「まち むら」130号掲載
ル ポ

旧郵便局を利活用した山間のカフェが地域を取り結ぶ
奈良県宇陀市 伊那佐郵人
 奈良県北東部、大和高原の南端に位置する宇陀市。平成18年に、宇陀郡大宇陀町・菟田野町・榛原町・室生村が合併して誕生、この5月の同市データによると、約1万3千世帯、人口約3万2千人が暮らす。奈良県の山間部がほぼそうであるように、宇陀市もまた少子高齢化問題を抱えている。
 そんな宇陀市に「ちょっとしたカフェブーム」が起きたことは少なからず驚きだ。あれよあれよと新規開店が相次いだのだが、今回訪ねた同市榛原にある「伊那佐郵人(いなさゆうと)」はその代表格かつ異色といえる存在。古い郵便局を改装した良い雰囲気はもちろんのこと、地域と向き合い手掛ける取り組みが注目されている。運営者は平成18年に宇陀市に移住してきた松田麻由子さんという女性である。

SNSが開業の火蓋を切った日替わりシェフのカフェ

 「伊那佐郵人」の開業は平成25年。オーナーの松田さんは、同23年にこの建物と出合った。「友人に『かわいい建物があるから見に行こう』と誘われて。それが昭和9年に建築された旧伊那佐郵便局の建物でした。不動産屋さんのウェブサイトに売り物件として掲載されていて、私たち以前に複数の問い合わせがあったそうです。でもいざ現場に来たら、手を出せる状態じゃないということだったようで」と松田さん。空き家のまま時を経た木造の旧郵便局は生半可な傷みではなかった。
 でも松田さんは、買い手がいなければ解体される運命の建物を、保存し活用する方法を探し始める。「SNSでこういうことをしたいと書いたことがきっかけで、大宇陀まちおこしの会の田川陽子さん始め、宇陀市役所の職員さんや市議会議員さんとつながりができました。これは大きかったですね」。保存に向けて相談に乗ってもらい、国交省の空き家再生等推進事業交付金を申請し、自己資金(少額とは言えない額面で、「そのあたり夫には今もちょっとウヤムヤに(笑)」と松田さん)を工面、購入に漕ぎつけ、現在に至る。
 交付金を得る上での必須事項であったとは思うが、「伊那佐郵人」は建物の保存だけでなく、地域に役立つ活用の仕方とは?ということに計画当初から自覚的だ。
 「やるなら飲食店だなと考えていて、日替わりシェフ制で運営されている店があることを教えてもらい、これでいこうと。参加してくれているシェフは実店舗を持つ方もいれば、開業に向けて準備中の方などいろいろ」。日替わりシェフ制は、同店を使用するシェフにとっては新しいお客さんとの出会いを生み、また地元産の新鮮な野菜を使った献立づくりに結び付くこともある。
 このやり方を選んだのは、彼女が3人のお子さんを持つお母さんであるということも大きい。「育児しながら長時間のカフェ営業をするって無理だなと。私がいなくても回る仕組み、いろんな人に広く使ってもらえる仕組みを念頭に置きました」。それは場所貸しすることで家賃収入確保の見込みを立てることができるという点でも希望に適う方法だった。
 
地域の中でできること 地域の外とできること

 元々地域プランナーコーディネーターの講座に通うなど、地方での生き方に意識的だった松田さんだが、やはりカフェを開業したことで地元の人と連携したり、地元の人に提案したりという場面は飛躍的に増えたようだ。
 例えば発足したばかりの「伊那佐まちづくり協議会」では、地元神社の宮司である栗野義典さん地元蓮昇寺のご住職関正胤さん、写真担当の吉本準司さんとともに広報担当に就いた。主な業務は地域の行事やニュースを掲載した『いなさびと』を年4回発行すること。先だって同誌を読んだ90歳の男性からは早速、地元で大切に仰ぎ見られている伊那佐山の植栽についての情報が寄せられたという。その際松田さんは「ほんと嬉しい。こうやってまちの声を拾える媒体になっていきたいなぁ」と感想を綴った。田舎の町村のさらに地区内であれば住民が皆顔見知りということは少なくないだろうが、広報誌というワンクッションがあることでこれまで話題に上らなかった意外な話のタネが見つかって、地区の魅力を伝える存在に育つことも今後あるかも知れない。
 また学生インターン「ウダカツ」を受け入れ、近隣の事業所に派遣するという試みも行っている。「地方にいると人材育成する機会って少ないでしょう。一方で地域に貢献したいと思っている学生は多いので。で、こうした機会を通して若い宇陀ファンが増えて、各自の地元で宇陀の良いとこを言いふらしてくれたら一石二鳥です」と笑う。

「持続可能」な地域づくりに「見える範囲」で取り組む

 松田さんの口から何度となく発せられる言葉があった。それは「自分がいなくてもできる方法」「持続可能な方法」ということ。「求められることがあって、もし、それが『私にしかできないこと』だったら続いていかないですよね。誰か一人が突っ走ったほうがスピーディーに物事が運ぶという面はあると思います。でも、じゃあ、その人がいなくなったときどうなるの?っていう。私は、それぞれがそれぞれの場所でやれることをする仕組みづくりを考えたい」。(続けて「でもこれ宇陀だから言えることだけど。もっと切羽詰った状況の自治体だったら仕組みづくりなんて悠長なことは言っていられないだろうから」とも)。
 松田さん、ゆくゆくは「奈良県東部のグランドデザインを」という目標を持っている。なぜ奈良県全部ではなく東部?「自分のいる場所から車で1〜2時間の距離の場所。つまり自分の目で見える範囲ということですね」。いろんな人を巻き込んだり巻き込まれたり、誰もが手をこまねいた廃屋寸前の建物を買うなんて大冒険もしてしまったわけだが、こうしたパワフルな行動を裏打ちするのが驚くほど地に足のついた「地域」への考え方だということが言葉の端々に伺えたことが、むしろより印象的だった。