「まち むら」136号掲載
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空き家対策からはじまった住民主導のまちづくり
京都府京都市東山区 六原まちづくり委員会
小学校閉校を機に気づいた地域の空き家問題

 京都市では、明治時代から昭和初期にかけて確立された小学校区「元学区」が、自治連合会や自主防災組織などの地域行政や住民自治の単位として用いられている。起源は明治2年、日本で最初に生まれた64の番組小学校。ここで紹介する六原学区も、下京第28番組の番組小学校として設立された六原小学校の元学区だ。人口約3300人。北は祇園、東は清水寺という観光地。昔ながらの町家、小さなビル、新旧の個人商店などが混在する。歴史性と利便性を兼ね備えたエリアだ。
 六原まちづくり委員会は、六原学区の自治連合会を母体に2011年に発足。空き家対策を主軸に住民主導でまちづくりが行われている。委員長の菅谷幸弘さんは六原学区出身。まちづくりの重要性に気づいたきっかけは、その5年ほど前に持ち上がった六原小学校の統廃合問題だったという。最盛期に1070人を数えた生徒数は閉校前には83人まで落ち込んだ。「地域の中心的存在だった小学校がなくなれば、ますます地域から若い人が減って、求心力や活気が失われるのではないか」と菅谷さんは危機感を抱いた。
 その頃、六原学区の自治連合会に2件、地域の空き家に関する調査依頼があった。2006年度の東山区役所、京都市景観・まちづくりセンター連名によるものと、2007、2008年度の京都女子大学・井上えり子研究室からのものだった。二つの調査協力を経て菅谷さんら地域住民は、地域に想像以上の空き家が存在することを実感した。「空き家は地域を衰退させます」という京都女子大学の井上えり子さんからのメッセージは、地域に強く響いた。

住民主導でまちづくり組織を立ち上げる

 2010年度、六原学区での空き家対策は本格化した。地域と大学、専門家が連携しながら空き家対策に取り組む行政事業「京都市地域連携型空き家流通促進事業」の対象地域に選ばれたからだ。学識経験者として京都女子大学の井上さんが、そして京都市景観・まちづくりセンターや京都府建築士会、京都府不動産コンサルティング協会といった組織から専門家が派遣された。月1度の会議を軸に意見交換を進め、方針を探った。町内会長の協力のもと空き家を特定し、アンケートを実施した。相続がこじれている、知らない人に家を貸すのが不安といった流通以前の問題が、空き家流通を妨げていることがわかってきた。ときには所有者のプライベートな事情にも踏み込まざるを得ない。空き家活用には腰を据えて取り組んでいく必要があるだろう。
 活動を継続しなくては、空き家は動かない。2年間の行政によるサポートが終了する直前の2011年秋、地域住民主導で自立的にまちづくりを進めるための組織「六原まちづくり委員会」が立ち上げられた。

徐々に実を結ぶ空き家対策

 最初に行ったのは、行政事業でつながった空き家所有者との連携を進めることだった。まず解決の糸口が見えたのは10年以上空き家になっていた町家。「東山アーティスツ・プレイスメント・サービス(HAPS)」という京都市内の芸術家を支援する団体の事務所として貸し出し、すべて借り手負担で改修する方針が固まった。100人以上に及ぶボランティアが、大工から技術を学びながら建物を改修するという、HAPSが主導するワークショップを経て空き家は再生。展覧会や勉強会なども開催される開かれた拠点となった。HAPSはその後も空き家の借り手をコーディネートするなど、六原まちづくり委員会の活動に深く関わっている。
 借り手負担で空き家改修を行う方法は、六原では一般的だ。たとえばT邸の場合、「改修費を負担しない」「信頼できる借り手に貸したい」という所有者の思いを汲み、HAPSの協力を得て、改修費を負担できる借り手を見つけた。改修スキームをまとめたのは京都府建築士会の寺川徹さん。借り手の要望を踏まえて改修設計し、145万円の改修費のうち90万円は京都市の補助金を利用することで借り手の負担も55万円に抑えた。このT邸は2010年に空き家だと判明してから流通まで5年を要した。片付けがネックになっていたためだ。そこで六原まちづくり委員会は兵庫県在住の整理収納アドバイザー、上坂薫さんに協力を依頼、「空き家の片付け支援プロジェクト」を実行。地域の消防団員をはじめとする18人で、わずか3時間で片付けを終え、活用へとつなげた。

よそ者が地域とつながる「やすらぎ・ふれあい館」

 六原まちづくり委員会の空き家対策は、所有者の悩みを解決するところから改修〜流通までワンストップで対応できることが強みだ。そのために様々なスキームや人材を蓄えている。町内会や消防団という既存のネットワークとも連携する。
 その柔軟な活動を支えるのが、六原学区の自治連合会や自主防災組織の拠点「やすらぎ・ふれあい館」だ。六原まちづくり委員会の会議は、毎回ここで夜7時半からはじまる。活動に携わる大学関係者、専門家、行政の関係者などが、会議が終わった後も、消防団員をはじめとする地域の人々と、缶ビール片手に時間を過ごす。そこでの雑談や議論は、その後のまちづくり活動につながることも多いという。六原まちづくり委員会がまとめた空き家対策の指南書「空き家の手帖」も、その製本作業を地域住民と専門家、大学の先生や学生さん、版元の社員ら29名がここで行った。制作費を抑えるのが主目的だが、まちづくりのプロセスを地域で共有するちょっとした工夫でもある。
 委員長の菅谷さんは活動の極意をこう語る。
「地域の課題を外部の専門家に解決してもらうのではなく、地域住民が共有し、共に解決することを意識しています。自立型のまちづくり活動のポイントは“行政が声をかけたくなる地域”になること。誰もが六原のまちづくりに自発的に携わり、知見や実績を持ち帰ることができるように、関係づくりに努めています」(菅谷さん)
 地域住民も、大学関係者や専門家、行政などのよそ者も、楽しみながら自発的にまちづくりに関わることができる文化そのものが、六原のまちづくりにおける大きな成果であり、資産となっている。