「まち むら」122号掲載
ル ポ

地域を見つめなおして吉野町と吉野材の魅力を伝えたい
奈良県吉野町 Re:吉野と暮らす会
 奈良県の森林面積は約28万ヘクタール、県土のおよそ7割を占める。そのうちの6割ほどが人工林で構成される。ヒノキやスギが全国的にも高い水準で植林されており、林業はきわめて重要な地域産業だ。
 桜の名所として名高い吉野町は、林業の町でもある。しかし、林業の衰退が言われるようになって久しい今、最高級の木材の産地として名を馳せて来た地も、決して安泰ではない。安価な輸入材に押されての値崩れ、林業に従事する人は減少、山は荒れてゆく。
 この負のスパイラルから脱して、吉野林業の魅力をどんどん伝えようという取り組みがある。「Re:吉野と暮らす会」と名づけられたチームは、会の代表である吉野中央木材株式会社専務取締役の石橋輝一さんと、吉野町地域おこし協力隊として2012年夏に吉野町に移住してきた野口あすかさんらが運営。吉野材を使ってのデザインコンペや、吉野貯木まちあるきといったイベントを開催してきた。
「貯木というのは、文字通り、木材を貯めておくところです。吉野町は日本有数の貯木場で、ここに木が集まって、ここから全国へ送られていったんですね。木の文化の発信地だったんです」
と野口さん。地域産業の歴史をひもとくことは、吉野材の魅力、ひいては町を再発見するための最初の一歩でもある。

吉野材を生かす新しいプロダクトを

 野口さんの吉野町移住後の初仕事は「吉野材暮らしの道具デザインコンペ」。吉野のスギやヒノキの特長を生かした新しい暮らしの道具を考案しようという趣旨で開催した。プロアマを問わず広くアイディアを募ったなかで、2012年度は、橋本崇秀さんと鈴木仁さんによる作品「杉のパンケース」が最優秀賞に選ばれている。その受賞理由を石橋さんは、
「造形はもちろん、『なかのものが傷みにくい』という保存容器としてのスギの優秀さを実感できるプレゼンテーションをしてくれたことは大きかったですね。吉野杉は、酒樽、醤油樽として活躍してきた歴史を持っています。食品と抜群に相性が良いのが吉野杉の魅力だったということを、改めて認識できました」。
 今年に入ってからは、このデザインコンペ受賞作の製品化というステップに踏み出している。その手始めに企画したのは、「初夏だ!パン祭り!」というイベント。
「最優秀賞の杉のパンケースと、優秀賞&観客賞だった吉野杉を使ったカップホルダーを実際に使いながらのパンパーティーです。パンは吉野町を拠点にされている移動パン屋さんにお願いしました。パンに塗るジャムやクリームは自前で。場所は、吉野の坪岡林業さんの工場の2階をお借りしました」
と野口さん。コンペ同様、このイベントもまた、参加者をオープンに募ってのものだった。Re:吉野と暮らす会の仕掛けには、アットホームな親密さと、なるべく開かれた場であろうという意識の両方が、バランスよく通低しているように感じられる。
 また、パンケース、カップホルダー以外にも、ヒノキを使った姿見など複数のアイテムを商品化に向け、作者とともに改良を続けているところだという。

アイディアを支える先達の底力

 Re:吉野と暮らす会は、周囲からの協力にも恵まれているようである。
 例えば、同会のウェブサイトは、吉野町在住の磯崎典夫さんが主宰する吉野スタイルという地域企業がバックアップしている。地場産業や手仕事の紹介、歴史の掘り起こし、地元の路線バスを使ったウォークイベントなどを手がけてきた吉野スタイルのノウハウが、Re:吉野と暮らす会の「吉野貯木まちあるき」といったイベント実施において十分な力になっただろうことは想像に難くない。
 吉野地域を中心に写真撮影、詩誌やウェブサイトの制作等を手がける山本茂伸さんもまた惜しみない協力者の一人。同会の催しの撮影などを一切合財引き受けていると言う。
「のぐっちゃんが考えることは面白い。吉野に上手く馴染んで、吉野の良いところを見つけてくれている。Re:吉野と暮らす会代表の石橋さんを筆頭に、彼女のやることを応援したいと思っている吉野人がたくさんいると思いますよ」
「これから、どんどん色んなところと繋がって、お互いに理解を深め、実りのあることを続けてゆくことが大事。そのときに、あすかちゃんの『外からの目』や、自由な発想が生きてくるはず。まぁ自由すぎるときもあるけれど(笑)」
と、それぞれに野口さんを愛称で呼ぶ磯崎さんと山本さん。
 「外から来た人」を大らかに迎え入れ親身になって支える石橋さん、磯崎さん、山本さんら、先達の懐の深さがあってこそ、そうした(時に突飛だったりもするかも知れない)発想を生かすこともできるのだろう。

原点回帰の木桶づくりで木の文化、再び外へ

 吉野林業として何をするか、どう伝えるか。新しい物語も始まっている。その一つが、小豆島の醤油蔵の樽を吉野杉で作るというもの。
「小豆島のヤマロク醤油さんという素晴らしい蔵元があります。以前から木桶で醤油作りをされてるんですが、ご縁があって、吉野材でやってみようという話に。吉野林業の発祥は樽や桶づくり。そこから発展してきたんですよ。やっぱりこれだ!と気合が入りました」
と石橋さん。木桶の材料となる選び抜いた吉野杉を、すでに小豆島に向け送り出した。原点回帰の事業が、どれほど活気を与えることか。
「石橋さんたちから、この話を聞いて、ものすごくわくわくしました。吉野杉の特長が生きる形で、吉野町がほかの場所と繋がれたことは、本当にすごいと思う。この出来事を大事にして、吉野材の良さをいろんな人に知ってもらったり、吉野町に興味を持ってもらったり、住みたいと思ってくれる人に出会えたら。Re:吉野と暮らす会の一員として、また個人的な活動も通して、楽しみながら吉野町と吉野林業に役立つことをしてゆきたいです」
と話す野口さん。
 日本の木の文化の発信拠点として、リスタートを切ろうとしている吉野町。その旗振り役としてのRe:吉野と暮らす会に寄せられる期待は大きい。