「まち むら」123号掲載
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防災活動で高校生と住民が連携
和歌山県田辺市 和歌山県立田辺工業高等学校/あけぼの町内会
高校が町内会の会員に

 和歌山県南部の中心都市、田辺市にある県立田辺工業高校はこの10年、地元のあけぼの町内会に加入し、連携して防災訓練や夜回り活動などに取り組んでいる。
 田辺市は人口約8万人。2005年に周辺の本宮町、中辺路町、龍神村、大塔村と合併し、市域は近畿地方で一番広い。太平洋に面した市街地から、高野山に近い山間部の集落まで、広大な地域に居住地が広がっている。品質のよい「南高梅」が有名な梅やミカンの産地として知られ、世界遺産の熊野古道や天神崎のナショナルトラスト運動も有名である。
 あけぼの地区は市街地にあり、住宅や事業所などが立ち並ぶ。町内会の滝谷哲美会長によると、地区には約800世帯が暮らしており、町内会への加入率は約70パーセント。最近は高齢化が進みつつあるという。
 町内にある田辺工業高校は2012年、創立50年を迎えた。「ものづくりは人づくり」を校訓に機械科、電気電子科、情報システム科があり、540人(2013年7月末現在)の生徒が通い、そのうち男子生徒が約9割を占める。

生徒は地域で育つ

 田辺工業高校があけぼの町内会に加入したのは2003年。当時の校長、平松芳民さんを訪ね、そのいきさつを聞いた。
 当初は、@生徒の社会で生きる力を地域で育ててもらいたい、A地域の活動に生徒の力を生かしたい、という二つの目的があり、それを実現するには学校が町内会の一員として参加すればよい、と考えたという。
 二つの目標に向かって、地域住民と合同の清掃活動や防災訓練などを進めてきた。2004年に起きた新潟中越地震の際には、生徒が地域住民らの協力を得ながら街頭で義援金を募り、多くの募金を集めた。
 そうした活動が積み重なるにつれて、平松さんは「生徒は地域で育てられる。町内会と活動を共にすることで信頼関係が深まり、それが生徒の自律性や自主性の育成につながる。そんな生徒が前向きに取り組めば、まちの活性化にもつながる」と自信を持った。

共同で大地震、巨大津波への備え

 田辺市を含む和歌山県南部では近い将来、南海トラフ地震の発生と、巨大な津波による被害が懸念されている。文里湾から直線距離で約500メートルの場所にある田辺工業高校正門の海抜は約4.5メートル。だが、グラウンドは約13メートル、さらに上のテニスコートは約17メートルであり、地域の避難場所に指定されている。
 地震を想定した避難訓練では、高校と町内会が連携し、協力して活動。生徒が担架や車いすを使ってお年寄りを高校まで避難させることなどを体験してきた。文化祭では「防災スクール」と名付け、地域住民も交えた簡易トイレ作りや避難所での段ボール壁の設営、アルファ米の炊き出しなどを企画した。
 工業高校の特徴を生かし、災害に備えた仕組みや装置もいくつか考えた。校舎の屋上を見上げると校名の看板には照明が、高台のグラウンドに続く坂道には避難誘導灯が取り付けられている。ともに生徒が手掛けた。太陽光発電を利用しており、震度5以上の揺れを感じると夜間には自動点灯する。田辺工業高校が避難所であることを示すアナウンスを流す仕組みも作っている。
 生徒たちはさらに、救急救命作業についても学んでいる。1年生は毎年、止血法や脳震とうを起こしている人への対応、骨折した人への応急処置、自動体外式除細動器(AED)の使用方法などを学習。すべて、災害時だけでなく日常的に自分の命と身近な人の命を守るための備えである。

合同で安全パトロール

 防災活動だけではない。田辺工業高校とあけぼの地区住民、近隣の小学校教員は合同で月1回、地域の見回りをしている。「あけぼの安全パトロール隊」と名付け、そろいの服装で夜9時から活動。10人ほどで学校の戸締まりができているか、周辺に不審者がいないかなどを見て回る。犯罪の抑止につなげる狙いがあり、何かあれば警察に連絡をする体制を取っている。
 青木正文隊長は「この活動を始めてから大きな問題は何も出てきていない。継続しているおかげだろう。学校の先生からは子どもたちや学校行事の話も聞くことができ、情報交換の場にもなっている。これからも継続していきたい」と話している。

学校から町内へ情報発信

 高校は町内への情報提供にも積極的だ。高校生の活動を広く知ってもらえるよう、行事やクラブ活動などについて紹介したホームページ用の「田工タイムズ」(A4判、月1回発行)を、あけぼの地区にも回覧している。地域からは「もう少し字を大きくして」という声も届き、住民が目を通してくれていることが分かる。
 町内会の役員班長会には、教員も出席する。町内の行事確認、学校の催し紹介などを通じて、常に情報を共有するのが目的だ。
 生徒会も地域貢献活動として、地域の清掃活動に月1回程度、取り組んでいる。毎回、放課後に約150人が集まり、ごみ袋4、5個分のごみを収集しているという。
 2013年度前期の生徒会長、西村優花さんは「地域の道は通学路。感謝を込めて掃除している。みんなの環境保全意識も高まっている。長く続けている活動なので、これからも続けていってほしい。活動できる地域の方にも、学校に声を掛けてもらえたらうれしい」という。
 こうした活動について、町内会長の滝谷さんは「町内には子どもが少なく、お年寄りが多くなっている。災害が起きたときには高校生の若い力が助けになる」と評価。宮本和幸校長も「何かあったときに地域の方が学校に連絡してくれる関係が大事。防災についての取り組みを中心に、日頃から町内会との信頼関係を大切にしていきたい」と力を込める。
 地域は高校生を見守り、高校生は若い力で地域に貢献する。同じ町内会の一員として、互いに助け合い、協力しあう関係を構築するという当初の目的は、10年の実践を経て、より確かなものになっている。