「まち むら」133号掲載
ル ポ

誰もが喜ぶ「まちのトイレ」でおもてなし
長崎県長崎市 「みんなにやさしいトイレ会議」実行委員会
観光地のおもてなしの基本

 鎖国時代、出島を通して世界の文化が伝来した長崎。異文化を受け入れ、独自に発展してきた食や伝統芸能など観光資源が豊富だ。港に大型クルーズ船が多数寄港し、外国人観光客が買い物を楽しんでいる。高台から見渡す夜景は、世界新三大夜景。2015年には、端島炭坑など長崎市内8施設が世界文化遺産となった。主要観光地では英語や中国語、韓国語をあしらった案内板やパンフレットが設置されている。飲食店では旬の食材を味わうことができ、カステラや角煮まんじゅうなど、地元ならではの土産品がたくさんある。観光地長崎の魅力について聞かれたら、こうした情報はすらすらと案内できる。
 では「多目的トイレは近くにありますか」という問い掛けには、即答できるだろうか。観光地を巡る道中にどんな公衆トイレがあるのか、そこは車いすの人も安心して使えるのかなどは、大切な情報なのにほとんど知らないことに気付く。こうした公衆トイレの現状について真剣に考え、環境を整備するために行動している団体がある。市民、メーカー、自治体職員等が参加する「『みんなにやさしいトイレ会議』実行委員会」だ。竹中晴美委員長は「観光地にとって、公衆トイレはおもてなしの基本の『き』です」と語る。

まち歩きで気付いた視点

 きっかけは、竹中さんが主催する女性を対象にしたまち歩きイベントだった。イベント当初の参加者から「公衆トイレは、汚いし、臭いし、使い勝手が悪いし、ほとんど使わない」という声を聞く。「トイレの使い勝手の悪さで、長崎のイメージを崩してはもったいない」と感じた。しかし、そもそも女性たちがあまり使っていないので、「公衆トイレの使い勝手が悪い」という声は、管理する行政まで届きにくいという現状が立ちふさがる。「自分たちは使わないからと知らん顔できない」。竹中さんは2011年1月、同委員会を組織。名称には、女性だけでなくお年寄りも、障がいがある人も、子どもも大人も、子育て世代も、みんなが安心して使える公衆トイレを増やそうという思いが込められている。

「使い勝手基本マニュアル」の提言

 実行委は、実際に公衆トイレを巡り、使い勝手を調査。緊急ブザーが壊れたままになっている場所など、改善点を洗い出し報告。年に一度「トイレシンポジウム」を開催、専門家からトイレ問題について学んだ。こうしたことを踏まえ、「使い勝手基本マニュアル」を作成。その項目は「女性用トイレに全身鏡を設置する」「男子トイレにもベビーキープを」「緊急ブザーは、倒れたときも押せるよう上下2カ所に」など、実際に使うことで見えてきた細やかな気づきを盛り込んだ。まちなかの賑わいの再生を図る「まちぶらプロジェクト」を推進している長崎市と連携し、2013年度からはトイレ設計の段階から、行政との話し合いに参加。マニュアルが採用され改修したトイレは、2016年2月現在で6カ所となった。

広がる「まちかどトイレ」

 安心してまち歩きや買い物を楽しむためには、公衆トイレの整備だけでは不十分だ。お年寄りもたくさん訪れる商店街で、「トイレだけでもどうぞ」という店舗が増えれば、どんなに安心な気持ちになるだろう。竹中さんたちは、協力店を探し歩いた。
 現在、長崎らしい路面電車の外観が有名なレストラン「きっちんせいじ」(東古川町)と、幅広い年齢層に人気のカフェ「チェントアニ」(新大工町)が「みんなが使える まちかどトイレ」の看板を掲げている。みんなに使いやすいように和式を洋式に改修するなど、トイレ環境も整備した。テレビや新聞でこの活動を知った「まちの寄り処 森岳」(島原市)も手をあげてくれた。このまちかどトイレ設置事業がモデルとなり、2015年4月、長崎市は「長崎おもてなしトイレ支援事業」を始動。市まちなか事業推進室が窓口となり、市中心部エリアにある、一般に開放する民間トイレの改修費用の一部を助成している。

地道な取り組み「進化」を実感

 訴え続けてきた地道な取り組みは、多くの市民の共感を得た。ボランティアやまちづくりに取り組む団体を表彰する「市民活動表彰 ランタナ大賞」で2014年3月、大賞を受賞。同年9月には、「ながさき・おもてなし表彰」県知事賞に輝いた。同年11月は、日本トイレ協会グッドトイレ選奨を受賞。竹中さんは「地域で取り組んできた地道なトイレ活動が評価をいただけてうれしい。私たちも、ようやく少し進化したと実感した」と振り返る。
 実行委は、活動の様子や提言などをまとめた「トイレタイムス」を不定期で発行している。2015年3月の第2号では、トイレにちなんで「110人に聞きました『あなたにとってトイレとは?』」という特集を展開した。「安らぎの場」「食べるのも大事、出すのも大事」など、トイレに対する市民の思いを紹介。前述の「まちかどトイレ」にも設置されており、トイレについて考えるきっかけを提案してくれている。

長崎に来たら公衆トイレへ

 実行委は2016年で発足5周年を迎えた。女性らしい柔軟で細やかな気配りのおかげで、「汚い、暗い、怖い」といった公衆トイレのイメージは、少しずつ払拭されている。2015年2月に改修された、思案橋の飲食店街近くにある丸山公園(寄合町)の公衆トイレは、瓦屋根や壁の色合いなど、景観を壊さない工夫がある。今年2月1日に改修されたばかりの湊公園(新地町)は、二つだった女子トイレの数が三つに、これまでなかったオストメイト機能付きの多目的トイレが新設、女子トイレには子ども用の小さな便器も登場、行政との話し合いが、またひとつ実を結んだ。
 湊公園は長崎の冬の風物詩「長崎ランタンフェスティバル」の主会場でもあるので、これからも多くの観光客に喜ばれることだろう。いつまでも使いたくなるトイレであるように、使う側のマナーについてもしっかり考えていきたい。
「市民が関心を持てば、まちのトイレが変わる」と竹中さん。これから観光地長崎の魅力について聞かれたら、「使いやすい公衆トイレ、ありますよ」と伝えようと思う。