「まち むら」135号掲載
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「フードドライブ」を通じて、「見えない貧困」とつながりたい
東京都狛江市 NPO法人フードバンク狛江
 農林水産省の平成25年度推計によれば、日本の食品ロスは、年間約632万トンにのぼり、世界全体の食料援助量に匹敵するという。さらに注目すべきなのは、その内訳で、事業者と消費者に大きな差が見られないことだ。(事業系330万トン、家庭系302万トン)
 一方で、厚生労働省の国民生活基礎調査(平成25年)によれば、日本の相対的貧困率は16.1%、「子どもがいる現役世帯」では15.1%である。しかしこれを「大人が一人の世帯」で見ると54.6%となり、圧倒的に高くなっている。つまり「ひとり親家庭」の半数以上が貧困状態にあるということだ。
 最近、民間の取り組みとして、こうした「食品ロス」と「貧困」の問題を結び付け、両者の周知と解決を目指そうとする「フードバンク」の結成が各地で続いている。そんな中、今年5月にNPO法人の認証を受けた「フードバンク狛江」の理事長・田中妙幸(たえこ)さんにお話を伺った。

「直情的な性格」で、すぐに山梨ヘ―フードバンクとの出会い

 田中さんがフードバンク活動に興味を待ったきっかけは、平成26年9月に放映されたNHK「クローズアップ現代」を見たことだったという。白身を「直情的な性格」と語る田中さんが、番組で紹介されていた「フードバンク山梨」のある山梨県南アルプス市を訪れたのは、放送からわずか3日後のこと。大切に保存された当日の乗車券を見せてくれた。
「大きな食品保管庫と連絡事務所を持つ立派な組織でした。私はそんな規模だと思わなくて、狛江のおせんべいを15袋だけ持って行ったんです」
 「フードバンク山梨」の米山理事長からは、もし団体を立ち上げるのであれば、まず学習会を開催するようにアドバイスを受けた。
 狛江に戻った田中さんは、学習会開催に向け、一緒に取り組むボランティアを募集するため、社会福祉協議会にチラシを置いた。呼びかけに応えた数人とともに、任意団体として「フードバンクを考える会」を発足したのは平成26年末だった。

支援先確保へ行政と連携、初めての「フードドライブ」

 多摩川をはさみ、狛江市に隣接する神奈川県川崎市には、すでに「フードバンクかわさき」があった。田中さんはその活動を手伝いながらノウハウを学ぶ。
 「フードバンクかわさき」の母体となったのは、DVや虐待の当事者支援を行う組織だったので、食糧支援を緊急に必要としているシングルマザーと直接のつながりがあった。
 せっかく集まった食べ物の行き先が決まらなければ何にもならない。田中さんが狛江市の福祉相談課に、生活困窮者の状況を聞きに訪れると、当時主幹だった職員がフードバンクの取り組みに興味を示し、丁寧に説明をしてくれたという。
「多摩川の河川敷で暮らす路上生活者のこと、生活保護を受給している世帯の半数以上が高齢者世帯であることなどを知りました」
 平成27年2月、「フードバンク山梨」の米山理事長を迎え、第1回の学習会を開催した。同7月には「フードバンクかわさき」の高橋代表と、市の福祉について教えてくれた職員を講師に、第2回の学習会が聞かれた。どちらも、席が足りないほど多くの参加者があった。
 第2回学習会の開催に合わせ、初めて取り組んだのが「フードドライブ」だ。
 フードドライブとは、家庭で余った食品を学校や職場などに持ち寄る活動で、アメリカでは一般的なチャリティ活動として普及している。集まった食品を必要としている団体や個人に無償提供するのがフードバンクの役割である。
 学習会の参加者へ、事前にフードドライブの協力を呼びかけたところ、当日は44名から食品が寄せられた。その後、狛江市と簡単な書面を交わし、市の福祉相談窓口を通じて、食糧支援を必要とする市民に、第1回フードドライブの成果が提供されることになった。これが実質的なフードバンク狛江誕生の瞬間である。
 市の相談窓口の通称は「こまYELL(エール)」。生活困窮者自立支援法の施行に先立ち、平成26年10月からモデル事業として開設されたものだ。専門の支援員が自立相談、就労準備などの支援を行う。
 現在もフードバンク狛江から食糧支援を受ける個人のほとんどは「こまYELL」を通じ、つながっている。原則的には、支援員がフードバンク狛江で食品を受け取り、例外的に、窓口の許可を得た困窮者本人が訪れることもある。団体の発足当初、田中さんの自宅が食品の保管場所になっていたこともあり、トラブルを避けるために市が出した条件だった。
 フードバンク狛江は、その後も、市内で開催されるお祭りやイベントにブース出展し、フードドライブで食品を集めた。また、大手の新聞に記事が掲載されたこともあり、市外からも食品が送られてくるようになった。
 役所や事業所、町内会などが備蓄した非常食は保存期限が近づくとフードドライブに寄せられてくるが、商品を提供してくれる関係にある企業は、現在のところ1社だけだという。
 支援先は個人だけでなく、障がい者福祉団体、高齢者支援団体、フリー・スクールなどの様々な団体へ広がっている。最近話題の「子ども食堂」もそのひとつだ。

NPO法人設立、倉庫兼事務所の開設―日常業務の様子

 今年5月に法人登記を完了し、7月にはアパートの一室を食品倉庫兼事務所として借りることができた。筆者が取材に訪れた際には、大学生数名と田中さんご夫妻がそこで出迎えてくれた。
 現在、夫の究(きわむ)さんは副理事長として、理事長を支えているが、当初は、妻の提案に反対していたという。永年郵便局に勤務し、物流の難しさを知っていたからだ。
 そこで強力な助っ人になってくれたのが、近隣に砧キャンパスを構える日本大学商学部の学生の皆さんだった。彼らはまさに物流を専門とするゼミから来ている。ホームページの作成管理や、イベントでの運営スタッフなどで大活躍しているという。
 事務所は、毎週月曜日と木曜日に開いている。午前中から「こまYELL」職員への支援品受け渡し、近隣の人の寄付、市外から届いた食品の整理、見学の申し入れや対応など慌ただしく過ぎていく。
 フードバンク狛江のホームベージによれば、寄付を受け入れられる食品は以下のようなものに限られる(一部抜粋)。
・常温保存ができる食品
・中身には何の問題もない商品(外箱に傷がついた、印字ミスなど)
・賞味期限までは間があるが、小売店などで販売する期限が切れた商品
 賞味期限切れの商品、生鮮食品、嗜好品(酒・たばこ等)は受け入れができない。
「希望するのは、フリーズドライの味噌汁やスープです。いつも米やパンと一緒に渡せればと思います。果汁100%のジュースも喜ばれます。あとはめんつゆですね。贈答品のそうめんやうどんは入ってくるんですが、つゆがなくて困ります」
 米があっても、炊飯器や鍋を持っていない生活困窮者もいるという。鍋は提供できたが、今度は炊飯方法がわからず、料理学校勤務の経験があるスタッフに手順メモを作ってもらった。後日、上手く炊くことができたと喜ばれたそうだ。

「見えない貧困」とどうつながるか―最大の課題

 最後に、これまでの活動を通じて、一番苦心していることは何かと尋ねた。
「何よりも、本当に困っている人にどうつながっていくのか、それが私たちの最大の課題です」
 例えば先述した「子ども食堂」は市内に3か所あるが、困窮家庭の子どもはほとんど来ないという。
「当事者からすれば、貧困は世間に見せないし、子どもに見せたくないのでしょう。誰かに食べ物をもらうって、本当は簡単なことじゃないんです」
 集めなければならないのは、「食品」よりも、そうした「見えない貧困」とひとつでも多くつながるため、必死に手を伸ばす「人」かもしれない。田中さんの言葉に胸が熱くなった。