「まち むら」137号掲載
ル ポ

豊かな自然を介して考える教育や人間本来の力
岩手県住田町 すみた森の案内人の会
町内の子ども全員が一度は森の案内人に関わる

 面積の9割を森林が占める住田町。「すみた森の案内人の会」(以下、「森の案内人の会」)は、町全体を博物館と見立てて町内外への魅力を発信し、農林産物の価値を高めたり町を活性化する「フォレスト・ミュージアム」の取り組み(「森の科学館構想」)を背景に、身近に広がる豊かな自然を媒介とする活動を展開している。宮沢賢治の作品の舞台にもなった種山ヶ原と、渓流釣りのメッカとしても知られる清流、気仙川をフィールドに、子どもから大人までを対象とする広い意味での教育、啓蒙に取り組む。
 子どもを対象とする活動では、町が行う町内の全保育園、小学校、中学校(各2園・校)の「森林環境学習」で講師を務める。保育園は春夏秋冬の年4〜5回、「森の保育園」行事のなかで自然観察・散策、ネイチャーゲーム、自然工作、木の実や植物採集などを行う。小・中学校は学校により学年ごとのプログラムが企画され、平成28年度の場合は小学1、2年生の自然観察や散策、植物採集ほか、中学校は両校とも1年生を対象に、種山の自然についての学習や自然観察、ネイチャーゲームなどを指導した。
 高校生への指導は行っていないが、保育園の行事の際に、生徒数名がボランティア・スタッフとして自主的に参加する。会設立から10年、当時の小学校高学年はすでに成人している年頃だが、それは町内の子どもたち全員が、一度は「森の案内人」と関わっていることを意味する。
 一般に対しては、おもに春、秋、冬に種山ヶ原で観察会を実施。町内外からの参加者たちをウォーキングや草木染め、リース作りなどで楽しませる。

意欲的な受講者たちが組織を立ち上げた

 「森の案内人の会」が設立されたのは平成19年。きっかけは住田町に出向していた林野庁職員だった。「森の科学館構想」の推進の一環として町外からの来訪者を受け入れる体制づくり、子どもたちを育てる活動を行うことを職務のひとつとしており、平成16年頃、町を取り巻く自然を学び、ガイドを養成する「森の案内人講座」(以下、「案内人講座」)を立ち上げた。当初から参加していた「森の案内人の会」の現会長、吉田洋一さんは「趣旨のなかに、ガイドとしてお小遣いくらいの収入を得られるようにしたいということが揚げられていて、それまで行われてきたものと違うという印象を受けました」と振り返る。豊かな住田の自然に抱かれて育ち「特別に自然に興味をもっていたわけではないが、嫌いではなかった」というが、講座が始まると意識はどんどん変化していく。大学の先生やそれぞれの専門家などそうそうたる講師陣の講義は「もったいないくらいでした」という。
 しかし3年後、その出向職員は異動になる。受講者たちは平成17年頃よりボランティアで「森の案内人の会」として活動していたが、会が生き残るためには独り立ちしなければならなかった。そこで吉田さんや初代会長の佐々木義郎さん、現事務局の佐々木慶逸さんらが中心となり、後任の出向職員のサポートを受けながら、正式に組織することになったというのが誕生の経緯だ。
 現在、会員は20代から70代の23名で60代が最多、近隣の陸前高田市、大船渡市、釜石市、金ヶ崎町からも参加している。事務所は設けず、立ち上げ当初はビデオやトランシーバーなどの購入に掛かったという経費も現在ではあまり掛からなくなり、年間予算は15万円ほどというコンパクトな体制だ。年会費や事業収入など数万円の収入があるが、支出も少ないので何割かが毎年持ち越されている。

参加者の力を引き出すガイドの技術

 同会の活動は自然がテーマであるが、それを目的とするだけではなく媒介にもしていること、個々の会員がそれぞれに高い意識を持って活動していることが特徴的だ。そもそも講座から誕生した組織であり、メンバーはその受講者たちである。暗黙の了解のようなものがあるのか、集まって熱く語り合うような場面はあまりないというが、「みんな『自然か好きだ』という気持ちが根底にあります。好きだから勉強して、知識を吸収してきた。今度はそれを伝えていこうとしています」と吉田さんは語る。入会資格を住田町が開催している「森の達人(マイスター)講座」修了を基本条件としていることからも、個々人が携える情報の量、質をとても大切にしていることがうかがえる。
 吉田さんは、子どもの頃おばあさんに山に栗拾いなどに連れて行かれ「どこに行けば何がある」と把握していたというが、他の会員にも同様の経験があるはずだ。これからはその山の恵みを大切にしないといけないという想いは、会員に共通するものであろう。
 だからガイド活動においては、単に生物・植物の名前や、景色がどうだとか、そういう情報の伝達には止まらない。「よく知られているものでも、いかに一般の人が知らない角度で説明していくかですね。それから、全部を説明してしまわずに、できるだけ参加者に自分で見つけさせるようにもしています」と、受け身ではなく、能動的に知る楽しさを体験させることにこだわる。
 さらには五感を大切に考え「お客さんには『今日はとにかく五感を磨いてください。そうすれば今までとは違うあなたになります(笑)』なんて言います。五感を磨くと、第六感も鋭くなってくると思うのです」。文明の進化と引き替えに失った動物的能力、第六感、それを取り戻せたら、世界が違って見えそうだ。
 子どもについては、最初から教えないのが「森の案内人」流。大人はそばに寄り添い、危機回避と補助役に止まり、体験したことか次につながるよう導く。そして願うのは「自分で考えられる人間に育つこと」。かつては家で行われていた、そんな教育の一部を担おうともする。

種山にゆかりの賢治に通じるよろこぶべき生き方

「いいと思ってやっても、効果が出なければ自己満足」。活動の評価基準はシビアだ。今後の課題はガイドの質の均一化。「初期からの会員は案内人としての自信もある程度つき、得意分野もできてきた。今、それを磨く時にきている」といい、会員たちはそれぞれに今も「森の達人(マイスター)講座」を受講し、自己研鑽に余念がない。
 設立時の「稼げるガイドに」という目標は達成されていないが、「そうなりたいが、そうとうむずかしい。お客さんよりかなり知識がないといけませんし、ただ『好きだから』という人が集まっているだけではなれない」と冷静だ。
 それでも、「年を取ってもできる仕事が見つかった」と満たされた表情。好きなことに夢中になって生きることは、種山を舞台とする「風の又三郎」などを生んだ宮沢賢治の生き方にも通じると考える。「人として生まれてきて、(ガイドをすることで)人のためになるって、二重丸でしょう」と破顔。「昨日行っても今日行っても、同じ種山は見たことかない」という奥深く豊かな住田の自然のように、人間もまた豊かでありたいものである。