「まち むら」129号掲載
ル ポ

人が集まる街だからこそ安全に 市民の手で守り訪れる人を歓待する
神奈川県鎌倉市 鎌倉ガーディアンズ
鎌倉の警備・防犯を担う市民ボランティア

 黒いジャンパーの背中には、黄色の文字で大きく書かれた「防犯 鎌倉ガーディアンズ」の文字。頭には黒のハンティングベレー帽。鎌倉では最近、こんなユニフォーム姿を目にすることがある。ユニフォームの主は、年間1800万人もの観光客が訪れる鎌倉の警備・防犯・防災のために組織されたボランティア団体「鎌倉ガーディアンズ」だ。
 代表を務めるのは、大津定博さん。
「警備やパトロール活動をすることで、地域の人や観光客に安全・安心に過ごしてもらうことが活動の第一義。ただ、私たちが警察や警備会社と違うのは、長年鎌倉に住んでいたり、鎌倉を愛する者の集まりだということ。単なる警備ではなく、おもてなしの心をもって、訪れる人たちに気持ちよく帰ってもらえるように応対しています」
 4月の鎌倉まつり、7月の鎌倉花火大会、10月の鎌倉薪能などが大きなイベント。春の大イベントである鎌倉まつりの見どころは、鶴岡八幡宮で行われる流鏑馬(やぶさめ)の奉納だ。境内を横切るように一直線に延びる約210メートルの馬場を馬が一気に走り抜け、射手が馬上から弓矢を放つ。群衆が乱れれば、非常に危険な状況にもなりかねない。
 鎌倉ガーディアンズは、事前に警備計画を練り、参加する会員約50人の配置図を作って当日に備える。自由席のスペースを狙って人が押し寄せるため、当日は早朝から会場整理にあたる。時間になると、参道を通行止めにして馬場を無人にしつつ、木に登って上から見ようとする人を注意したり、道案内したりと、行事の無事な進行を促す。
 大津さんは、こう考えている。
「市民の一人として、受動的に受け入れたり批判ばかりするのではなく、何か問題があれば、まず自分たちが行動で示すという姿勢が大切だと思っています。警備に立つということが、まずはその表れです。そして、ひとたびジャンパーを着たら、一人ひとりが『鎌倉ガーディアンズ』の代表者。“ノブレスオブリージュ”(高貴なる者の義務:特権をもつ者には責任が伴うの意)の精神をもって、第一に自分の身を律し、言葉遣いや振る舞いなど周囲の見本となる行いをすること。そういった姿勢は周りに伝播します。人を注意するばかりでは、誰もついて来てくれません」

暴走族抑止の活動がルーツ

 鎌倉ガーディアンズの設立は2009年。大津さんのところに、鎌倉市の観光協会長、商工会議所長、市長から、イベント時に防犯活動ができる団体をつくれないか、という相談があったのがきっかけだという。
 大津さんは、今も現役の銀行員でありながら、神奈川県警から暴走族対策指導員として委嘱されている。以前住んでいた地域に暴走族の集会所があり、脅かされていた住民を助ける目的で関わったところ、暴走族に入ったことで悲惨な状況に陥っている子どもたちを目の当たりにした。それを放っておくことができず、県警と協力し、暴走族に入らないよう子どもたちを説得する活動を続けているという。
 活動の動機は「青くさい正義感」だと大津さんは笑う。「もちろん恐いです。相当な嫌がらせを受けたし、ナイフで切られたり襲われたりもしました。大変でしたよ」
 その後、2004年に「犯罪から鎌倉を守る会」を発足し、年80回におよぶ防犯教室や、地域の自治会と協力して夜間パトロールを行う活動を始めていた。そのため、各地域の防犯・防災担当者と顔なじみで、地域横断的な活動をするための取りまとめ役として適任と、白羽の矢が立ったのだろう。
 大津さんに発足を決意させたもう一つの要因は、2001年に兵庫県の明石花火大会で起こった歩道橋上の群衆なだれ事故だ。この事故で10歳未満の子ども9名を含む来場者11名が死亡、約250名が負傷し、明石市・県警・警備会社が起訴された。事故後、各地で花火大会など人が集まるイベントの中止が相次ぎ、30万人が来場する鎌倉花火大会も存続が危ぶまれた。警官だけでは人手が足りず、民間の警備員を大量投入するには費用がかかりすぎる。ボランティア団体である鎌倉ガーディアンズが発足することで、鎌倉花火大会は救われた。

子どもを守る活動も

 現在の会員数は126人。年齢は20歳から83歳までと幅広いが、約70人が60歳以上で、女性は10人強。現役世代と女性を増やしていくのが課題だ。
 市内の福祉施設に勤務する片瀬都志夫さんは副代表。会員名簿の管理や活動記録、保険の手続きなど、会社でいえば総務の役目だ。「会員が撮影してくれた写真のとりまとめもしていますが、なかなか送ってもらえないのが現状です」と苦笑する。
 また、10人ほどいる中心メンバーの一人、幹事の三上知行さんは、地域で自治会の防犯部長をしていた。元銀行員の緻密さで、渉外関係などをこなす。
「観光客の動きは、イベントの進行に合わせて一斉に重なるもの。動きを分散させるように進行すれば危険も減るでしょう。主催者や警察など他の関係者といかに上手くパートナーシップを図るかが重要です」(三上さん)
 活動実績は、2013年度で39行事66日。活動時期は春や秋の観光シーズンが多いが、土日祝祭日を中心に週1回程度は活動している計算になる。
 最近反響が大きかったのは、アジサイの花が咲く時期に毎年観光客に人気のルートがテレビドラマのロケ地と重なり、人が殺到した時のこと。このルートはもともと小学校の通学路で、歩道から人があふれて子どもが車道を歩いてしまうなど、地域の子どもに危険が及んだ。学校から要請を受けた鎌倉ガーディアンズは、アジサイの盛りが過ぎる頃まで下校時に人の誘導を行い、学校側から「時期が限られているので大がかりな対策はとりにくく、マンパワーで解消してもらえて助かった」と感謝された。
「参加し始めてから、自分の子ばかりではなく、ほかの子どもたちの安全・安心についても、以前に増して心配りできるようになってきました」と話すのは、昨年から活動に参加している鶴岡龍介さん。鶴岡さんは、鎌倉ガーディアンズのウェブサイトも手がけた若手のシステムエンジニアだ。
 前出の三上さんは、こう打ち明ける。
「警備の面から考えると、人の流れを止めないように、立ち止まらずどんどん歩いてほしい。一方で、せっかく鎌倉に来てもらったのだから、歴史のあるものや美しいものを満喫して、記憶にも記録にもたくさん残して帰ってほしい。両方の思いのせめぎ合いです」
 鶴岡八幡宮を象徴する樹齢800年以上のご神木であった大イチョウは、2010年に強風によって倒れてしまった。ところが、切り離された幹の後に残った根元から、奇跡的に若木が育ちつつある。まだ1メートル超の小さな姿を見ようと、皆が立ち止まったり、階段から覗き込んだりするので、警護するメンバーは「転落事故でも起きたら…」と、気が気でない。しかし、日本一有名なイチョウの木とも言われたご神木から芽生えた新しい命である。誰もが見たいと思うのも分かるし、鎌倉を愛するからこそ「ぜひ見ていってほしい」とも思うのだ。
 鎌倉ガーディアンズのユニフォームの真ん中には、ハートをかたどったデザインが描かれている。そこには鎌倉を訪れる人を「心からもてなしたい」という気持ちが溢れているようだ。