「まち むら」121号掲載
ル ポ

リタイア組の底力でまちづくり 生ゴミ堆肥で有機菜園を運営
兵庫県稲美町 稲荘農場まちづくりの会
 兵庫県加古郡稲美町は、県中南部の内陸にある田園地帯。万葉集に「印南野」と詠まれるなど古い歴史を持つ。河川に挟まれた地形だが、水量は十分でなかったため、古来より池が多く作られ、生活に生かされてきた。現在も、そこここに池畔の風景が点在する。
 そうした環境のなかに開発された住宅地の一つが稲美野荘園で、この住宅地の有志メンバーによって運営されているのが、今回訪ねる稲荘農場。
 昭和50年代、新興住宅地として開発された頃の稲美野荘園は、登校時間には道路に子どもたちの行列ができていたという。しかし現在その面影はなく、日本のあちらこちらで繰り広げられている「まちの高齢化」が進む。
 しかし、稲美野荘園は、それを憂えるだけではない。「高齢化住民=知識や経験の豊富なベテラン生活者」である。そう前向きにとらえる人たちが旗振り役を担い、自分たちでできることは自分たちでやる自主的なまちづくりを展開している。稲荘農場もその一環だ。


畑作とゴミ減量をつなぐ段ボールコンポスト

 平成20年に活動を開始した「稲荘農場まちづくりの会」。その名の通り、畑での野菜作りを活動の軸にしている。同会代表の高瀬健三さんによると、
「活動内容については、会の設立時から事業の柱を定めていました。野菜作り、生ゴミの堆肥化、食材の格安提供、イベント開催の四つです」。
 地域では、年々増えるゴミをどうするかという課題を抱えていた。また全国的に大きな問題となっているが、稲美町のゴミ焼却のキャパシティも憂慮されていた。そこで、
「各家庭で『段ボールコンポスト』を利用して生ゴミを堆肥に。それを収集し畑で活用、有機栽培で野菜を育てる。収穫した野菜は、協力してくれた家庭へ『野菜券』を発行するという形で還元、また朝市を開いて広く地域の皆さんにも低価格で提供し地産地消に貢献する。そういうサイクルを考えたわけです」
と話すのは同会の森江さん。事業スタート時から若干減少したものの、5年経過後の現在、稲美野荘園の世帯数の約15%にあたる60戸超の家庭が、段ボールコンポストの取り組みを継続中だ。
 段ボールコンポストとは、段ボールにもみがらの燻炭とピートモスを混合したものを入れ、その土で生ゴミを発酵・分解させ堆肥化するというもの。段ボールとそれを補強する布テープなど、ごくごく手に入りやすい資材ででき、電気代などもかからない。
 メンバーの植松さん、宮明さん、2軒のお宅で段ボールコンポストを見せていただいた。どちらのコンポストも生ゴミという言葉から連想した臭いはない。土の隙間に分解する前の野菜くずや卵の殻などが見て取れる。手で触ってみると、土はほんのりと温かく、ふかっとしている。
「今は寒い時期で発酵が進みにくいけど、天ぷらかすや、米ぬかを入れると、一気に土の温度が上がるなあ」
と植松さん。宮明さんは、
「うちは段ボールコンポストを始めてから、一番大きいサイズのゴミ袋は使わなくなったのよ。ゴミはほんとに減りました」
 この段ボールコンポスト、屋外に置いていることもあり耐久性が気になるが、植松さんによると1年以上は使っているそうだから、かなり丈夫。夏場には虫がわきやすくなるものの、食器用洗剤の薄め液をスプレーしたり、竹炭やコーヒーかすを混ぜ合わせるなど各家庭それぞれに工夫しているそうだ。


活動を通して生まれる住民交流とやりがい

 家庭ゴミの減量と、安全安心な無農薬有機栽培の野菜作りをリンクさせた「稲荘農場まちづくりの会」の活動。環境保護に貢献するとともに、地域住民の交流の場づくり、やりがいづくりの機能も果たしている。
 毎週水曜日の午前中を農作業の日として、共に畑で汗を流す楽しみ。収穫した新鮮な野菜が食卓に並ぶうれしさ。また、畑の野菜のおいしさを知って畑へ買い物に来てくれる人たちとのコミュニケーション。メンバーのやる気の源だ。
 地元の小学生を畑に招いたこともある。課外学習として子どもたちは大根の収穫を体験。その後、今度は子どもたちが、「稲荘農場まちづくりの会」全員を学校に招待。大根をたっぷり使った給食を皆でパクパクたくさん食べたのは、とてもよい思い出に。
 平成21年には、自治会、老人会、子ども会を巻き込んで「第1回いなそうふれあいまつり」を開催した。わきあいあいとした世代間交流の場となり、その後毎年開催している。いずれは地区の伝統行事となるかも知れない。
 年に2回開かれる懇親会も親睦を深める場である。畑で採れた野菜をたっぷり使った手料理が並び、ちょっぴり(?)お酒も入って、地域の未来について喧々囂々。こうした対話によって相互理解が進み、ああ、この人はこういう考え方なんだ、こういう経験をしてきた人なんだということが分かってくることで生まれたアイデアもあった。
 播磨臨海工業地帯へのアクセスが良好な稲美野荘園には、技術者としてサラリーマン生活を全うした住民も少なくない。しかしそうしたバックボーンも現役時代は互いに話す機会がなかった。セカンドライフでの地域交流で、
「一人ひとりが培ったスキルや知識を知ることができたわけです。ならば、水道管の工事だとか屋根の修理だとか、自分たちの力でできるじゃないかと。それでわが町の環境がよくなれば素晴らしいし、誰かの役に立つことはやりがいになる。そうして手入れを続ける住みよい地であれば、また新しい住民も増えるんじゃないでしょうか」
と高瀬さんは語る。


6年目の新たな試み 稲作と農地の交互栽培実験

 こうした自分たちの知識、技術で、自分たちの町に役立とうという機運を目に見える形態にしたのが「ちょっと手助けまちづくりの会」だ。稲荘農場まちづくりの会を中心として平成24年に編成された。
 また農場活動6年目を迎える今年は、30アールの農地を二分して、畑作と水田を交互に行ない、防虫対策に取り組むことにもなった。
「たった一晩の間に虫に畑をやられたことがあってね。畑と水田を交互にすると、防虫にもなり、土も肥えるというので、やってみることに」
「今年は農家の地主さんに田んぼを作ってもらい、いろいろ見て覚えたい。できれば将来的にお米を育てたい」
と皆さん。次々と課題に取り組んでいく活力たるや。
「何かを新しく始めるときは、それがどんなことでも疑問や反対意見は出ます。これはありがたいこと。予防措置が取れますから。その上で、じゃあやってみましょうという。やってみれば、自分たちの力でずいぶんいろんなことが解決できることが分かるんです」
 そう話す高瀬さん始め、稲荘農場まちづくりの会の皆さんに共通して感じられるのは、環境意識の高さ、農場を基点に小さな経済を持続する力、「お互い様」や「助け合い」の気持ちから生まれる自立心だ。人生のベテランたちに学ぶことは多い。