「まち むら」133号掲載
ル ポ

町歩きから生まれた地域密着型文化サロン
奈良県奈良市 京終さろん
 奈良の玄関口の一つであるJR奈良駅から南へひと駅。京終駅(「きょうばて」と読む。古い名称が多く残る奈良でも難読地名として挙げられることが多い)から歩いて約5分のところに「ゲストハウスならまち」がある。代々書道家が住んでいたという大正時代の町屋造りの建物を利用した宿泊施設で、国内外の旅行客に人気の宿だ。
 「この建物に惚れ込んでゲストハウスを始めることにしました」と話すのはオーナーの安西俊樹さん。そして宿を始めたことで改めて必要性を感じたのが「自分たちが暮らす場所について知ること」だった。その考えから生まれたのが、地元の人から地元の歴史や文化を学び、参加者が交流を深める「京終さろん」という取り組みである。

はじめの一歩は地図作り 画家との出会いが契機に

 建物との出会いをきっかけに宿泊業を営むことになった安西さんだったが、ゲストハウスならまちが位置する場所は、観光客で賑わうエリアからは少し離れた立地。自治体などが発行した観光客向けのパンフレット等を見ても、そのほとんどが奈良市の中心街を取り上げたもので、安西さんのゲストハウス周辺の情報は至って乏しい状況だった。「このあたりのことをもっと知りたいと思いました。折に触れて近所でお店をやっている方々と話してみると、『地図がほしい』という声が多く聞こえてきました」。
 そうしたタイミングで出会ったのが、近くにアトリエを構える画家の大八木けい子さん。5*SEASONという作家名でパステル画家として活躍する大八木恵子さんが制作を買って出てくれたことで、一気に地図作りの機運が高まった。
 「地図を作るべく集まったメンバーは7人。私たちは町を歩くことから始めました。歩いてみると、次から次に発見がありました。知りたいことがどんどん増えました。人づてに町の長老を訪ねると、皆さん物知りで、どんどん興味深いネタが出てくるんです。どなたかがおっしゃっていましたが、何もないのではなく気づいていないだけ、誰もいないのではなく出会っていないだけだったんですね」。名所旧跡はもちろんのこと、そこに暮らす人たちの知恵や知識も町の財産そのもの。それを織り込んだ地図を作るための町歩きは、実に1年に及んだ。

多彩な語り手によるさまざまな奈良学

 外からやってきた人が楽しめるものを目指した地図には、紙面いっぱいを使って驚くほどの情報が盛り込まれた。細やかで温かみのある手描きのイラストと文字が好評で、手直しをしつつ版を重ねているという。最初の発行時には100件ほどの広告を集めて印刷代を調達したそう。
 「地域のお店へお願いに回りました。それがご縁になって、今に繋がっていると感じます。初めて地図ができたとき地元の神社でお祝いの会をしようという話になり、神社でさせていただけるなら京終の発展祈願祭ということにしてお祓いもしてもらおうとなり、ご近所の方など約50人が、それぞれいろんなものを持ち寄っての会合に。とても楽しいものになりまして、今後も何かできないかと」。
 これが「京終さろん」の端緒だ。地元の人々の声を丁寧に拾い、地元の風土や伝統を掘り起こし、それをまた地元にフィードバックする場を作るという試みは2013年に発足。それから月1回開催のペースを守り、4年目に入っている。参加者は平均して50人程度、多いときは80人にもなったそう。毎月開催し、一定の人数を集めているというのは、奈良という地方での手作りイベントとしては大成功!
 毎回のテーマ設定の充実度から言えば、この参加者数の安定感も納得できる。例えば「日本に一つの朱専門店である木下照僊堂の木下和子さんが話す、枕詞“青丹よし”とも深く関わる朱の起源などのお話」や、「奈良人形中興の祖と呼ばれる森川杜園について、元奈良女子大学附属小学校副校長の大津昌昭さんが語る」など、奈良という場所ならではの題材や語り手は、なかなかの吸引力だ。
 もう一つ「京終さろん」の人気の理由として忘れてはならないのが、おいしいお弁当の存在。地域の仕出し料理屋さんによるもので、参加者の楽しみとなっている。「おいしいものがあって、ちょっとお酒も飲めて、それでおもしろい話を聞くことができるというのが、やっぱりええよなという意見にまとまって(笑)」と安西さん。参加者には高齢者が多く、毎月の「京終さろん」は学びの場であると同時に、互いに健康であることを喜び、社交する場にもなっているようだ。それは参加者のリピート率の高さと無縁ではないだろう。

町の活性化には連鎖反応が大切だ

 さて、観光客の動線的になんとなく町はずれ感があった京終界隈だが、地図製作の取り組み以降、新しい動きがいくつかある。
 例えば「京終さろん」が協賛して開催している「一箱ふるほん+あるふぁ市 まほろばステーション京終玉手箱」。参加者が古本を箱に詰めて持ち寄っての販売、軽食やドリンクの販売、紙芝居や馬頭琴の演奏なども行われるイベントで、JR京終駅構内と駅前広場で行われている。京終駅は小さな無人駅だが、木造の美しい駅舎が印象的だ。近年観光客に人気の高いいわゆる「ならまち」エリアの南端に位置しており、この駅の活用度が高まれば人通りも違ってくるだろう。 そうしたことを意識してか、昨年末には、ゲストハウスならまちからほど近いバス通りに面した場所に、奈良市の観光案内所がオープンした。観光案内所、レストラン、カフェ、図書スペース、駐車場などを有する施設だ。全国的な人気を誇る奈良市にあるカフェが運営を請け負ったことで話題をさらい、京終エリアのランドマーク的存在になることが期待されている。
 「いい方向に向かっていると思います。高齢化社会で町を若返らせるというのは現実的ではないなと。であれば町の成熟度をどう深めるか。まずは、私たち住民が町を楽しんでいることですね。歴史を縦糸に、地域を横糸に、人のつながりを斜めに織り込んで、いくつもの創意工夫でエリア全体の魅力を深めて、京終界隈を大人の遠足ができる場所にしたい」。
 誰かが動き出すことでフォロワーが生まれる。そしてそれぞれが存在感をもって継続されてゆき、また新たなフォロワーやスピンアウト企画を生む。町の活性化は一朝一夕にはできないのだから、こうした連鎖反応は不可欠なのだ。