「まち むら」132号掲載
ル ポ

岩木山を取り巻く自然環境の保全と育成を願って
青森県弘前市 岩木山桜会議
サクラを咲かせてあげたい そのやさしいが活動の出発点

 弘前市の西部に秀麗な山容を浮かび上がらせる岩木山、神々しいまでのその姿は正に津軽の象徴である。この山の周りには活動の目覚ましい団体が多いというが、そのひとつ、岩木山桜会議(以下、桜会議)は、岩木山麓を中心に山や森の育成と環境美化、地域社会の維持・発展への寄与を目指して活動を展開している。発起人は、事務局長の三浦勝衛さん。森林管理署を退職後、何かボランティア活動をしたいと考えたが、既存の団体では「山男」ができることもないと謙遜、前からオオヤマザクラのことが気になっていたことから自分で組織を立ち上げた。
 そのオオヤマザクラとは、昭和60年の岩木町(現弘前市)の合併記念事業を発端に、平成15年までに青森県や周辺市町、団体等が関わって岩木山の麓を囲む県道3号・30号沿い46キロメートルにわたって約1万本植えられたものである。広く親しまれている嶽地区の「世界一長い桜並木」も含めて「岩木山オオヤマザクラネックレスロード」と名付けられ、春には咲き乱れるサクラで岩木山にネックレスをしたような景観になるはずだった。ところが植樹後、育樹活動が行き届かず、十分に花を咲かせられないばかりか枯れかけるものも出てきたため、手を掛けてサクラを元気にし、景観をよくしたいと思ったのだという。
 桜会議の設立は2009年5月だが、準備は1年ほど前から始めた。先駆者に学ぼうと岩木山関係をはじめとする活動団体・個人も50〜60件訪問し、そのなかからの参加も期待したが、多くの人が多忙で、賛同はされたが参加には至らなかった。そこで、誰も知らない新しい団体に人を呼び込むために、まずは存在と活動目的を知らせて興味を持ってもらうことを考えたといい、団体名には古くから御山信仰の対象とされ津軽で特別な存在である岩木山と、多くの日本人が好きなサクラを使いイメージの創造も図った。
 2008年初秋、友人、知人、元同僚などに準備会員の募集を知らせ、10月には岩木山を一周する観察会を実施。歴史や景観を楽しみながら桜並木の現況、廃棄物の状態を見せて、問題意識を喚起した。やがて活動の柱を「ヤマザクラの保育ボランティア活動」「岩木山麓のゴミ対策」「自然を楽しむイベント」「森林整備」「山や木の文化の学び」とまとめ、それを掲げた入会案内を翌年2月配布した。

活動の原動力となる「問題意識」を喚起することから

 活動は年頭の総会に始まり、4月から11月中旬までの間、月1〜3回くらいのペースで作業やイベントを行う。基本的に毎年の繰り返しだが、都度、工夫や変更が加わる。2015年の活動は次の通りである。
4月街路樹手入れ/5月上旬山桜花見会、育樹会準備@、桜のまほろばにおいて丸太橋掛け・歩道修理・蜂対策等の作業/6月育樹会準備A、桜のまほろば「育樹会と縄文遺跡見学会」開催/7月下草刈り2回/8月防風林内のつる切り・ごみ収集清掃/9月枯れ木・枯れ枝撤去/10月街路樹手入れ/11月下枝整理・丸太橋保管・作業後昼食会
 多くは岩木山周辺に街路樹といs手植えられたオオヤマザクラの保護・育成作業だ。車窓ではわからないが、近づいてみるとツルに巻き付つかれたサクラが何本もある。周辺の道路脇には飲料、食料の容器などが多数捨てられ、またリンゴ産地である一帯は、トラック搬送中に飛んでしまった梱包用の大きな緩衝材もあちこちに落ちている。手入れ作業の日、集まった参加者は挨拶と支度を済ませると、割り当てられた持ち場に淡々と散っていく。絡んだツルを切る人、ゴミを拾う人……。どちらかというと黙々と、あたりまえのように作業を進める。
「これ見てください」と1本の幹を示された。細い筋が刻まれている。支柱にビニール紐等でくくりつけた跡だという。天然素材のものを使っていたらこうはならない。発注者の認識・知識不足が招いた結果だ。桜会議は、育成作業の必要性と併せて、このような問題の改善を求める行政への働きかけも行う。
 8月に作業を行った防風林は岩木山環状線沿いの一帯にあり、中にオオヤマザクラが多く自生している。ここも同様に絡んだツルなどで景観が損なわれている。
広く市民が参加するイベントも開催する。上記5月の「育樹会準備@」から6月「育樹会と縄文遺跡見学会」までは、2011年に弘前城築城400年記念事業の一環として主催した「岩木山植樹祭」(後援・津軽森林管理署、弘前市ほか)の続編にあたる。植樹祭には250名の募集に290名もが集まり、東岩木山国有林内にオオヤマザクラほか落葉樹1000本の苗木を植えた。当時は桜会議が発足して3年目、顔も名前もうろ覚え同士の会員30数名で運営した。
 その後も市民参加のイベントは、「郷土を育む 郷土を知る」というキャッチコピーで年1回の開催が定着。そんな実績からか「名刺を出すと存在を知っていてくれる人が多いです」と代表理事の鈴木勝男さんは誇らしげだ。他団体との連携関係も良好に構築している。
 なお、初回の植樹会場だった国有林は、「自然の大切さなどを学ぶ市民教育の場」として津軽森林管理署から5年間無償借用する協定を締結。「桜のまほろば」と名付けて下草刈りなどのイベントを実施し、育樹に取り組んでいる。

縛らない活動に集まる「本気」の参加者たち

 桜会議の会員は現在、正会員82名、賛助会員25名、男女比は6対4程度で年齢層はおおよそ30〜80代。特徴を形容するなら「自由」や「大人」といったことばになろう。設立以前から「強制しない」「そのときの状況で最大のことをする」という方針は決めていて、会員募集のチラシには「この運動を一緒にしませんか(ボランティア活動は必ずしもしなくていいよ)」とある。「退職した人が、ボランティア活動であれこれ指示されたらいやでしょう」という。実際、作業に参加する人もいれば、資金だけ参加の人もいる。作業参加は多くなくても会員が多いことが会を支えるといい、「顔を見せてくれるだけでもうれしい」と宴会だけの参加者も歓迎する。
 活動日も年3回発行する会報に掲載するだけで、通常は出欠確認をしないので、当日現地に集まってみるまで参加人数はわからない。参加者はそれぞれの志向や都合で参加したりしなかったりだ。運営側も「来てください」とはいわない。作業や勉強に、遺跡見学や山菜料理の会などお楽しみ企画をプラスして、参加者が来たいと思うのを待つ。
 そんな自由な場に集まってくる人たちの意識は高い。動機が、人に誘われたからではなく、自分で意義や価値を認識しているからにほかならないからだ。「紹介はいいけれど、勧誘は望まない」。人と交わることは楽しむが、深まりすぎたり、左右されたりする関係は、時として活動の妨げになると警戒する。
 強制されずに自分の想いで取り組む活動は楽しく、満足感もひとしおだ。作業に参加する人たちはほとんど退会しないというのは充実感のためと推測される。しかも年会費制の桜会議、「金出してボランティアやるのですからねぇ」と愉快そうな三浦さん。真骨頂はそこであろう。本来の意味での「ボランティア精神」の触発と、それによって誰かの役に立つことで得られる充実感の経験が、オオヤマザクラと、そして人と地域を育てている。