「まち むら」131号掲載
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官民一体となって取り組む中山間地域住民の健康づくり
島根県雲南市 身体教育医学研究所うんなん
「身体教育医学研究所うんなん」の設立の経緯と活動

 平成16年、周辺地域の6町村が合併して誕生した雲南市。出雲神話「八岐大蛇」伝説の舞台となる地域だ。面積553.4キロ平方メートルの約80%が森林で、人口は約4万人。65歳以上の高齢者の割合は35.4%(平成27年3月末)と、少子高齢化が進む。
 そうした状況を背景に、平成18年4月、身体を動かすことに関わる健康づくりと介護予防の研究と実践を目的に誕生したのが「身体教育医学研究所うんなん(以下、研究所うんなん)」だ。現在、雲南市の健康福祉部に所属している。
 「研究所うんなん」の前身は、平成6年、吉田町(旧吉田村)に設立された「高齢者福祉施設ケアポートよしだ(以下ケアポートよしだ)」。これは、日本財団が高齢者福祉のモデル事業として富山、島根、長野の全国3カ所で始めた事業で、東京大学の元副学長武藤芳照氏(現名誉教授、日体大総合研究所長)が吉田村に調査に入り、モデル事業第2号として開所した施設だ。
 「健康寿命が長く、医療費がかからない地域づくりのための実践・研究」を目指して同氏の指導の下にスタートした「ケアポートよしだ」は、地域運動指導員、いわゆる核となる人材の養成を積極的に実施。高齢者に遊びを取り入れた運動を広め継続することで、数年後には自立度・介護予防の効果を上げることに成功した。
 そこで合併を機に、高齢化率の進む雲南市全域に広めようと、「研究所うんなん」が設立されたのである。

地域の活性化につながる住民の健康づくり

 「研究所うんなん」は、“生涯健康でいきいきと暮らす、小児期からの健康づくり”を理念に、子どもの心と身体の育成、壮年期の健康増進、高齢期の介護予防、転倒・寝たきり・認知症予防を目指している。事務局長、研究員、運動指導士、保健師、企画院の8名が、指導者の育成・事業に対する評価・学術研究に取り組んでいる。大学院でスポーツ医学を学び、研究所設立と同時に入所した北湯口主任研究員は、「研究を実践に生かし、実践で得た学びや課題、気づきを研究に反映させます。両者をうまくサイクルさせて地域に還元し、個々に合った適度な身体活動を促進していくことを意識しています」と語る。
 そのために欠かせないものが、地域住民の「つながり」だという。雲南市の女性の平均寿命は87歳で、国内でもトップクラスの年齢だ。要因は、澄んだ空気や水、食べ物、保健医療や福祉の充実など、さまざまな要因が考えられるなかで、大きく影響しているのが地域や人との「つながり」だ。それもストレスにならない心地よいつながりを持つことがポイントで、個々の健康だけでなく、地域全体での身体活動の実践にも役立つ可能性があるという。
 そのためには、そこに住む人がいかに人とつながっていけるのかという地域づくりの視点が必要だ。田畑、山や川の環境保全にとっても、地域住民の健康は欠かせない。地域住民の健康づくりは地域全体の活性化そのものでもある。

大東町阿用地区のアヨさん体操の誕生

 地域の活性化と健康づくりを同時に進める好例として、雲南市大東町阿用(あよう)地区の取り組みがある。約400戸1250人(平成26年10月)が穏やかな暮らしを営み、高齢化率32.5%でありながら地域活動は活発だ。
 なかでも阿用地区振興協議会(永瀬康典会長以下、全16自治会)はユニークな事業を展開。子育て支援、高齢者福祉の増進、環境保全、農・商・工業の促進活動などのなかに、体操による地域ぐるみの健康増進活動を掲げている。その名も「アヨさん体操」。3年前に地域住民が主体的に働きかけてできた体操だ。永瀬会長(67)は、「阿用は農業が中心で、われわれも有機農法塾をつくり熱心に取り組んでいます。しかし、高齢になると腰や膝の痛みを訴える仲間が増え、これが住民の共通の悩みでもありました。そこで、痛みをやわらげる、あるいは予防する手立てはないかということで体操の話が出たのがきっかけです」と振り返る。
 さっそく有機農法塾の平成24年度事業で取り組むこととなり、研究所うんなんに相談し、腰痛・ひざ痛予防の体操が完成した。「立っても座ってもできる簡単な動作で、3分でできます。手軽な運動をひとつでもいい、無理なく続けることが大切」と、西川喜久子運動指導士。現在、地区の行事や会合、趣味の会などの始まりに行ったり、各家庭に、住民がモデルとなった写真入りの体操マニュアルシートが配布されたりなど、広がりを見せつつある。
 体操を続け3年の三原文夫さん(68)は、調子のいいときでスクワットの運動が約50回もできるようになった。腰や股関節も柔軟になって健康状態も改善したという。「大事にし過ぎるのは、悪循環になりかねません。これなら、お金をかけなくても健康になる。市も医療費が減って、一石二鳥どころか無限大です」と、太鼓判を押す。永瀬会長も「腰痛もひざ痛もなくなり、さらに歩くようになりました。これなら海外旅行にも行けますよ。ばりんばりん(バリバリ)で、あばかん(有り余っている)です」と、元気な笑い声を響かせる。

そこにあるものを生かし健康の種を蒔く

 地域住民とともに身体活動による健康づくり事業を展開する「研究所うんなん」は、2009年から取り組みの効果を検証する「アンケート調査を実施している。その検証を基に、より効果的な方法を模索し、5年、10年先の効果を見据えている。住民がモデルのポスターやチラシの作成、運動キャンペーンの実施、声掛けに始まる地域運動指導員の協力を得ながら健康への意識を高め、個々の健康を促進したい考えだ。「そこにあるものを生かしていくという観点が大切だと思います。今後も医療・福祉・教育・都市計画などの分野と連携しながら運動の種を蒔いていきたいと思っています」と、北湯口主任研究員は将来を展望する。
 雲南市の山あいに住民の笑い声が響き渡り、青空のもと、姿勢のよい元気な高齢者が闊歩する日を目指し、今日も「研究所うんなん」は地域の人々とともに研究と実践に取り組んでいる。