「まち むら」123号掲載
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食料支援を通して社会を変える―フードバンク活動が切り拓く新たな可能性―
山梨県南アルプス市 NPO法人フードバンク山梨
 フードバンクとは、食品関連企業や市民から寄付を受けた食品を、福祉施設や生活困窮者に無償で提供する活動である。包装に不備があったり、賞味期限が近づいてきたりした食品は、品質に問題がないにもかかわらず、廃棄されてしまう場合が少なくない。一方、こうした「飽食の時代」の片隅で深刻な貧困に陥り、明日の食べ物にも事欠く人たちがいる。フードバンクは、こうした社会の矛盾を解消する取り組みでもある。
 すでにアメリカでは40年以上の歴史があるが、日本ではまだ発展の途上にある。このようななか、わが国でいま、フードバンクの活動を通して新たな支援の仕組みを次々と打ち出し、多くの注目を集めている団体がある。山梨県南アルプス市に拠点を置くNPO法人フードバンク山梨だ。

不要な食品を必要な人へ

 2008(平成20)年10月、米山けい子さん(現・NPO法人フードバンク山梨理事長)がたった一人で始めた活動は、5年後、12名の有償スタッフや多くのボランティアを抱える国内屈指のフードバンクの団体によって運営されている。その中心的な事業が「食のセーフティネット」。食品関連企業や一般家庭から寄付を受けた食品を段ボールに箱詰めし、生活に困窮する個人の自宅に宅配便で発送する。事業を開始した2010(平成22)年11月はわずかに9世帯が利用するのみであったが、事業の認知度が高まるにつれて利用世帯は増加し、現在は約150世帯が食料支援を受けている。宅配する食料は、家族構成や調理器具、ライフラインの状況などそれぞれの家庭の事情に合わせて決められる。たとえば、小さい子どもがいる世帯にはお菓子を多めに入れる、といった具合である。
 「食のセーフティネット」は全国でも例のない先駆的な取り組みだが、その実施にはさまざまな関係者の協力が不可欠である。食料はすべて企業や市民から寄付されるものであるし、食料支援を必要とする世帯は自治体や社会福祉協議会、市民団体からの情報提供によって把握されることが多い。現在、食品を提供する企業は35社、困窮世帯の情報を提供する連携機関は45団体に上る。「食のセーフティネット」の拡大は、フードバンク山梨が官民を問わずさまざまな関係団体に働きかけ、その力をこの活動に結集させてきた結果にほかならない。

見えない貧困 社会への発信

 しかし、社会を変えるためには、関係者だけの問題にとどめるのではなく、社会を構成する一人ひとりの意識を変え、理解を広げていかなければならない。
 そこで、フードバンク山梨は、2009(平成21)年12月より、年に2回、「フードドライブ」を実施している。これは、お中元やお歳暮など家庭にある食品を集めて、フードバンクへの寄付を呼びかける運動である。社会福祉協議会など山梨県内に19の集荷拠点を設け、約1か月間、市民から食品の寄付を受け付ける。このほか、スーパーマーケットの店頭に「きずなBOX」を設置し、買い物客に食品の寄付を呼びかけている。
 これらの取り組みは、単に配送する食品を確保するだけでなく、市民に食品ロスや貧困の問題を考える機会を提供することを目的に実施される。豊かなはずの日本で、貧困に陥る人が増加している。そうした人々の姿は、見ようと努めない限り、決して見えることはない。

社会的孤立の解消へ

 このような活動を通して明らかになってきたことがある。それは、食料支援を受ける人の多くはお金や食べ物がないだけでなく、家族や友人など頼れる人がいなくて孤立している、ということだ。孤立した状態が続くと、自尊感情や生きる意欲が失われ、結果として社会復帰が難しくなってしまう。フードバンク山梨は食料支援に加えて、この「社会的孤立」の問題にも取り組んでいる。
 「食のセーフティネット」によって個人宅に届けられる食品には、毎回、スタッフによる手書きの手紙が添えられる。そこには、「私たちは決してあなたを見捨てない」というメッセージが込められている。また、返事が来れば、必要に応じて電話をかけたり、自宅を訪問したりする。頼る相手がおらずに孤立していた人にとって、「自分のことを気にかけてくれる人がいる」「何かあったら相談できる人がいる」という安心感がもつ意味は、きわめて大きい。
 2012(平成24)年に開始した「フードバンクファーム」も、人や社会とのつながりを感じてもらうことを狙いとしている。これは、南アルプス市の耕作放棄地を活用して農園を開き、閉じこもりがちな人に農作物や花の栽培を体験してもらう事業だ。フードバンクファームでは、参加者やスタッフ、ボランティアの間に顔と名前のわかる関係が生まれ、共同作業を通して仲間意識が育まれていく。なかには作業が遅い人もいるが、そのことによって非難されることはない。ここは誰にとっても、自分を価値のある人間として受け入れてもらえる「居場所」なのだ。
 事業が始まって1年余りだが、すでに参加者の中から就職活動に励む人や、就職に結びついた人が出てきた。「自分のことを認めてくれる仲間がいる」「自分は社会の役に立つ存在である」という実感が、生きる意欲や自尊感情を保つ上でどれほど重要なものであるかを、彼らは教えてくれる。

フードバンク山梨が目指す社会

 このように、フードバンク山梨は食の支援を基本戦略に据えるものの、その「枠」の中に自らを押し込むのではなく、活動を通して明らかとなった新たな問題に真摯に向きあってきた。また、自分たちだけで問題を抱え込まずに広く社会へと問題を投げかけ、ともに解決するよう呼びかけてきた点にも大きな特徴がある。
 米山理事長が言う通り、まだ手が差し伸べられていない困窮世帯も食品ロスもたくさんある。今後もフードバンク山梨はこの矛盾を解消するため、社会に働きかけ、社会とともに新たな仕組みをつくり出していくだろう。フードバンク山梨が目指す「食べ物に事欠く人たちに手が差し伸べられる社会」はおそらく、誰にとっても暮らしやすい社会のはずである。