できるように続けていけるようにすべきである。
 当法人が3年前から継続している、地域ゆかりの作家とその文学を訪ねる事業は、県ふるさと文学館や地元の公民館の協力のもと、福井市、坂井市、越前市、南越前町に広がり、越前和紙と書・絵画、音楽へとしだいに広がりつつある。
 団体と団体との協力開催から、企業・行政が加わりコラボレーション(共同・協力)による多彩で継続的な事業へと発展していくことが可能であると考えられる。
 このようにNPO法人しかできない地域課題のコーディネーションはたくさんある。円滑に事業を進めるための潤滑油となることができるのではないかと考えている。街に住む人と里地・里山・里海に住む人との交流による「心の豊かさ」を求める傾向はますます強くなってきていると考えられる。
 農林水産業の単なる体験でなく、時代の背景や産業の変遷を知り、触れて、見て、味わい、考え、心に感じる事業を展開したい。