「まち むら」139号掲載
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地元の材料で地元の職人がつくる「木と土の家」普及啓発
山口県山口市 山口民家作事組
「山口民家作事組」とは

 地域型木造住宅に関わる設計者、施工者と、地域型木造住宅に関心がある一般生活者からなるグループが「山口民家作事組」だ。地域の気候風土に根ざした民家は長い歳月により築きあげられた地域型木造住宅。民家は住宅建設に携わる地域の職人と地域の材料を地域で活用する地域循環システムにより成り立ってきた。「山口民家作事組」は「不易流行」を旨として、これら「地域の民家」と「民家を支えるしくみ」に学びながら新しい技術を取り入れた、これからの暮らしを考えた地域型木造住宅「木と土の家」の提案と普及を通して、地域の景観形成、雇用確保や地元林業、木材産業の振興を図ることを目的に活動している。

「地域型木造住宅」とは

 民家に使用されている材料は、当時から大変貴重な材料だった。それは古い民家を調査すると何度も移築されていたり、いたるところにほぞ穴の残る古材が使われていたり、立派に見える大黒柱も根継ぎという古材に新材を継ぎ足し補強する技術が施してあったり、床下の目のつかないところでは丸みの残る小径木が使われていることから分かる。貴重な材料を適材適所に大切に扱い、徹底的に長いサイクルで使う思想が元来日本の木造住宅にあったことの現れだ。そこには古材を使う抵抗感は微塵もなく、限られた地域の資源を有効に生かし、住み継ぐことを主題とした家づくりの姿勢が見て取れる。現在の住宅の多くは祖先の残したこの資源と住み継ぐためのシステムを捨て、輸入材などで建設され20〜30年で建設廃材として廃棄され、環境汚染の一因となっているのではないだろうか。家づくりはかつて地域の資源を生かした地場産業だった。地域資源と結びついたハウジングを再び現在の地場産業として成立させる必要性を感じる。
 昔から、家づくりには身近に手に入れることができる「木」と「土」を使ってきた。特に山口県には良質な粘土と豊富な森林資源がある。気候が温暖な山口県においては、「木」と「土」を用いることによって自然と共存した住環境を得ることができる。このことから県内のどの地域においても「木」と「土」を用いた家が建てられてきた。このように長い歳月をかけて培われてきた技術は、常に試行錯誤による淘汰と成長を繰り返してきた。多くの先達の智恵と技に裏付けられた技術なのだ。それ故、歴史が証明しているため伝統技術は正当であるとの主張には揺るぎない説得力がある。大いに学んで守り継承する努力をしなければならない。その一方で既に完成された技術であるとは決して言えない。今なお成長の過程にあると考え、欠点があればそれを改善し次代に受け継ぐことが我々の努めだと考えている。具体的には住み心地の点においても蓄熱性、空間可変性といった優れた特長を有している民家だが、耐震性、断熱性に問題があった。しかし、これまでの研究によりこの問題を克服できる技術が確立されている。地域型木造住宅「木と土の家」はこの技術を取り入れた住宅なのである。
 さて、山口県は都道府県ごとの全住宅着工戸数に占めるプレハブ住宅の割合が全国1位であり、唯一30%を超えるとともに全住宅着工戸数に占める在来木造住宅シェアが唯一50%を下回る県となっている。その一方で木造住宅ニーズは依然根強く、家を建てるなら木造軸組住宅を選びたいとの要望が75%を占めており、現実との乖離が見られる。さらに山口県は地球温暖化の要因の一つであるCO2の県民一人当たりの排出量が全国1位だ。このこともあり県住宅マスタープラン(「山口ゆとり住生活21」)では「環境共生住宅・健康配慮住宅の普及」を重点的に推進すべき住宅施策のひとつに掲げ、「住宅の省エネルギー化」とともに「自然素材を使用した工法」を推進している。また、円滑な木造住宅産業の構築を図る「山口県木造住宅総合対策計画」では地域特性を踏まえた伝統在来木造住宅技術の維持継承の必要性が謳われている。地元でとれる再生可能材料を使い、地元の職人がつくる地域型木造住宅「木と土の家」はまさにこれらのことに合致する住宅である。快適性、堅牢性、省エネ性はもちろんのこと、「木と土の家」を建てることは、地域の雇用確保、地元の山林の保全、さらに地球環境の保全にも役立つ。「木と土の家」は古くて新しい住まいなのである。

「地域型木造住宅を支えるしくみ」とは

 住まいづくりの世界はかつて、地域の資源や人を生かした地場産業だった。住み手の身近なところには気軽に相談できる大工棟梁がおられ、まさにホームドクターの役割を果たしていた。住み手と施工者のあいだに責任と安心に支えられたほどよい信頼関係があった。現代社会において住まいは商品になり、またときに投機の対象になり、気軽に相談できるところが少なくなってきている。
 住まいづくりには完成はない。住まいの寿命を伸ばすための維持管理はもちろんのこと、住要求にあわせた増改築の可能な世界だ。小さな住まいから出発して、必要に応じて増築していくことや、親子2世代で建設していくことも考えられる。伝統的な民家の構法は、増改築が比較的容易にできるものになっている。さらにこのとき、ホームドクターと呼ばれる専門家が身近にいることは、住み手にとって、とても心強いことであると思う。しかし、増改築に適した伝統的な民家の構法で、住まいを作れる職人が少なくなってきている。
 地域型木造住宅を推進することは、地元の伝統的な職人技を継承することであり、地場産業・地域経済の循環の振興にもつながっていく。林業や農業の衰退が山や農地の荒廃をまねいたように、地場産業としての住宅産業の衰退は、地域の生活環境の荒廃をまねく可能性がある。地域の材料「木と土」を使って地域の大工、左官、工務店、林業者、製材業者といった地元中小零細企業によって地域型木材住宅は成り立っている。実務者と一般生活者が協力しながら地域型木造住宅を支え合うしくみを再構築しなければならない。

「山口民家作事組」の活動は

 山口民家作事組は平成11年、山口民家再生研究会として発足した。当初は古民家に注目しその再生に特化した調査研究、普及啓発を活動の柱にしていた。山口県内の古民家実態調査、再生のための問題点の整理とその対策の提言をまとめる一方で、一般生活者向けの普及啓発を目的に古民家再生物件の見学会やワークショップを実施した。実際の現場での活動を通して机上では思いつかなかった新たな問題や視点が明らかになり、グループの活動対象を古民家再生から地域木造住宅再生へ、住まいから暮らしへと広げていった。すなわち「再生」という言葉の定義が以下のように広がっていったといえる。「地域の材料を使って」「地域の職人がつくる」「地域の気候風土に根ざした」「民家と民家を支えるしくみ」を再生する。しかし「『古』民家再生」と限定解釈されることが多かったため、平成27年「山口民家作事組」に名称変更した。現在の活動は、地域型木造住宅「木と土の家」の提案と普及に力点を置いている。

「木と土の家」セミナー

 優れた特長を持つ「木と土の家」だが、ほとんどの生活者はこのことを知る由もない。これは「木と土の家」の情報提供方法に問題があるからだと考えている。そこで生活者に「木と土の家」の特長を的確に伝達し、生活者が「木と土の家」について熟考できる機会と材料を提供することを目的に平成25、26年度の2年間をかけて「木と土の家」セミナー@「『木と土の家』・職人の手わざ再発見」、A「みんなでつくる『木と土の家』」を実施した。

「木と土の家」・職人の手わざ再発見

 「木と土の家」は大工・左官・建具といった熟練職人の手わざによって成り立っている。「木と土の家」に携わる熟練職人の手わざはまさに地域の産業遺産であり将来にわたり守り伝えていかなければならないものと考える。そこで、一般生活者が職人の手わざの魅力を再発見、再認識するきっかけをつくることを目的として、一般生活者を対象にした熟練職人の手わざを実体験できるセミナーを開催した。平成25年9月から26年3月にかけて合計6回のセミナーを開催した。テーマは、第1回<壁土を塗る>、第2回<畳を縫う>、第3回<板を削る>、第4回<刃物を研ぐ>、第5回<障子を張る>、第6回<べんがらを塗る>。
 延べ70人程の参加者があり、体験型のセミナーの継続を希望する声が多く寄せられた。しかし、本セミナーは建築工事の特徴的な工程を抽出して体験する内容であり、家づくり全体の流れを把握できるものではなかったため、生活者が「木と土の家」について熟考できる材料を十分に提供できたとは言えなかった。そこで材料の加工から建物の竣工まで連続した一連の作業を体験できるセミナーを翌年に開催することとした。

みんなでつくる「木と土の家」

 分業化により建築設計に携わる技術者でも自ら建物を施工することはまずない。まして一般生活者が実際に職人が使う道具を使い実際の「木と土の家」をつくることなどありえないことだ。一般生活者が一連の家づくり作業をする機会を設けたのには理由がある。日曜大工の延長線としての楽しみを提供するためでは決してなく、このことで「木と土の家」の特長を深く理解できると考えたからだった。一般生活者が頭だけでなく手や体全体を使って材料の加工から建物の完成まで連続した一連の「木と土の家」づくりの作業を自ら行うセミナーを開催した。
 平成26年度1年間(全13回)かけて実施した講座では、参加者みんなで広さ2畳ほどの「小さな家」を建てた。面積は小さくても、仕口、版築、小舞壁といった山口で受け継がれる伝統的な構法からなる本格的な建物だ。さらにいま注目されている新たな技術であるスナゴケによる緑化屋根にも挑戦した。延べ99人の参加者があり「木と土の家」に対する関心の高さが裏付けされた。

「木と土の家」セミナーの成果

 セミナー参加者の感想を紹介する。
●日曜大工よりも数段高いレベルでの作業に苦労しながらも、プロの方の適切なアドバイスや手助けを受けて、作り上げていくことに喜びを感じさせてくれる内容でした。
●小さいけど自然素材のいっぱい詰まった建物を、一般の方を交えて作る体験ができて、本当に良かったと思っています。
●図面では、ちんぷんかんぷんだったホゾがちゃんと合って組み上がったときは感動しました。この家が、10年後20年後どう変わっていくのか見てみたいです。
●家が出来上がっていく様子は、幼稚園児にとってもとても興味深かったようで、回を重ねるごとに「あのおうちはどうなったの?」と、率先して参加したがるようになりました。多くの実験的試みなど、工夫されていて、今後の経年変化も楽しみです。

 一般生活者が「木と土の家」を建てたいと思っても情報を得る機会や場所はなかなかないのが現状だが、今回のセミナーにより一般生活者と「木と土の家」に携わる専門技術者の出会いの場を提供することができた。参加者が実体験を通して「木と土の家」にふれることにより、熟練職人の卓越した技能の魅力と文化的価値を認識することはもちろんだが、「木と土の家」そのものの特長を理解するきっかけになったと思っている。昨今の機械や業者任せの住まい方、経済性と合理性、見た目のかっこよさばかりが優先される住まいのあり方を問い直すきっかけにしてほしいと思っている。