「まち むら」132号掲載
ル ポ

未来に引き継ぐ活動を27年間続ける
福岡県福岡市東区 和白干潟を守る会
 冬、福岡市の博多湾の東奥部に広がる約80ヘクタールの和白干潟(海域は約300ヘクタール)は、越冬する渡り鳥たちでにぎやかだ。江戸時代からこの海域に渡ってきた記録が残るミヤコドリ、絶滅危惧TB類のクロツラヘラサギ、優雅に群舞するハマシギ、15種類を超えるカモ類…。豊富なカニやゴカイ、貝、藻類などが渡り鳥の餌となる。これらの底生動物は巣穴を掘って地中に酸素を送り、汚染の原因となる有機物を食べて海の浄化にも活躍する。人もまた、干潟から貝の栄養をいただいている。博多湾を埋め立てながら発展してきた150万都市の海岸に、多様な生き物が命をつなぐ干潟があることに驚く。この干潟の保全活動を27年間続けている市民団体が「和白干潟を守る会」だ。

埋め立て反対運動が始まり

 守る会によると、和白干潟では東アジアの渡り鳥の南北と東西の2ルートが交差するため、渡り鳥の種類が多い。越冬地や中継地として国際的に重要な湿地だ。1980年以降、確認された野鳥は238種類に上り、通常は年間100種類ほどを観察できる。もう一つの特色は、ヨシ原や塩生植物、樹林帯が連続する自然海岸だということ。現在では、全国的にも珍しくなっているという。
 守る会代表で、和白干潟の近くで生まれ育った山本廣子さんは「子どもの頃、夏は毎日、干潟の海で泳いでいた」と振り返る。山本さんは高校卒業後、上京して7年間、絵の勉強をして帰郷。宅地開発が急速に進むなか、福岡市は1978年、和白干潟を含む博多湾東部を埋め立てる港湾計画を打ち出した。探鳥会の活動などで干潟への思いをさらに募らせていた山本さんは1987年、300人の署名を付けて和白干潟保全の請願書を市議会に提出。翌年、署名活動で協力した友人たちと守る会を結成した。
 環境庁(当時)長官から干潟保全への十分な配慮を求める意見書も出され、和白干潟は埋め立てを免れた。だが市が替わって示したのが、沖合の約400ヘクタールを埋め立てる人工島計画。守る会は他の市民団体とともに、干潟を閉鎖的な海域にし、潮流にも影響を及ぼす人工島計画にも反対運動を展開したが、市は1994年に着工。現在は6500人が暮らすアイランドシティとなっている。

調査と清掃、観察会が3本柱

 山本さんは守る会が27年間続けてきた活動について「調査とクリーン作戦、自然観察会が3本柱」と言う。
 調査は鳥類と水質、砂質が対象。毎年1月に行う鳥類調査によると、人工島ができる前と比べ、水鳥の羽数は減少傾向だ。例えば昨年は、カモ類は4676羽で、最多だった1992年の2万3719羽に比べると5分の1に、シギ・チドリ類は1990年代の約1600羽から945羽に減っている。
 クリーン作戦は毎月1回、一般参加を募って第4土曜日に2時間実施。清掃後には自然観察を取り入れている。最近は社会貢献活動に熱心な企業や大学、高校などの団体参加が増えているという。
 和白干潟の海域では、毎年9〜11月ごろ、アオサが大量発生する。湾の富栄養化などが原因とみられる。アオサの回収作業は骨が折れるだけに、山本さんは「若い人たちの参加には本当に助けられている」と感謝する。11月のクリーン作戦にも、近くの福岡工業大城東高校から約60人の生徒が駆けつけてくれた。
 アオサはカモなどの餌になるが、大量発生して干潟に積もり、腐ると、干潟の酸素が不足して貝などが死んでしまう。アオサの大量発生は今後も大きな懸案だ。
 守る会が独自の環境教育プログラムに基づいて行っている自然観察会は、保育・幼稚園児から小・中・高校生、大学生、教職員、企業・団体まで幅広い層が対象。「和白干潟を実際に見てもらうことで、身近な自然の大切さと同時に、地球規模の自然のつながりを考えてもらおう」と始めたこの観察会には、守る会の記録によると、昨年まで364回開催し、延べ1万6974人が参加した。
 観察会では、干潟の生き物の種類や特徴、生態などを図解した紙芝居で干潟全体の話しをした後、バードウオッチングと干潟に入っての生物観察をする。アサリやウミニナを採取して海水の浄化実験をし、小さな生き物の浄化パワーを視覚的に実感させる。最後はごみ拾いをしてもらい、誤って食べた水鳥の命を奪うこともあるプラスチック類などの漂着ごみに気付かせ、「ごみを拾う、捨てない」気持ちを醸成する。
 中には毎年参加する保育園、小・中・高校、短大もある。山本さんの母校、和白小学校もその一つ。4年生全員が毎年夏と冬に観察会に参加し、学んだことを新聞や紙芝居、寸劇などにまとめ、発表し合っている。
 市民に楽しみながら和白干潟の魅力を知ってもらおうと、グリーンコープ生協と連携した「和白干潟まつり」も毎年開き、今年で27回目を数えた。画家が本業の山本さんは、切り絵作品でも干潟の魅力を伝え続けている。
 これらが地域の文化や自然を未来の子どもたちに伝える活動と評価され、守る会は一昨年、日本ユネスコ協会連盟の「プロジェクト未来遺産」にも登録された。

ラムサール条約登録を目指して

 守る会の課題の一つは、会員の高齢化。会費を納める会員は全国に約260人いるが、活動に実際に参加しているのは50〜70代を中心にした20〜30人ほど。「若い世代に参加してもらい、活動を引き継いでいきたい」と山本さん。
 最大の課題は、国際的に重要な湿地を保護するラムサール条約への登録だ。和白干潟は2004年に同条約登録の候補地に選ばれたが、登録の前提となる国の特別保護地区指定は見送られ、鳥獣保護区にとどまっている。守る会は9723人の署名を集め、今年1月、ラムサール登録に向けた積極的な取り組みを福岡市に要望したが、市の対応は鈍い。
 ラムサール条約を担当する環境省野生生物課によると、登録には地元住民の賛意が必要だが、和白干潟は野鳥による農作物被害や規制強化による開発停滞への影響を懸念する声が一部にあるという。
 山本さんは「干潟は地球上で最も生き物が多様な場所の一つ。命が循環しながら海を浄化する。地球のあるべき姿が凝縮されている。和白干潟の保全にみんなが責任を持つためにもラムサール条約登録を目指したい」と強い決意を語る。