「まち むら」122号掲載
ル ポ

全国の「桜守」の先駆け 地元の小中高校生が桜保護活動に参加
東京都国立市 くにたち桜守
 東京都内有数の桜の名所として知られる国立市(人口7万4600人)。新宿から電車で30分、中央線国立駅南口から南に延びる幅44メートル、長さ約2キロメートルの大学通りの両側には、ソメイヨシノを中心に約200本の桜が植えられ、春には見事な景観をつくりだす。この桜は、1934年と翌年、谷保村(現・国立市)青年団と国立町会が皇太子(現・天皇)誕生を祝って植樹したもの。以来、80年近く経て老木となり、さらに都市化による環境悪化や天候不順などの影響もあり、目を凝らすと枝が折れたり、枯れる寸前だったり、コケやキノコの付着、虫による葉の食害や幹の穴など、弱っている木がところどころに見られる。
 一方、大学通りと直角に交わる桜通りでは、1966年に植えられた約200本のソメイヨシノが、春になると花のトンネルを作り出す。樹齢からみると今が盛りのはずだが、こちらも交通量の増加などが原因で、衰弱したり、傷ついたりした木を見かける。

老化と環境悪化で傷ついた桜
景観を守りたいと保全開始


 市民が誇る二つの通りの桜並木の景観を次代に残そうと、市民と国立市の協働によるボランティア組織「くにたち桜守」(代表・大谷和彦さん)が設立されたのは2000年のこと。地域住民による桜守活動は当時珍しいと注目を集め、これを機に、全国各地に桜守が誕生した。
 「くにたち桜守」誕生のきっかけは、会の発足から7年前にさかのぼる。さくら通りを歩いていたナチュラリストの大谷和彦さん(63)は、車にぶつけられたのか幹が痛んでいる桜を発見し、市に対処を願い出た。ところが市の動きは鈍く、「このままでは将来、桜はだめになってしまう」と危機感を覚えた大谷さんは、毎年4月に開催される「くにたちさくらフェスティバル」の実行委員に立候補。「桜物語」のタイトルで、国立の桜の由来や現状を紹介する展示を始めた。回を重ねるうちに賛同者が現れ、3年目に木の傷口に殺菌剤を塗るなどの保全活動を開始したところ30人の市民が参加。6年目には100人が参加するようになり、翌年、「くにたち桜守」が立ち上がった。
 現在、登録しているメンバーは退職者や主婦、会社員ら約120人。このうち20人ほどが毎月1回集まり、木の状態を調査し、弱っている木の周囲に有用微生物(EM)を活用したボカシ肥料をまき、虫やキノコによって痛んだ部分に薬を塗り、樹名板や看板の補修をするほか、根元の土が踏み固められてしまうと根が呼吸できなくなるため、侵入防止のロープを張り、根の周囲にムラサキハナナなどの花を植えるなどの活動をしている。地道に続けてきた結果、病気の進行を食い止めることができた木も多い。また、活動を目にした市民の意識も変化して、以前のように桜の下で宴会を開く人はほとんどいなくなり、花見時のゴミも10分の1に減った。

小中高校生が授業で取り組み
肥料作り、草取り、植樹など


 活動の中で特徴的なのが、市内の小中高校生に対する「桜を題材にした環境教育活動」だ。5月中旬、国立市立第5小学校の2年生の授業として、大学通りで桜の保全作業が行なわれた。まず講師の大谷さんが木槌で桜の太い幹を2カ所たたいて、音の違いを聞かせる。じっと聞き入る子どもたち。「ボコボコ鈍い音がしているのが、木が弱っているところ。少し高くて乾いた音がしているのは元気な部分です。これからこの弱っているところを元気にするために今日は二つの仕事をしてもらいます」と大谷さん。
 一つ目は、菜の花の種の採取。菜の花は、桜の根元が踏み荒らされないように、そして根の生えている土をふかふかにするために、子どもたちが1年生だった昨年の2学期に種をまいたもので、桜の咲く頃には黄色い花が市民の目を楽しませた。今年の秋に再び種をまくために、さやや種を丁寧に採取していく。
 二つ目は施肥。用意された肥料は、こちらも子どもたちが1年生の3学期に、米ぬかを材料に手作りしたEMボカシ肥料だ。ぬかみそのような匂いを漂わせ、十分に発酵していることが分かった。「ぬか漬けみたいにおいしそうな匂いだね」と子どもたち。
「伸びた枝の一番先の部分の真下まで根が張っているので、根があると思える場所まで、そっと土の上から肥料をまいてください」という大谷さんの説明にしたがって、小さな手に肥料を握ってまいていく。
 大谷さんが市内の公私立の学校で「桜守」の授業を始めたのは17年前から。「子どもたちに地域のことを学び、環境のことを考えてもらい、そしてこの町を好きになってもらいたかったんです。それには桜守活動に参加してもらうのが一番だと思い、学校に提案しました」
 今では市内の公立小学校5校と私立小学校2校の1、2、5年生と、公立中学校1校の2年生、都立高校1校の1年生に授業を行ない、年間延べ約3000人が保全活動に参加している。
 小学生の場合、学期ごとに教室での授業と野外での授業を各1回、年間6回の授業を行なう。弱って倒れたり、切り倒された桜の後に植えた若木もすでに10本に上り、毎年花を咲かせている。木の前には「○○小学校の児童が○○年に植えました」という札が立ち、通る人の目を引く。
 授業に参加した高校生は「国立の桜はとても愛され、守られてきたことを知りました」「作業中、市民から励まされてうれしかった」と感想を言う。
 子どもたちの桜守活動参加という全国的にも珍しい活動が認められて、「くにたち桜守」は2010年に緑化推進運動功労者内閣総理大臣賞を、2012年には公益財団法人「日本花の会」創立50周年記念「桜と花のまちづくり賞」を受賞した。また、2009年、この活動を知った新潟県上越市の小学6年生が修学旅行で国立市を訪れ、桜守活動を見学し、国立市の5年生と交流した。

子どもたちと次代に残したい
歩いていてほっとできる町


「子どもたちに伝えたいのは、思いやる気持ちと感動する心。ボランティアなど地域の人たちと交流してもらうこともねらいです」と大谷さん。小学生の時に授業で桜守にかかわった子どもが大学生になって「大谷さん、桜は元気になりましたか」とか「ジャーナリストになって桜守を取材したい」などと声をかけたり、冊子作りに協力してくれたことも。「苦労が吹き飛びます。一番うれしいことです」と大谷さん。
 会の目標は「桜をきっかけに、歩いていてほっとできるような町にすること」。そのために花の時期だけでなく、一年中、手入れは欠かせない。「葉の茂った桜、落葉した桜を観察することで、いっそう春の花を味わい深く感じられます」とメンバーたちは話す。