「まち むら」122号掲載
ル ポ

GIS(地理情報システム)を地域支え合い体制づくりに活かす
新潟県新潟市西区 五十嵐地区コミュニティ協議会
 新潟駅から車で南西へ約40分。日本海の海岸線に沿って伸びる砂丘列の海側に五十嵐地区の集落が連なる。かつてはスイカ畑や砂防林が広がっていたが、昭和39年(1964年)の新潟大地震後、急速に宅地化が進んだ。東西約3キロメートル、南北約1キロメートルに、人口約1万5千人、約5千世帯が生活している。
 五十嵐地区コミュニティ協議会の事務局長、寺山和雄さん(75)はこの地に住んで約40年。「まちのほとんどが昭和40〜50年代に新居を構えた世帯。子どもたちは成長して家を離れ、年寄りが残った」と話す。少子高齢化で小学校は昔のように地域をつなぐ役割を果たせず、新参者の集まりなので伝統的な祭りもない。会う機会や共通の話題もなく、地域の絆の衰退は年々深刻さを増していた。
 平成19年(2007年)、新潟市は政令指定都市に移行。五十嵐地区は西区に編成され、これまであった22の自治会を束ねるコミュニティ協議会という新しい組織が結成された。行政主導の急激な体制の変化。協議会って何なんだ。何すればいいんだと各自治会は戸惑いを感じていたという。「気持ちを合わせるには、まずは近くて疎遠なお互いを知ることが必要だった」。

共同作業が人々の絆を結ぶ
マップづくりで自分たちのまちを知ろう


 住民や自治会同士の結びつきのきっかけとして、寺山さんは「まちを知る」という目的でマップづくりをすることを提案した。その際、パソコン専用のGISソフトで作成したらどうかと考えていた。GISは地理情報システム(Geographic Information System)の略称で、文字・数字・マークなどの情報を地図と結びつけてコンピューター上に再現することができる。検索や情報分析機能があり、紙のマップに比べ格段に使える。システムは最新。入力する情報を集めるのは昔ながらのやり方。歩いて調べ、白地図に手で書き入れる。調査したい項目は道路幅・建物の種類・防犯灯や消火栓など80近く挙った。「住民同士が一緒につくりあげる過程を何より大切にしたかった」。

 調査は協議会のまちづくり部会が中心になって呼びかけた。始めた当初、各自治会の同意を得るのは容易ではなく、「面倒だ」「動ける人がいない」と抵抗された。高齢化の実態調査をしようと、70歳以上の見守り対象者2千人を対象とした時は、個人情報の扱いを不安がる人も多かった。「完璧なデータをとるのが目的ではないんだ」。寺山さんは強調した。「判断がつかなければ、分からないままでいい。名前や性別、その他の情報は調査上で知り得ても報告しなくて構わない」。おおまかな年齢、同居者・障がいの有無など、最低限の個人情報と、道路事情などを併せれば災害時に対策が打てる。「まちづくり部会のメンバーは、自治会役員たちの玄関先まで出向いて説得を続けたんですよ」と伊藤和美協議会会長(63)は語る。やがて熱意と誠意に打たれ、「大変だから手分けしてやるかね」と協力的な声が広がったという。
 現在、データは五十嵐地区コミュニティ協議会で保管する。閲覧するパスワードは事務局長の寺山さんしか知らないが、地区内から要望があればいつでも見せる。インフラ関連と見守り対象者の二つのデータ完成まで丸4年。その間、協働作業を通して、各自治会のゆるやかな信頼関係も育まれていった。

まちの課題の解決策を探る手がかりに

 マップデータを大型プリンターで出力して眺めることは予想以上の効果があった。見守り対象者を検索して出力すると、「老」の赤いマークが紙面上をびっしり埋め尽くしていた。「驚いたね。これほどとは思わなかった」と寺山さん。まち全体を見下ろして眺める感覚で、面積の広がりを実感できる。「マップの説得力は大きい。なんとかしなきゃと皆が感じた」。民生委員や友愛訪問員が一人では回りきれない広範囲を担当していることも分かった。「現状がイメージできて初めて具体的かつ有効な対策がたてられる。見守りの方策を検討していきたい」。
 こうした経験から、昨年コミュニティ協議会内で「地図検討会」を発足し、グループに別れて独自にデータを活用している。「防火・防災」をテーマにしたグループは、道路幅・消火栓の位置と口径・家屋の接近度をマップ上に検索表示して「火災時に消防車は入れるのか」などの議論を進めている。
 宅地化された昭和40年代は自家用車を持たない家も多かったせいか、地区東側は幅4メートルなど狭い道路が異様に多い。複雑に入り組み、行き止まりばかり。20メートルから4メートルと高低差もあり、「住民でも迷子になる」と伊藤会長が苦笑いする。マップ上で大型消防車が入れない道や、消火栓の放水範囲に入らないエリアが浮き彫りになると、早速、消防署にマップを見せた。消防署にとっても盲点だったのか、「ぜひ検討させてほしい」という返事が返ってきた。
「漠然と行政機関に依存するのではなく、現状と問題点を明らかにしたマップを手かがりに、一緒に対策を考える場を住民側から仕掛けることが必要なのではないか」と寺山さん。マップの力を大いに発揮していきたい考えだ。
 ほかにも、子どもたちの通学路の状況をチェックし、ドライバーの目線にあわせた通学路標識を設置したり、まちの見所を回る散策コースを考えたグループもある。調査している最中に「まちのいいところ」を発見したのだという。木陰の涼しい松林や花のきれいな庭先、庚申塚の碑などを巡り、喫茶店やトイレ休憩も入れたまちあるきコースは、みんなで歩けば楽しく、健康づくりにもいいと好評だ。
 いつしか人が集まる機会も増えた五十嵐地区コミュニティ協議会。2年に1度やろうと決めた情報の更新も昨年順調に終えた。地域の課題を解決し、元気づけるマップデータの活用法は無限に広がっている。